「目立つ」という事と「存在感」の違い - 文化・芸術全般 - 専門家プロファイル

舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
東京都
クラシックバレエ教師・振付家

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対象:文化・芸術

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「目立つ」という事と「存在感」の違い

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皆様は「あの人には存在感がある」といった事を他者に感じた経験や、逆に「どうも自分は他者から見て存在感が有るらしい」と自覚された経験というのがございますか?

(^^✿

 

今回のコラムはその「存在感」というのがテーマでございます♪

☆_(_☆_)_☆

 

ちなみに存在感というのは、別名「オーラ」とも言われ、その人を取り巻く空気感というか、身体全体から醸し出される雰囲気とも解釈する事ができます。

 

そしてこの目に見えない空気感というものは、見た目が若いとか年を取っているとか、痩せているとか太っているとか、美人かどうかなどの肉体に捉われない領域の事を指します。

 

つまり年齢含め、人間の外側には左右されない"人間の本質的な領域=格(人格・霊格)"の事を指すのです。

( ・・) ~ ☆彡☆彡☆彡

 

 

 

ちなみに私に取って「この人は存在感がある」と感じる方というのは、絶えず自分に注目させようとする様な言動を取る、所謂"愛情飢餓"が因となる自意識過剰から来る「こっちを見て!私を見て!」と、常に"意識が外に向かっている人"とは違います。

 

こういう方というのは、所謂「目立つ人」ではあるかもしれませんが、それは人の目を無理矢理自分の方へ向けさせる事で「目立つ」という事であって、

 

何もしていないのに、或いはその人が自分のやるべき事に集中しているだけで、「人が自然にその人を見たくなってしまう」というのが、私に取っての本物の「存在感」を放つ人な訳ですね。

 

ですので、そういう"無理矢理自分に目を向けさせる言動を取る事"で「目立つ」方達とは、真逆な方達という事なのでございます。

(^^;

 

 

 

ではそういう「無理矢理自分に目を向けさせようとして目立つ人」と「存在感のある人」との違いは何でしょうか?

( ・・)?

 

それは年齢などに関わらず、「存在感のある人」というのは"或る種の重み"を具えている方達というか、

 

本人は何もしていなくても、雄弁に語らなくとも、その個性から溢れ出る空気感から「人が自然に一目置きたくなってしまう」「愛せずにはいられない」と言った様な雰囲気が、その人の内面から静かに醸し出ているという所でしょうか。

 

そういう内面から滲み出るものというのは、本人の自覚が無くとも「自然に外に溢れ出てしまう」ものであり、それが「存在感」というものの正体ではないかと私は思います♫

\(◎o◎)/~ ☆彡

 

 

 

この両者の根本的な違いというのは、「自分の意識が外側に向かっている」か、「内側に向かっているか」という所にあると私は思います。

 

つまり"常に他者の事が気になってしょうがない"人達というのは、意識が年中外側に向いているという事であり、故に自分の外側にいる人間達の目を「自分の方に向けさせよう」とする、所謂「自己顕示欲」や「承認欲」の強い方達という事が言えます。

 

(※こういうケースの場合、本人の望む「目立つ」という事は得られてはいるのですが、同時にその品位を欠く行為から、或る人達からは嫌われたり軽蔑されるといったアンチの方も多く持たれたり、もしくは狂信的なファンができるというケースも多いかも!?)

 

そして人間というものは、皆「自分の器で他者を計る」という性(サガ)を持っておりますので、

 

その様な「目立つ=目立ちたい」方達から見ると、そういう自分の内面を他者に投影してしまいますから、自分とは性質の違う「存在感」を持った人を見ても、「自分と同じ様に見えてしまう」という事がある様です。

\(◎o◎)/!

 

 

 

それとは対照的に、何をするにも"外側に自分の意識を漏らさず、自分の今するべき事に集中する"方達というのは、常に自分の中心を見失う事が無く、故に「外側のものに、自分の中心を譲り渡す事がない方達」という事ができます。

( ・・) ~ ☆彡☆彡☆彡

 

こういう「存在感」を持つ人達というのは、本人が望む・望まないに関わらず、何もしなくても必然的に「人から意識されてしまう様な存在」になってしまったりするのですが、

 

本人は自分の意識が自分の内面=中心に向いているので、あまりそういう事に重きを置かなかったり興味がないという方も多い様ですね~。(※でもだから逆に「本物の存在感」を持ってしまうというのが皮肉な所なのですが…)

(^^;

 

 

 

ちなみにこういう方というのは、他者から好かれる・好かれないという様な私情を超越して、相手に"語らずとも説得力を持ってしまう力"を中に持っている故に、「アンチであろうとなかろうと、他者から一目置かれる存在感の有る人間」に、自然に成り得てしまうのでありましょう。

( ・・) ~ ☆彡☆彡☆彡

 

そしてこういう方達こそが、私に取っての「本物の存在感」を放つ魅力的な人なのでございます♪

☆_(_☆_)_☆

 

 

 

 

 

「The Almond Blossom Fairy」

CICELY  MARY  BARKER  「Flower  Fairies  シリーズ」より

 

 

ダンスというものは、自分が楽しんで踊るのか、他者の目を意識して踊るのか?(笑)

(・・)?

 

ダンスに関わらず、どの様な分野であっても"プロフェッショナルな方達"とは、その「両方の感覚」を持った方達です。

 

つまり「自分に中心を持ち、自分のやるべき事に集中しながら、常にそういう自分を客観視できる」方達なのですが、それを見る者に感じさせないのが「熟練した本物のプロフェッショナル」と言われる方達なのです。

☆_(_☆_)_☆

 

 

 

ちなみに今回のお話しは、アーティストと呼ばれる方達にも通ずるお話しでもありまして、

 

「こっち見て!(※根本は愛情飢餓から生まれる承認欲)」のスタイルで"目立とうとするアーティスト"というのは、見る人が観れば分かってしまう訳ですし、先ほども申しました様にそういう方達というのは意識が外にばかりに向いているので、奥行きが感じられない為に、

 

最終的には尊敬を得る事ができない事も多く、段々飽きられてしまうケースも多いという理由も、こういう所にあるのだと私は思います。

(・。・;

 

 

 

ちなみに私に取って魅力を感じる"本物のアーティスト"というのは、他者に自分の意識をこぼす事無く、又他者の領域に無神経に入り込む事なく、

 

「常に自分のやる事に集中しき切る」という、自分にも他人にも"自己責任型"の自立したスタイルを持った上で他者と関わりを持ち、そしてお互いの個性と自由を認め合いながら調和したり共鳴するといった世界観を生み出せる方達です♪

(^^✿

 

「人から尊敬される存在である」という理由もここにある様に思いますし、内面から溢れ出る「本物の存在感=格」を持っているから、多くのファンに愛されて飽きられる事がないのだと私は思います♡

(*^^*) ~ ♡

 

 

 

ちなみに意識が他者=外側に向かう時に、自分の中心を無意識に失っている方の特徴として、

 

そのバランスで必然的に他者に過干渉になったりして、結果「他者の領域にお節介に踏み込む」という様な事に、本人の自覚なく繋がってしまうという事があるのですが、

 

実はそういう姿というのは、観ている側からするとあまり気持ちの良いものではないと感じられてしまう事も多々あり、「他人の事より、まず自分のやるべき事に集中して欲しい」と思われてしまう事も多い様です。

(^^;;

 

 

 

 

あ、でもこれってアーティストに関わらず、皆様の周りにもこういうタイプの人は、きっと身近にいらっしゃる事でしょう!?(笑)

(^^ゞ

 

 

 

 

 

 

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カテゴリ このコラムの執筆専門家

(東京都 / クラシックバレエ教師・振付家)
舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ

natural & elegance

長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年