人間狂騒曲「この世の殆どの人はノイローゼ」 - 文化・芸術全般 - 専門家プロファイル

舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
東京都
クラシックバレエ教師・振付家

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対象:文化・芸術

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人間狂騒曲「この世の殆どの人はノイローゼ」

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自分でも何だか不思議なのですが…。

 

私に取って今年のお正月は、どこか今までのお正月と全然違う感覚がありまして、非常に静かな喜びに満ちた穏やかなお正月♡という感じがしていて、そういう感覚が何故か元旦から今日まで止む事なく、ず~~~っと未だに続いております♪

(^^✿

 

自分が思うに多分それはきっと、昨年の内に自分の心の中の「奥の奥に隠れていた最後の膿」を自分でやっと探し当てて、そうしてその膿を自力で出し切った事から生まれた感覚ではないかと自分では感じており、

 

そういう事を経ての今の私なので、正に「自分の中と外は一緒」という事を実感できているお正月という感じがしているのですが、

( ・・) ~ ☆彡

 

その一方で、世の中には同じ地球に住んでいながら、正に"ノイローゼ狂騒曲"とも言える様なけたたましい空間の中で騒がしく生きていらっしゃる方達の世界も、同時に並行して存在している事も感じています。

(^^;;

 

 

 

…という訳で、その様に「常に周りの出来事に一喜一憂する事で、自分の感情に振り回される」「一時もワサワサとした心が休まる事なく、常に興奮気味に感情が波立っている」という事に、

 

自分自身でもういい加減に嫌気が差しているという方々には、もしかしたら役に立つかもしれないと私が勝手に感じたメッセージをお届け致します♫

 

(*^^*) ~ ☆彡

 

 

 

 

新しい人間は、二元性のない生き方をする事になる

 

OSHO

 

 

新しい人間、意識は、道徳的なものにはならない。 

清教徒のように厳格なものにはならない。 

 

 

どんな道徳も持たないということではなく、 

異なった種類の道徳・・生に対する自分自身の感覚・・ 

自分の感受性、自分自身の体験から湧き起こる道徳・・ 

を持つことになる。 

 

 

他人から学んだ借り物の道徳ではない。 

新しい人間は、古い意味での人格者ではない。 

というのも、人格は全て束縛だからだ。 

それはあなたの周りに鎧(よろい)を生み出す。 

 

 

新しい人間は、どんな鎧も身につけないという意味で、無人格になる。 

自分の周りに独房を持たないという意味で、新しい人間は無人格なのだ。 

人格を持たないということではなく、人格に新しい定義をもたらす。 

 

 

偽善者にはならない。 

古い清教徒的な厳格主義、古い道徳主義的な態度は、 

世界に偽善者を生み出した。 

 

 

人間を分裂症にしてしまった。 

表にあることと内側深くにあることは、また別だ・・ほとんど正反対だ。 

古い人間は、二重生活をして来た。 

 

 

新しい人間は、二元性のない生き方をすることになる。 

フォトひとつの生を生きる。 

彼の内側にあるものは、全て彼の外側にもある。 

真正なのだ。 

 

 

「真正さ」という言葉を覚えておくがいい・・ 

それが新しい人間の宗教になる。 

それが新しい人間の真理、彼の寺院、彼の神になる・・ 

真正さだ。 

 

 

そして真正さがあれば、ノイローゼは消える。 

古い人間がノイローゼにかかっていたのは、絶えず葛藤していたからだ。 

 

 

あることをしたかったのに、いつも他のことをしていた。 

何故なら、他のことが要求されていたからだ。 

自分に背いて、何かをするように教え込まれたのだ。 

 

 

抑圧していたのだ。 

自分自身の真正さは抑圧され、 

その上に、偽物の人格を押し付けられたのだ。 

 

 

健康な人とは、全体的な人だ。 

内側と外側は同じだ。 

 

 

もし愛していたら、情熱的に愛する。 

怒っていたら、情熱的に怒る。 

 

 

まさにその愛には、真実があるのと同じくらい、その怒りにも真実がある。 

 

 

 

 

 

この写真は、確か数年前の年末かお正月に撮れたものですが、

何だか年賀状にも使える様な構図が面白~い♪と、自分では気に入っています♫(笑)

(^^✿

 

 

 

私はこの元旦に、とても思いがけない懐かしい方からお電話を頂いて、本当に何十年かぶりに色々お話しさせて頂いたのですが、

 

この方に今の私の不思議な感覚をお話しした所、「あぁ、それはエリカちゃんが今までの世界(※バレエ含む)を完全に卒業して、ステージが上がったという事よ」と言って頂けました。

( ・・) ~ ☆彡

 

 

 

もう10年近く前になりますが、私は自分の中で現役引退を決める前から、そういう事を朧げに自分の中で徐々に感じ始めたという時期があります。

 

それまでは"自分の天職"とも言えるものに喜びを感じ、無我夢中で常にその時の自分のベストで全身全霊で取り組んで来たものなのに、

 

或る時、気付くと正に「まるで憑き物が落ちた様に」という表現がピッタリな感じで、自分でも驚くほど自然に「バレエに対して全く興味を失う」という事が自分の中で起きましたので、

 

その時に自分でも「あぁ、私は自分なりにやり切ったのだな。それで完全に"バレエから学ぶ"という段階を卒業したのだな~」とは感じていたので、今回お話しさせて頂いて、その事を又自分の中で再確認させて頂けた様な感じがしましたし、

 

バレエに対してとても情熱的だった昔の私を知っている方達や、現在もバレエに夢中になっておられる方達には、この私の今持っている感覚を正しく理解できる方は一人もおりませんでしたから、

 

(※人というのは自分の感覚を他者に当てはめて理解しようと致しますし、自分が経験した事のないものに対して正しく理解する事はできないのだと思います)

 

今回こういう深い感覚を理解して下さる方がいらした事に、私はとても喜びを覚えて嬉しかったです♫

(*^^*) ~ ♡

 

 

 

私が思うにこの世ではどの様なものでも、自分の中でやり切ってしまえば、「その学びは卒業して、何の未練もなく静かに次の段階に進む」という事が起きて来る様に思います。

( ・・) ~ ☆彡☆彡☆彡

 

何故ならそこから得た学びが完全に自分の血肉となり、誰も奪う事のできない自分の財産になったという感覚や、その学びから得られた真理への確信というものが、自分の中に迷いなく存在する様になりますので、自分の中がとても安定するからです。

 

ちなみに本当に卒業した時には、自然に落ちるという様な感覚があり、それまで自分が持っていた或る種の「拘り」とか「執着」というものから解き放たれる事から得られる「自由から来る解放感」というものがありますので、

 

「心がとても静かで穏やか」かどうかというのが、そのバロメーターになると私は思います♫

(^^✿

 

 

 

…という現在の私㋱なのでありますが、

 

私が思うに、どの様なものでも何かを卒業する為には「自分がやりたいと思う事をとことんやり尽す」という事が要ではないかと思います。そう!思い残す事がないくらいにです!(笑)

\(◎o◎)/!

 

どの様なものでも中途半端であれば、ずっと留年するだけで卒業には行かないと私は思いますし、そういう意味では誰もが「狂騒曲の中に生きる」という段階を通過せねば、そういう気付きには来れないとも私は思っています。(※言っている意味、通じておりますか~~~?笑)

(・。・;

 

つまり「ノイローゼ狂騒曲の世界」というものは、私達人間が成長する為の必要不可欠な世界でもあると私は思っているという事です。

(^^ゞ

 

 

ちなみに、「卒業」と表現するこの私の感覚を例えるなら、

 

「与えられたおもちゃに夢中になっても、遊ぶだけ遊んでそのカラクリが視えてしまえば飽きてしまい、次はもっと難易度の高いおもちゃで遊びたくなる」という感じでしょうか♫ (※だからでしょうね~。最近少々演劇を学んでみたものの、自分の中の深い所では全然エキサイティングできませんでしたし、すぐに飽きてしまったのは。笑)

(^^✿

 

その繰り返しで私達は各々の道で、何段階もある人生のステージを、それぞれ自分の足で一段一段地道に登って行くのだと思います♪

( ・・) ~ ☆彡

 

そしてこれも今の私が感じている事なのですが、難易度が高くなればなるほど「見えない所での自分が大事」という事が、より大切に思える様になるのではないかというのも、

 

今の自分がどこにいるかのバロメーターになる様に私は思います。

( ・・) ~ ☆彡☆彡☆彡

 

 

 

 

 

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(東京都 / クラシックバレエ教師・振付家)
舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ

natural & elegance

長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年