- 野平 史彦
- 株式会社野平都市建築研究所 代表取締役
- 千葉県
- 建築家
対象:住宅設計・構造
考えてみれば不思議である。
昔の家には「子供部屋」と呼ばれる部屋はなかった。
欧米でも「子供部屋」という部屋はなく、ただBed Roomである。
〜LDK という住宅の考え方は、1951年、東大の鈴木成文教授による公団住宅51C型に始まったとされているが、その頃から住宅取得の主な動機が、およそ学齢期の子供達に個室を与えたい、というものだった。
戦後の経済発展の中で、“子供のため”、即ち子供に個室を与える、ということが、日本人にとって“家を建てる”最大の理由であり、「子供部屋」という名称には、そうした想いがにじみ出ている様に思う。そして、今でもその動機は変わらないのだと思う。
ここにフランス人の建築家が描いた住戸プランがある。今、パリ郊外の小さな町で計画している分譲住宅の参考プランとして提出してもらったもののひとつである。
まず、このプランをちょっと眺めてみよう。
中央の玄関を入るとホールがあり、2階への階段がある。これはどのプランも共通している。ホールを真っすぐ抜けるとSALONがあり、その左側にはSALLE A MANGER(食事室)がある。ホールを入ってすぐ右側のSUITE INVITESは来客用のベッドルームである。ホールから左側に入るとCUISINE(キッチン)がある。
これを見ると、ホールにはじまりサロン、食事室、客間と1階のスペースの大部分は来客を接待するためのスペースに使われている。
アメリカもそうだが、台所は独立して広く必ずテーブルが置かれ、家族の食事はほとんどここで済まされる様だから、ここは日本的にはダイニングキッチンである。食事室は、勿論、普段使いもできるが、主に来客を迎えての食事の場として使われる。サロンも勿論、普段はリビングとして使われるが、使用目的はサロンなので、子供達がこの部屋で遊んで玩具を散らかしたりすることは許されない。即ち、1階廻りは殆どパブリックなスペースと考えて良い。
では2階に上がってみよう。
階段を上るとサロンの吹き抜けに面したホールが中央にあり、右にCHAMBRE(寝室)が2つ、左が夫婦の寝室となっている。
この家は夫婦と子供二人の4人家族が想定されているが、CHAMBER(寝室)には辞書で調べてみても「子供部屋」という意味は載っていない。部屋、あるいは寝室である。
これはある程度贅沢な分譲住宅なのでサロン等、来客用のスペースが充実しているが、2階の夫婦寝室は一般にこのようにベッド以外にソファが置かれたり、専用のバスルームがあるのが普通である。
後は、玄関ホールに階段があったり、2階に子供部屋として使用する個室があるのは日本の一般的な分譲住宅と変わらない。
ただ、日本の様に南向きにはあまりこだわりはない様だ。どちらかと言えば、眺めのいい向きに合わせてサロン等のスペースを配置する傾向にある。
これは、最近作ってもらったプランだが、古い家のプランと基本的には変わらない。どちらかと言えば、僕自身もフランスでリビング階段というのをまだ見た事がない。
ということは、フランスにおいては玄関階段が日本の様に問題になることがないということなのだろうと思う。
ただ、フランス人建築家に尋ねてみたところ、寝室を「子供部屋」という言い方をしないのは、子供はいつまでも子供ではないし、子供が大きくなるまでその部屋を一時的に貸しているのであり、独占させているのではないからだ、という。
だから、親はいつでも子供に貸し与えた寝室に入る事ができ、子供はそれを拒否する権利を持たない。それが家族のルールだ、という話しだった。
玄関階段をリビング階段にしてみたり、プランニングによって家族関係が改善できると考えるのは、家族としてのルールを持たない家族の幻想であり、それに迎合する設計者のおごりなのかもしれない。
「子供部屋」と呼ぶこと自体に基本的な問題が隠されている様な気がする。