同情という、傲慢な"偽"の優しさに付いての考察 - 文化・芸術全般 - 専門家プロファイル

舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
東京都
クラシックバレエ教師・振付家
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同情という、傲慢な"偽"の優しさに付いての考察

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今回のテーマですが、まずはアシュタールのメッセージをお読み下さい。

ここに書かれている事は、正に私が自分の人生で若い頃から常に感じ、そして今では深く深く理解している事であり、又実践して来た生き方が語られております。

☆_(_☆_)_☆

 

 

ミナミのライト らいと ライフ~light, right, life~  より

 

【アシュタールのメッセージ】

 

 

こんにちは。こうしてお話しできる事に感謝します。

 

 

同情は優しさではありません。

あなた達は、同情する事 (その人に寄り添い、同じ悲しみや苦しさなどを共有し、その人を慰める事) が

優しさだと教育されています。

 

 

可哀そうに、苦しいでしょ、そんな人を放っておく事はできません、助けてあげましょう・・

それが優しい人のする事です・・と思っていませんか?

それは優しさではないのです。

 

 

この話は、あなた達にはとても難しい事だと思います。

理解しにくい話だという事は、私も知っています。

でもとても大切な事ですので、敢えてお話させて頂きます。

 

 

困った人に手を差し伸べるのは、とても素晴らしい事だと思います。

しかし、手の差し伸ばし方が重要なのです。

ただ助ければ良い・・という事ではないのです。

 

 

同情から手を差し伸ばしてしまうと、その人は依存してしまいます。

同情から、可哀そうですね、苦しいでしょうと言ってしまうと、

その人は自分を被害者の立場にしてしまうのです。

そうなると、その同情は傲慢という言葉に変わります。

 

 

言っている意味が伝わっていますでしょうか?

 

 

例えば、お腹が空いた人にご飯を差し上げます。

それはとても素晴らしい事だと思います。

でもそれをずっと続ける覚悟はありますか?

 

 

一時的にご飯をあげる事はできます。

でも、ご飯を差し上げる事で、もらった人は又もらいたいと思います。

又欲しいと思うのは、依存です。

 

 

黙ってお腹を空かせていれば、又誰かがご飯を持って来てくれる・・

と思ってしまい、誰かに依存しなければ、生きていけなくなってしまいます。

 

 

ずっとその人にご飯を上げるという覚悟の元でそれをするなら、まだ良いと思います。

でも一時的に見ていて可哀そうだという気持ちで、ご飯をもって行ってあげると、その人は依存してしまい

自分でご飯を手に入れようとする気持ちがなくなってしまうのです。

手を差し伸べる事で、自立ができなくなってしまうのです。

 

 

ご飯がない人に、ご飯を持って行かないで下さい。

ご飯がない人には、ご飯を手に入れる方法を教えてあげて下さい。

その人の人生が終わるまで、ずっとご飯を持って行く覚悟がないならば、

中途半端にご飯を持って行く事は、マイナスにしかならないのです。

 

 

宿題を溜めてしまって、泣きながらそれをしている子供を見て、

可哀そうだからといって、代わりにその宿題をしてあげるのと同じです。

 

 

子供は自分で宿題をしなければいけない・・

という基本的な事を忘れてしまい、

泣けば又誰かが代わりにやってくれる・・

という事を学んでしまいます。

 

 

自分の事は自分でする・・という自立心が萎えてしまいます。

 

 

例えば、病気の人に、辛いですね、気の毒ですね、痛いでしょう、良く分かりますよ・・

という同情の言葉を言ったとします。

そうすると、その病人は、自分が病人で可哀そうな立場だと思ってしまうのです。

自分ではどうにもならない現状にいる被害者的な存在だと思ってしまうのです。

 

 

分かりますか?

 

 

そして自分の中からエネルギーが湧いて来なくなりますので、

もっと同情のエネルギーを欲しいと思う様になるのです。

被害者という立場のエナジーバンパイアになってしまうという事です。

 

 

誰かからの同情のエネルギーが、その人のエネルギー源になりますので、

病気を治すという考えがなくなってしまい、いつまでも病気の現実を創り続ける事になります。

私は可哀そうな病人なので、もっと関心を持って、もっと同情して下さいとアピールを始める事になります。

もっとエネルギーを下さいという、エナジーバンパイアになってしまうのです。

 

 

病気の人に同情しないで下さい。可哀そう、苦しいでしょ、分かりますよ、という言葉ではなく、

治ったら、一緒にハイキングに行きませんか?・・と声をかけて下さい。

(ハイキングは例えですよ・・その人が好きな事で声をかけて下さいね)

病気が治ったら、こんな事がしたい、あんな事もしたい・・と思う様な言葉をかけてあげて下さい。

 

 

思考が先、現実が後・・

早く病気を治したいと思う思考が病気を治すには一番なのです。

同情する事で、被害者の立場にしないで下さい。

 

 

これは、病気だけじゃない事は分かりますね?

あらゆる困難な状況にいる人達にも同じ事が言えます。

そして、これはもっと理解しにくい考え方だと思いますが・・

その状況を創っているのは、その人だという事を忘れないで下さい。

 

 

思考が先。現実が後・・

その人の思考が、その人の現実を創っているのです。

もしあなたから見て、その人の現実が酷く大変なものであっても、

それはその人が自分で選んで創っている現実なのです。

あなたには、関係のない事なのです。

 

 

その人が本心から、その現実を嫌だと思うのであれば、自分で現実を変えます。

そこにいるというのは、その人が自分に取って必要だと思うからいるのです。

マインドでは分からなくても、その人に取って何かの理由、必然があるから、

その現実を創り、その現実の中にいるのです。

 

 

それを可哀そう、大変だからという自分の価値観や常識などで、自分の様な現実を創りなさい・・

というのは、とても傲慢な考え方です。

 

 

もし心の底から、その人にあなたの思う幸せになってもらいたいと思うのであれば、

あなた自身が幸せでいて下さい。

あなたの幸せな姿を見せてあげて下さい。

病気の人に、健康なあなたの姿を見せてあげて下さい。

 

 

健康になれば、こんなに楽しく人生を過ごす事が出来ますよ・・と見せてあげて下さい。

もしその人が、あなたの様な健康な人生を送りたいと思うならば、

自分から積極的に健康になる様に思考します。

そうすれば病気は治ります。

 

 

でも、病人という被害者の立場を続けたいと思うならば、病気は治りません。

それは、その人が選ぶ事なので、あなたは何もする事はできません。

(あなた達は、病人が可哀そう、傷付く、羨ましがるから、病人の前では楽しそうにしてはダメです・・

という考え方をしているみたいですけれど、それは全く反対です)

 

 

話がそれてしまいましたが、

誰かを幸せにしたいと思うなら、あなたが幸せでいて下さい。

楽しく、ご機嫌さんで生きて欲しいと思うならば、あなたが楽しく、ご機嫌さんでいて下さい。

それを見る事ができれば、思考する事ができます。

楽しく、ご機嫌な現実をイメージする事ができるのです。

 

 

分かりますか?

 

 

同情ではなく、見せてあげて下さい。

楽しく、ご機嫌さんで生きているあなたを見て、そうなりたいとイメージする事で、

その人も、それを現実にする事ができるのです。

 

 

ただし、そういう現実を体験したいと思うか、思わないかは、

その人の自由だという事を忘れないで下さいね。

どんな現実を体験しようとも、それはその人の選択であり、自由なのですから。

 

 

あなたに愛と感謝、そして平和の光を送ります。

 

 

 

 

 

私のお気に入りの公園 ~ ♡

 

広々として清潔で、大きな木々がとても美しいので、

この様に四季折々の絵ハガキが作れそうなショットが、私でも沢山撮れます♫

(^^✿

 

 

 

今回のメッセージで書かれている事を、自分の人生で長年実践して来た私が感じた事は…

まだ多くの人達に取っては、幼稚園児の様に"偽の優しさ"を求めている方の方が断然多いという現実です。

( ・・) ~ ▲

 

 

その様な中で誤解を怖れずに、自分を信じてそれを貫く生き方が、経験上いかに過酷かというのも知り尽くしている私㋱ではありますが、私はやはり自分の中に在る感覚を信じて生きて来て正解だったと、今改めて感じているのです。

( ・・) ~ ☆彡

 

私の様な生き方は、時に幼過ぎる魂の持ち主の方々からは冷たい人だと誤解されてしまう事も多々あるのですが、私は自分の事を冷たい人間だと思った事は一度もありません。

(^^♡

 

勿論人間ですので、時にその表現方法に未熟さがあったり、又相手との相性というものもあるので、なかなか一筋縄には行かない事も少なからず経験しておりますが、

 

 

そういう幼い魂の方達も、ご自分の人生で色々な経験を積まれた時に、「後になって理解される」という事も沢山経験しております故~♫

(^^✿

 

ちなみに、私は基本的に人格を尊重するので、人に対してお守りは致しません。(笑)

大人であっても、魂が幼過ぎる方達は大勢いらっしゃいますけれど、とにかく今回の私の人生の使命は、ベビーシッターの役割りではない事は確実です!(笑)

(^^ゞ

 

 

 

そして、これは偶然なのですが…。

 

現在私の友人が、精神力で長年耐え続けて来た足の痛みを克服する為、大掛かりな手術を行い入院中なのです。(手術は彼女の選択でした)

 

そして現在無事に手術を終えた友人は、暫く足を動かせない不自由な生活を強いられる中で厳しいリハビリも始まり、現在色々とナーバスになり、精神的にとても辛い状況の真っ最中なのです。

 

そんな彼女に、私は友人としてメールをやり取りしているのですが、その励ましのメールが正に今回アシュタールが伝えている事とリンク致しますので、今回は友人の許可を得て、その内容の一部をここに書かせて頂く事に致しました。

☆_(_☆_)_☆

 

以下が、私から彼女に送った励ましのメールです。

☆_(_☆_)_☆

 

 

【自動的な瞑想の時間】

 

今の貴女の状況というのは、まるで自動的に瞑想を強いられている様な状態ですね!
ご本人にはかなりお辛い事だと思いますが、でもそれはとても意義の在る事なのです。

 

この様な状況に置かれない限り、時間をかけて自分の肉体という牢獄に向き合う事や、自分の内面をえぐる様に静かに内観するというのは、貴女の性格上なかなか有り得なかった事でしょう。

 

そうした状況の中で、かなり情緒不安定になるというのは、今までそれだけ本当の内観というものをして来なかったという事でもあります。今はそうして暴れ回る自分の心への戸惑いや不安、そして怖れを感じるのは、それだけ貴女のエゴの強さに比例するのです。

 

瞑想初心者には良く起こる状態でもあります。(心ができていないと、精神と肉体はヒステリーという反乱を起こすのです) 今回そうして、じっと身動きできない状態を強制的に作られているという事は、天のお導きなのかもしれません。

 

私が入院前に貴女に言っていた内観とは、正にこの事なのでございます。
ですので、この際ですからそうした荒くれる自分のマインドに徹底的に向き合って下さいね。

 

瞑想が深く進んだ時は、今の様な状態であっても、どの様な状態であっても、リラックスできて心が常に安定しますから、それがバロメータです。そしてそれが本物の忍耐力であり、人格の向上に繋がります。

 

ちなみに今回送付した写真は、昨日お散歩した時に遭遇した翡翠(カワセミ)さんの写真です。
正に宝石を思わせる小鳥ちゃんですね!

 

 

貴女が身体も心も元気に爽快になれて、お家に戻られる日を、私も楽しみに待ちます。

 

 

大園エリカ

 

 

以上、私から友人に宛てたメールでございました。

彼女は強い人なので、今回のこの厳しい試練をきっと乗り越えて行くでありましょう!

(^^✿✿✿

 

 

 

 

 

 

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(東京都 / クラシックバレエ教師・振付家)
舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ

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長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年