成”幸”学の専門家「原爆供養塔を掃除して想うこと」 - 飲食店経営全般 - 専門家プロファイル

杉山 春樹
株式会社フード&サクセス 会長&事業プロデューサー
静岡県
飲食店コンサルタント

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対象:飲食店経営

杉山 春樹
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閲覧数順 2017年04月25日更新

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成”幸”学の専門家「原爆供養塔を掃除して想うこと」

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今日は、世界で最初に原爆が投下された8月6日の広島に続き、


2個目の原爆が長崎市に投下された日です。



瞬時にして、7万人以上もの方が亡くなりました。



また残された被爆者の方々は、今なお原爆症に苦しんでおります。


これは、何があっても二度と繰り返してはならない悲劇です。



改めて、このような悲劇を

二度と繰り返してはならないと思います。



そして今日、8月9日は『ハグの日』でもあります。


大切な人と『ハグ』をして、人と人とのつながりを育み


大切な人に、大切な存在であることを伝える。



世界の平和を願う広島の有志が2007年に制定したものです。



ですから、大切な人と『ハグ』をして、


心のぬくもりを肌で感じてはみませんか。


そして、「平和な社会」の実現をみんなで誓いませんか。



そこで本日は、40年以上にわたって


広島の原爆供養塔を掃除し続けてこられた

佐伯敏子(さえきとしこ)さんの話をご紹介しましょう。




『原爆供養塔を掃除して想うこと』




広島の平和記念公園にある、

引き取り手がない遺骨を納めた原爆供養塔。


この掃除を私が始めてから、もう40年になります。



そもそも私が原爆供養塔の掃除を始めたのは、

それは昭和20年8月6日にさかのぼります。



その朝、私は広島市から山を一つ越えた

田舎の姉の嫁ぎ先にいました。



敵か味方か、山の上を飛行機が1機飛んできて、

すぐに引き返すのが見えました。



そのときです。


山の向こう、広島のほうの空を異様な光が焦がしたのです。



と、間もなく大音響がして、熱気を帯びた空気に包まれました。



気がつくと、広島のほうに、もくもくと煙が立ちのぼっています。



空が曇り、黒い大粒の雨が降ってきました。



「広島がやられた」


私は広島に住む家族、母や兄妹たちのことを思いました。



その思いに急かされて、私は山を越え、広島に戻ったのです。



そこで見たものの一つ一つは、今でも鮮明です。


忘れようとして、忘れられるものではありません。



生き地獄。いいえ、


そんな生易しい言葉で表現できるものではありません。



私は家族の姿を求めて歩き回りました。



ふと、死体のように横たわっていた人がむくりと動いて、

私の足首をつかみました。


私はそれを振り切って進みました。



「助けて」「水を」と動けなくなった人たちの呼びかける声に

耳をふさいで通りすぎました。



どこが道かもわからないままに死骸を踏みつけて歩きました。



あのとき、自分に何ができたろうかと思います。


何もできなかったでしょう。


だが、私が助けを求める何人もの人を見捨てたことも事実です。



私の抱く後ろめたさとは、そのことです。



原爆供養塔には、


私が見捨て、無視して通りすぎた人たちの遺骨が、

納まっているかもしれないのです。



「ごめんなさい」「すみませんでした」


詫びても詫びても、償いきれるものではありません。



ですから、習わぬお経を唱えながら、


ホウキで掃き、草を1本1本むしらずにはいられないのです。



そうして、40年以上が過ぎたということです。



ほとんど毎日、原爆供養塔の掃除に出かける私を、


市に雇われ、給料もボーナスももらっているのだと

思っている人も多かったようです。



だが、そんなことはありません。



私は自分がやりたいと思ったから、

自分一人でやってきただけのことです。



供養塔の地下の納骨室には、正面に祭壇があり、


右側には性別さえもわからず、

骨が収集された町名だけを記した箱が積み上げてありました。



左側の6段の棚には、名前や住所、中には年齢まで記された

十紬ほどの杉の箱に入った遺骨が並んでいました。



遺族がわからないのでしょうが、


これだけ手がかりがあれば捜し出すのは

難しくないだろうと思いました。



遺骨は一日も早く遺族の懐に抱かれたいと

願っているに違いない。



そんなある日、遺族を見つけ出しました。


その初老の婦人は、夫の遺骨を抱いて、


「これで私は未亡人になりました」と呟くように言いました。



夫は生きていると信じ、それを心の支えにして7人の子どもを

育て上げたということです。



夫の遺骨を迎えてお葬式が営まれ、その席に私も招かれましたが、


悲しみを乗り越えて、新しく生きていこうと決意されたのでしょう。



その婦人の横顔は凛とした気配に包まれていました。



広島には数多くの慰霊碑や供養塔がありますが、


その一つに


「念ずれば花ひらく」文字を刻んだ慰霊碑があります。



これは本当なことだと思います。



広島の平和を願う思いを伝えたい。


それを受け止めてくださった人の中で一人でも、


自分で感じ、考えたことを言葉に表し、

行動する生き方をしてほしい。



私のその一念が、少しは実りをもたらしているのを

今は感じるからです。



「人間は意識して、勤勉になるのではありません。


思いの強さが、人を勤勉にするのです」


広島の思いを伝えて、自分が感じ、自分の頭で考えたことを、


そのまま表し、行動する生き方を一人でも多くの人にして頂ける

活動をしたなら、


一瞬の閃光で生を絶たれた母や兄妹たちが、


にっこり微笑んで、私を迎えてくれるに違いない。



私はそう信じているのです。


(佐伯敏子)



いかがだったでしょうか。



私は、改めて「平和な時代」に生きる有り難さを感じると共に


この平和を守り続けなければと強く思いました。



そして、感銘したのが、佐伯さんの言葉


「人間は意識して、勤勉になるのではなく、


思いの強さが、人を勤勉にする」です。



私たちは、想いの強さで行動力が変わります。



ただ思うだけでなく、


強く願うと、心が動き、体が動き、結果が動くのです。



そして、その願いを強化するのが言葉なのです。



ですから、「やりたいこと」、


「やらねばならないこと」ができたなら、


それを言葉にして発し続けましょう。



「言葉はちから」です。


その発し続ける言葉が、信念となり


信念が行動となり、


行動が望む結果へと導いてくれるでしょう。





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