昭和36(1961)年に「国民皆保険」の体制が整い、生まれたときから全員が何らかの公的医療保険制度に加入しています。病気やケガをして病院に行ったとき、保険証1枚で一定の自己負担により必要な医療サービスを受けることができます。また、フリーアクセスであり、受診する医療機関を自由に選ぶことができます。医療保険制度は、職業や年齢によって加入する制度は異なりますが、75歳未満の人は健康保険などの被用者医療保険もしくは国民健康保険、75歳以上の人は後期高齢者医療制度に全員加入します。
被用者医療保険には、会社員を対象とする健康保険の他に、国家公務員共済組合、地方公務員共済組合、私立学校教職員共済制度、船員保険があります。共済組合等は健康保険を代行していますし、船員保険には独自の給付がありますが、健康保険に準じていますので、ここでは、被用者医療保険の中心的な制度である健康保険について解説していきます。
健康保険は、被保険者(会社員)とその被扶養者(会社員の家族)に対して、業務外、通勤途上以外の原因による病気やケガ、死亡、出産について保険給付を行う制度です。ここでいう被扶養者とは、一般的に年収130万円未満でかつ被保険者の年収の2分の1未満である人のことです。
健康保険には、主に大企業の会社員が加入する組合管掌健康保険(組合健保または健保組合)と、主に中小企業の会社員が加入する協会けんぽがあります。保険料は、被保険者の月収や賞与といった報酬の額を元に計算され、会社と被保険者で半分ずつ負担します。労使折半は原則のため、組合健保によっては被保険者負担分が半分以下のところもあります。
主な給付は8つあります。
療養の給付(被扶養者の場合は家族療養費)
被保険者またはその家族が病気やケガをしたとき(業務災害・通勤災害を除く)、診察や入院など必要な医療を治るまで受けることができます。窓口で一定の自己負担があり、被保険者とその家族の区別なく、入院・通院ともに小学校入学後から70歳未満の人は3割負担、小学校入学前の子供は2割負担、70~75歳未満は2割負担、現役並みの所得者は3割負担です。ここでいう現役並みの所得者とは、標準報酬月額が28万円以上で、一般的に夫婦2人で年収520万円、単身で383万円以上である人のことです。
療養費
健康保険では、保険医療機関などで直接医療サービスが受けられる療養の給付を原則としていますが、やむを得ない事情により療養の給付が受けられない場合で、健保組合などの保険者が認めた時は事後に、支払った医療費から自己負担相当分を控除した額が療養費として払い戻されます。海外療養費もその一つで、海外渡航中に急な病気でやむを得ず現地で治療を受けた場合、加入する健保組合などの保険者に「診療内容明細書」と「領収明細書」を現地の医療機関に書いてもらい、帰国後に日本語に訳して申請手続きを行うことにより、海外で支払った医療費の一部の払い戻しを受けることができます。対象となる金額はあくまで国内での標準的な医療費が基準なので、医療費の高い国では払い戻しを受けてもかなりの自己負担が残る可能性も高いです。
入院時食事療養費(被扶養者の場合は家族療養費)
入院中の食事にかかる費用は療養の給付とは別計算となり、標準負担額である1食260円の差額が、入院時食事療養費として医療機関に支払われます。本来なら総食事代を払って入院時食事療養費を受け取るのですが、経済的負担を考慮し、実際の支給は現物給付されています。
高額療養費
1ヵ月における医療費の自己負担額が高額となった場合に、自己負担限度額を超えた部分について、請求すれば後日返金を受けることができます。なお、自己負担額が大きくなりそうだと事前にわかっていれば、前もって自分の健康保険の保険者である組合管掌健康保険もしくは協会けんぽに申請して「限度額適用認定証」の交付を受けておくと、医療機関の窓口で払う額を自己負担限度額までにできます。自己負担限度額は、加入者の所得水準や年齢によって計算方法は異なります。3割負担の会社員(標準報酬月額28万円~50万円)なら、月9万円弱です。さらに、組合健保には、独自に上乗せ給付の制度を設けているところもあり、自己負担の上限が2万円程度で済むこともあります。平成27(2015)年1月から、70歳未満の所得区分が3区分から5区分に細分化され、上位所得者の自己負担が増加しています。
出産育児一時金(被扶養者の場合は家族出産育児一時金)
被保険者またはその家族が出産した場合、一児につき42万円(内3万円は産科医療補償制度の掛金)」が支給されます。また、双子などの多胎出産の場合は、人数分が支給されます。なお、平成21(2009)年10月から、加入している健康保険から産院などの医療機関等への直接支払いが原則となり、被保険者等が医療機関等の窓口で出産費用を支払う必要がなくなりましたので、直接42万円が口座に振り込まれることはほとんどありません。分娩・入院費が支給額より安かった場合は、後日差額が指定口座に振り込まれます。さらに、組合健保には、独自に上乗せ給付の制度を設けているところもあります。
出産手当金
被保険者が出産のため仕事を休んだ場合、出産の日以前6週間(42日)、多胎妊娠の場合は14週間(98日)から出産の日以後8週間(56日)までの間で、仕事を休んだ日数分の金額が支給されます。この場合の支給額は、休業1日に対し、標準報酬日額の3分の2相当額です。
傷病手当金
被保険者が病気やケガを理由に会社を3日以上続けて休み、給料が支給されない場合に、4日目から最長1年6ヵ月間支給されます。この場合の支給額は、休業1日に対し、標準報酬日額の3分の2相当額です。さらに、組合健保には、独自に上乗せ給付や支給期間延長の制度を設けているところもあります。
埋葬料(被扶養者の場合は家族埋葬料)
被保険者が死亡したとき、葬儀をした家族に対し、5万円が支給されます。その家族が死亡したときは、被保険者に5万円が支給されます。
退職後、再就職をしない場合も何らかの公的医療保険に加入しなければなりません。退職者向けには、①健康保険の任意継続被保険者となる、②国民健康保険に加入する、③家族の被扶養者となる、の3つ選択肢があります。
国民健康保険は、自営業者等、被用者以外の地域住民とその家族を対象とし、病気やケガ、死亡、出産について保険給付を行う制度です。被扶養者という概念はなく、原則としてすべて被保険者として取り扱われます。
国民健康保険には、市区町村の国民健康保険と医師・歯科医師・建設業など同種の事業者で組織された国民健康保険組合(国保組合)があります。国民健康保険の保険料は、市区町村によって異なり、前年の所得等によって計算されます。国民健康保険組合(国保組合)の保険料は国民健康保険とは異なり、さらに各組合によっても異なります。給付内容は健康保険とほぼ同じですが、一般に出産手当金や傷病手当金はありません。また、業務上の病気やケガも対象となります。
後期高齢者医療制度は、75歳以上(一定の障害の状態に人は65歳以上)の人の病気やケガ、死亡について必要な保険給付を行う制度です。健康保険などの被用者医療保険に加入している人も、国民健康保険や国民健康保険組合(国保組合)に加入している人も、75歳になれば全員が後期高齢者医療制度に移行します。保険料は、各都道府県の広域連合で決定され、原則として年金からの天引きで徴収されます。給付内容は健康保険とほぼ同じですが、一般に出産に関する給付や傷病手当金はありません。窓口で一定の自己負担があり、原則1割負担で、現役並み所得者は3割です。
その他に、国や地方自治体が医療費の全額もしくは公的医療保険の自己負担分を公費で負担する制度もあります。代表的なものは、子どもの医療費助成制度です。各自治体で異なりますが、所得制限なく、通院は小学校入学前まで、入院は中学校卒業まで無料という内容が多いです。母子・父子家庭の医療費助成や、未熟児の乳児が入院治療を受ける場合の養育医療など、さまざまな公費による医療給付があります。
このように、日本では誰もが安心して医療を受けることができる医療制度を実現し、世界最高水準の平均寿命や高い保健医療水準を達成してきました。その一方で、世界的にも例を見ない急速な高齢化が進展し、老人医療費を始めとする医療費が年々増大していますが、保険料は伸び悩んでおり、医療保障財政は厳しい状態にあります。
ここがポイント!
民間の医療保険を検討する際には、公的医療保険制度について理解しておくことが重要です。また、健保組合など加入している医療保険制度によっては、独自に上乗せ給付の制度を設けているところもありますので自身や家族に適用される健康保険の内容を十分に把握する必要もあります。
ただし、高齢化の進行などで医療費は急速に増大していて、現行の制度が今後改正される可能性もあります。
公的医療保険制度の現状と将来の動向を把握しておくと、適切な金額での医療保険やがん保険の加入につながります。
(2004.10.31公開 2015.5.4更新)
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