前回では、その様な摩訶不思議なものが「霊能者」の方達の視えている世界であるという事をお伝え致しました。
_(_^_)_
当時、何故か寄って来られたり又偶然お会いした霊能者の方々から、その様なお話しを聞いて勉強した中で、私は自分で結論を出した答えがありました。
それは「この世では、人間の人生はその様な霊が主体では無く、肉体を持っている人間の方が主であり強いのだ」という事です。
《 ゚Д゚》☆彡
つまり、いつでも自分の支配者は自分であり、自分の事を決めるのは自分であり、その人生の主導権はいつだって肉体を持って生きている私達側にあるのだという事です。
《 ゚Д゚》☆彡☆彡☆彡
私が何故、その様な答えに到達したのかと言えば、
そういう霊視や霊能力で「あなたに憑いている善ろしからぬもの(憑依霊・低級霊・生き霊)を除霊してあげましょう」と "ご商売" されている霊能者の方々の、「ご自分では取れないから私達が取ってあげるのだ」というものの捉え方には、私は疑問と矛盾を感じたからなのです。
( ・・) ~~~ ×
その正しい理解が無く「霊が主体」と思い込んで、変な霊能者や占い師に依存する方達というのもこの世には大変多い気がするのですが、ご自分がそれを受け入れなければ、霊に主導権を握らせてご自分の人生をかき乱される様な事にはならないという事です。
( ・・) ~~~ 〇
確かにこの世は、何か目に見えないエネルギーの働きというのは確実に存在するという事は、私は自分の人生から常々感じて来た事ではありますが、
もし善からぬものが自分に取り憑いているのだとしたら、それは自分が善くない生き方をしているから「自分が取り憑かせているのだ」という自己責任が無いと、
結局いつも誰かに頼ったり、誰かのせいにして生きる様な人生を繰り返してしまうという事になってしまう。
そういうカラクリを、私は逆に再認識させて頂いたのでした。
( 一 一) ~~~ ◎
(※巷には、いつも「より良い霊能者」を探して "霊能者巡り" を繰り返すという、他人(霊能者)を中心にした愚かな人生になっておられる方も多い様ですね?)
(^^;(^^;(^^;
私が色々なものを実際見たり聞いたりさせて頂いて、最終的に自分で出した答えはその様なものでした。
(※この様に、私はどの様に透視能力が優れている霊能者の方よりも "自分の眼" を信頼致します)
又霊能者の方であっても、やはりその方も生身の人間である訳で完璧では無いという事、そしてその方の生きておられるその質と人格というものが、霊視にどれだけ大きく関わっているのかという事も深く理解できました。
(※霊能者の方々も中と外は一緒なので、その "人となり" や "生き様" がその判断を大きく左右しているという事です)
ですので霊視と言っても、やはりその方のキャパシティの中での判断になるので、
もし視てもらう側が霊視をする方よりも波動が高ければ、「視えない」という部分が出て来るのだという事も、実際霊視をされる中で私自身は感じ取る事ができました。(※こういうケースの場合は、霊能者の側はそういう事にはお気付きではない様です)
結局霊視というものも「生きている人間」がされておられる訳なので、つまりはそういう事なのだなぁと私は思いました。
( ・・) ~~~ ☆彡
そういう霊を怖がらなくてはいけない様な生き方をされるから、その様なものに取り憑かれてしまう。
その様になってしまうのは、怒り・憎しみ・恨み・嫉妬・強欲・イジケた心・自己否定・自己憐憫・被害妄想 … 等々から来る "怒り" と "欲" から生まれる「恐怖心」が原因なのですから、
普段から自分がその様な思いに駆られない様な生き方をされれば良いのです。
(^^♪
又、所謂「霊能者」と称される能力をお持ちの方も、その根に「人から崇めてもらいたい」「自分は特別だと思われたい」「人をコントロールしたい」などの「エゴな欲」というものが混じるならば、
その透視から視えて来るものをご自分のその欲でもって判断を鈍らせたり、又歪んだものにして相手に伝えてしまうのでありましょう。
《 ゚Д゚》!!!
ちなみにこれは「神に啓示を受けた」と称して本などを出版される「本の中だけの人格者」さん達にも言える事です。
その方の仰る "神の啓示" よりも、その方が「普段日常でどの様な生き方をされているのか?」の方が、確実に「真実」になるのです。
(※嘘と捏造工作と脅迫で、人を貶める様な行為をするという生き方をされながら、上質な霊に啓示を受けたり、又その方自身がその啓示を(何割かは真実が含まれるとしても)、全て正しく解釈するなどという事は有り得ない事です)
( 一 一) …▲
結局はそういう能力が有ろうと無かろうと、人間である以上は同じであり、又「お互い様」であるという事なのですね。
ちなみにこれは私の捉え方ですが、人生でどんな事に遭遇致しましても、それを「怒り」で相手に返す事はせず、けれど相手の悪事をストップさせるという様な「慈悲の行為」は人間には必要であると思います。
誰かがその悪の連鎖に気付いてストップさせなければ、又誰かがそういう思いをさせられる連鎖が続いて行く事になり、強いてはそういう事を繰り返されて生きて来られた方自身も、又更に不徳を積む事になるからですね。
巷で第三者の方にどの様な見方をされようと、私は常にこの様に自分の判断で行動するのでございますが、
できればこれからも「善き指導霊」様に見守られる様な生き方をして行きたいと、それが私の人生の目標でございます♫
(^^✿
柔らかい雰囲気の空模様♫
この様な色合いの空は、何故か人をノスタルジックな思いにさせますねぇ…♫
( ・・) ~~~ ♡
霊能者の方達の眼に映る世界は「感情が霊である」という事なのですね。
ですので、私達が日々色々な感情を味わう度に、後ろの指導霊も絶えず「善いもの」と「善ろしからぬもの」(※邪悪な低級霊等も含)が入れ替わるという霊同士の凌ぎ合いや、人間の肉体への乗っ取り争奪戦が繰り広げられていると言います。
又、一説には「自分の守護霊や指導霊というのは、実は自分自身である」という説がございます。
《 ゚Д゚》!!!
そしてそれを信じるか信じないかは…、
やはりあなた次第です!?(笑)
(^^♪
このコラムの執筆専門家

- 大園 エリカ
- (東京都 / クラシックバレエ教師・振付家)
- 舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
natural & elegance
長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年