- 増井 真也
- 建築部門代表
- 建築家
対象:住宅設計・構造
先日、私の住む川口駅周辺でそのような建築がひとつ壊されてしまった。壊されたあとにはなんと住宅展示場が出来るらしい。RC4階建ての古い事務所ビルだったのだが、レストランや複合施設としてよみがえらせればきっと魅力ある建築になったと思うと、残念でならない。
このような経験は誰でもしたことがあるだろう。いつも通る町並みの中にある当たり前の風景の中にある魅力的な建築、こういうものが魅力ある町並みを形成している。そしてそれがいつの間にかなくなってしまったことに気がついたとき、不図喪失感を感じるものだ。まるで子供のころに毎日通った駄菓子屋さんがいつの間にかなくなってしまっていることに気がついたときのように。
春日部の美容室の工事は、大学時代の友人に依頼された。春日部駅の周辺に美容室を開店したいというクライアントと私の友人が一緒に歩いていたときに偶然出会った古い住宅を美容室に改装するという工事だったのだが、大変良いしつらえの気品ある和風住宅がモダンな白い空間に生まれ変わる様子は見ているだけでも楽しくなるものだった。
床板をはがしてみると欅の一枚板の裏側には当時の大工さんの名前が刻まれていた。しかも一枚一枚にである。強い思いをこめられた住宅が、取り壊される前にもう一度美容室として利用されることになったのは、自由に使ってよいという持ち主の寛大な措置と、新たな使い手との出会いのタイミングだろう。偶然に偶然を重ね、完成したようなプロジェクトである。しかし、みんなに望まれている建築の再生の形であろう。今後も機会があるごとにこのようなプロジェクトを完成させていきたいものである。