私達は良く「人それぞれ」と言う表現を使うのですが、
口ではそう言いながら、やたら他人の言う事や生き方に干渉される方や、人と自分の生き方と比べてしまう方がいらっしゃいますね?
(; ̄O ̄)
問題なのは、そこから自分で勝手に(※ここ重要ポイントです!)人に嫉妬したり、落ち込んだり、コンプレックスに陥ってしまわれたりする事です。
それって自分自身に対して物凄く失礼な事をなさっているのですが、そういう方はそういう自覚をお持ちで無い方が多いのですね~。
(^^;
どうも私達人間は、自分と違う生き方の人を見ると、勝手に自分で落ち込んでみたり、怒ってみたり、一人芝居をしてしまう癖がある様です。(笑)
ご自分で「それぞれ」って仰られているのに、何故、落ち込んでしまうのか?
その矛盾に、ご自分で気付かれていますかぁ~~~?というのが、今回のテーマでもありますね。
(^^♪
こういう事にお心当たりのある方と言うのは、実はご自分の事をまだ信じ切れていらっしゃらないからなのですね。
つまり「迷い」があるという事なのです。
(^^;
「迷い」というのは、ご自分の「自信の無さ」から来る場合と、「無知」から来る場合との両方のケースがあると思うのですが、どちらの解決法もご自分の「努力」でしか解決できないものなのです。
《゚Д゚》☆彡
その努力とは、物事の根を理解する=真理を理解するという事ですね。
真理に気付いて行くほどに、人は「迷い」「優柔不断」「曖昧」という事から解放されて行きます。
(^^✿
ですので、真理を理解できていない方が言う「人それぞれ」の意味と、知っている方の言う「人それぞれ」は、言葉は同じでも、意味は全く違って表現されている場合が多い様に、私自身は感じる事があります。
では、その違いは???というと、
それは「癖」と「個性」をごちゃごちゃにして、一緒に捉えてしまっているかどうか?という事なのかもしれません。
_(_^_)_
「個性」を理解できた方は、相手との違いを「楽しめる」人です。
だから自分の個性も尊重できて人と比べたりしないし、自分が人と違うからといって一々揺れないのです。
一方「癖」を個性と勘違いしてしまっている方は、いつも「相手の事が気になってしょうがない」という癖を持つ様ですね?
相手を見る時も、自分を見る時も、「癖」として見てしまうのですから、そりゃ~気になるでしょうし、
それじゃぁ、相手との違いを楽しむどころか、相手や自分の粗探しみたいになってしまう事でしょう。
(^^;
「人それぞれ」と言う時に、自分は本当に「相手の個性を認めて楽しんでいるのか?」という事を自分で観察してみると、
その言葉の裏に隠された、自分の本音が視えて来るのかもしれません!?
(^^;
何か、柔らかくて温かみの在る朝焼けですね♫
「日本人は自分と同じ考えの人を友人にするが、フランス人は自分と違う考えの人を友人にする」
というのを昔聞いた事があります。
《゚Д゚》☆彡
その理由は、「自分と同じ考えの人と付き合ったって、学ぶものが無くてつまらないじゃないか!」だそうです♫
う~ん♫
さすが世界一自立した「自由で大人な考え」を持つ、個人主義の国であります!(笑)
(^^♪
このコラムの執筆専門家

- 大園 エリカ
- (東京都 / クラシックバレエ教師・振付家)
- 舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
natural & elegance
長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年