優しさに見えるスピリチュアルの裏に潜むエゴ - コラム - 専門家プロファイル

池本 真人
Div Design Webサイトの一級建築士
東京都
Webプロデューサー
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優しさに見えるスピリチュアルの裏に潜むエゴ

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徒然日記

「法を見るものは我を見る。」
そうブッダが言ったと伝えられています。


この言葉の真意はとても深いものがありますが、分かりやすくお伝えすると、
「私に依存するのではなく、法を信仰しなさい。」
というような意味になるかと思います。
ブッダの人柄があまりに素晴らしかったので、その感性に触れて集まった方々も多かったのではないかと思いますが、ブッダは「法(教え)」という理性も大切だよ…と伝えたかったのですね。


私の師である松井さんは、慈悲に溢れたとても優しい方でした。
信じてもらえないかもしれませんが、神様が降りるようなお力も持った方でした。
その松井さんの噂を聞きつけたスピ系の記者の女性が取材に来て、以下のような記事になったこともあります。
【逗子のゴッドハンドおじいちゃんが説く2012年は「エゴ」と「瞑想」がカギ】http://news.ameba.jp/20110830-276/
【気は簡単に誰でも出せる!? 逗子のすごいおじいちゃんの気功美容は小顔に効く】http://news.ameba.jp/20110903-164/


その記事を読んで松井さんに会いたいと講座に来て下さった方も多いのですが、松井さんが何よりも伝えたかったのも、ブッダと同じように心の学びなのです。
決して自分に依存させることではありません。
その本意が分からず、松井さんの未来を見る力や優しさに依存している人は、松井さんが亡くなった後は離れていきました。
何故こんな話しをするかと言うと、その方々を批判するとか、そういうことではなく、本当に伝えたかったことは何なのか…ということを知ってもらいたいからです。


松井さんも仏教を学んでいたわけですから、ブッダと同じことを言っておりました。
仮初めの幸せではなく、生きとし生けるもの全てが幸せになるように、自らが通ってきた経験から、幸せになる方法を説き続けてきたのです。
ところが、松井さん本人の不思議な力や優しさの一面しか見ていない人は、その裏にある厳しさに気付くことはありません。
人間には母性の優しさと、父性の厳しさがあります。
父性の厳しさというものは、本当は優しさなのですね。


仏教の教えを浅くしか学んでいない人は、それが厳しく感じるのです。
「自分を見つめ直しなさい。」
「答えは自分の中にある。」
「全ての悩みの根本はエゴであるから、エゴを薄くしていかなければいけない。」


こんなことを言われると、「もう嫌だ~!」と逃げ出したくなることもあるでしょう。
ですが、子育てと同じで言うべき時には言わないといけないのです。
それをひたすら甘やかして育てていたら、どうなるか…というのは、少し考えてみたら、誰でも分かることなのではないでしょうか。


世の中のスピリチュアルというのは、おかしなことが多いのです。
何かに頼り、何かのせいにして、自分を見つめ直すことはせず…。
自分が得をするためだけに、何かを言われるがままにするのです。
正にエゴ丸出しの世界ですよね?


悩みの根本がエゴなのですから、こんなスピリチュアルをいくらしたって、悩みが無くなることは無いですし、幸せになることも無いのです。
でも辛いから、自分に向き合いたくないから、何かに依存して逃げてしまうのですよね。
私自身、同じ道を通ってきたので、その気持ちも良く分かるのです。
しかし、ハッキリ言わせてもらうと、そこに幸せというものはありません。


悩みの根本はエゴなんです!
「自分が自分が!」という我も無いと分かった時、自分のことも他人のことも許せるようになるのです。
そんなことを言われても何のことやら分からない…。
それも良く分かります。


だからブッダが全ての道を残して教えてくれているわけです。
これを学んで、こう実践していけば、幸せになれるよ…と。
その道を歩んでいくと、一般的なスピリチュアルと言われるものが、仏教の教えの中に全て含まれていることも分かってきます。
今まで自分が正しいと思っていたことが全て真逆で、頼ってきたスピリチュアルが、この世の真理の極々一部であり、自分の都合の良い一面からしか物事を見ていなかったことも分かるようになります。


何かに依存する人は、依存していたものが無くなると、また別なものを探すことになり、永遠の旅人のようになっていきます。
例え幸せの在り処が分かったとしても、ダイアモンドとガラス玉の区別も付かないような目しか無ければ、幸せをはき違えて、ぬるま湯の幸せに浸かることにもなりかねません。


自分で見極められる智慧と、実践して歩んでいける足が必要なのです。
「智慧の眼、行の足。」
この二つを揃えていくことが、幸せへの道なのですよね。


今まで頼っていたものを手放すのは容易ではないことです。
これが正しいという妄想を抜けるのは容易いことではありません。
ですが、ありのままの自分が何かを知りたいのであれば、本当の幸せを手に入れたいのであれば、一度、全てを手放す勇気というものも必要です。


もうあれこれと探し求めるのはやめませんか?
この世の道理というものを学んでみませんか?
学んだ気になっている自分を見つめ直してみませんか?


一人でも多くの方が、火がついた住み家に気付き、抜け出せるようになることを願っております。
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