- 茅野 分
- 銀座泰明クリニック 院長
- 東京都
- 精神科医(精神保健指定医、精神科専門医)
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03-5537-3496
残念なニュースが入りました。1990年代ミリオンセラーを連発したミュージシャン CHAGE and ASKA の ASKAさんが覚醒剤はじめ複数の違法薬物使用・保持で逮捕されたというのです。日本の歌謡界で頂点を極めた人がどうして、という思いの人も少なくないでしょう。しかし2000年代に入り次第に世間の注目は減ってきました。今年56歳となり、20-30代の頃のようには曲を作れず歌を歌えず、本人としてはもどかしい思いをされていたのではないでしょうか。
「薬物依存」という「脳と心の病気」は、寂しさや空しさといった感情と裏腹にあります。特に青春期に華々しい活躍をされていた芸能界の方々は、中年期・老年期に入っても、老化した自分をなかなか受け入れられず、アルコール、ギャンブル、セックス、そして薬物依存といった過剰な刺激で、心の隙間を埋め合わせてしまいます。
本人は「所持をしたことはない」とおっしゃっているそうです。事実はともかく、薬物依存は「否認の病」と呼ばれています。多くの薬物依存の患者さんは使用や問題などを過小視、矮小化します。しかし、否認とは認めていないだけで、気づいてはいるものです。皆さん薄々「まずい、なんとかしないといけない」と思いながら、どうにもならず、問題が表面化してようやく堪忍するのです。
それでは、「薬物依存」という「脳と心の病気」をどのように「治療」していけばいいのでしょう。まず第一は「脳と心の病気」であることを素直に認めることです。違法薬物を所持・使用してしまったことは犯罪として償う必要がありますが、薬物依存から脱却するには、「医療」の力が必要です。これまで日本社会では拘置所や刑務所など法務省の管轄で処罰されるのみで、厚生省の管轄で治療へつながるケースは多くありませんでした。このため、出所後、間もなく再犯・累犯という事態に陥っていたのです。
このような問題への解決には「薬物依存」という「脳と心の病気」である認識のもと、「精神医療」が必要です。まずは、違法薬物の代替となる向精神薬を用いて離脱症状を抑えます。そして、違法薬物を必要とした経緯や、その前後に生じた様々な葛藤をうかがいます。皆さんはじめは否認や抑圧をしつつも、過去の栄光や挫折を少しずつ語りはじめ、そして現在の自分を受け容れ、涙するものです。事件が原因となり、仕事や家族を失い、どん底まで堕ち(底つき体験)、死にたくなるほどの絶望感を訴える方もいらっしゃいます。精神医療の従事者は、その思いを真摯に傾聴・共感し、本人が再び立ち上がり、歩み出す援助を行ってまいります。
ただし、薬物依存をはじめとした依存症やアディクションと呼ばれる深刻な「脳と心の病気」は「医療」のみでは不十分です。一緒に病気を乗り越えていこうとする「仲間」が必要なのです。このため各依存症には「自助グループ」が発足しています。薬物依存には「ダルク(DARC. Drug Addiction Rehabilitation Center)」という組織が全国にあり、「皆で止め続けよう」と頑張っていらっしゃいます。この「続ける」ことが大事です。止めたと思っても再び使ってしまうことが少なくないのです。そのためには、一人きりにならず、常に誰かと一緒に、「止め続ける」のだという気持ちを抱き続けることが必要なのです。今回のASKAさん逮捕は残念ですが、これを機に、ASKAさんはじめ、同じように「脳と心の病気」に苦しむ方々が一人でも多く救われることを祈る次第です。
このコラムの執筆専門家
- 茅野 分
- (東京都 / 精神科医(精神保健指定医、精神科専門医))
- 銀座泰明クリニック 院長
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