インサイダー取引の「契約の履行に関し知ったとき」 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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インサイダー取引の「契約の履行に関し知ったとき」

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相続

インサイダー取引の「契約の履行に関し知ったとき」

最高裁平成15年12月3日

証券取引法違反被告事件、『金融商品取引法判例百選』57事件

判例タイムズ1141号150頁

(参照条文)

旧・証券取引法200条6号、166条1項4号、2項1号ヌ

金融商品取引法197条の2第13号、166条1項4号、2項1号ヌ

 1 本件は,非接触型ICカードの日本における独占的販売権を保有する甲会社が,日本証券業協会に登録している乙会社に対し,これを許諾する旨の本件基本合意を締結した後,甲会社の代表取締役専務であった被告人において,本件基本合意に基づき,右独占的販売権を甲会社に取得させる方法等についての交渉を行う過程で,乙会社の代表取締役社長が甲会社と合併する旨決定したとの重要事実を知り,甲会社の代表取締役社長及び証券会社営業課課長代理と共謀の上,合併の公表前に,店頭売買有価証券である乙会社の株式合計10万5000株を価格合計1億0789万7000円で買い付けたという証券取引法違反(インサイダー取引)の事案である。

 被告人は,1審において,乙会社の代表取締役社長が合併を決定した時期及び被告人がそれを知った時期について争った上,本件基本合意は,後にされた両会社間の合併交渉とは全く別個のものであるから,被告人が本件基本合意の履行に関し上記決定がされた事実を知ることはあり得ないなどと主張した。1審判決は,被告人が乙会社の株式を買い付ける前に同会社の代表取締役社長が合併を決定した事実を知った旨認定した上で,「本件基本合意は,乙会社が最終的に営業譲受,買収,合併等のうちのいかなる法的手段により右の独占的販売権を取得するかに関して,更に両会社間で協議ないし交渉することを予定していたものであると解するのが相当である。そうであるならば,被告人がかかわった本件の合併交渉は,乙会社が右の独占的販売権を取得するために行われた正に本件基本合意が後に予定していた交渉というべきであるから,被告人は,本件基本合意の目的であるICカードの共同事業化の一環として両会社の合併交渉に従事中,すなわち,本件基本合意の履行に関し乙会社の代表取締役社長が前記の決定したことを知ったものということができる。」などと判示して犯罪の成立を認め,被告人を懲役6月及び罰金50万円に処した。

 被告人は,事実誤認,理由不備を理由に控訴し,1審と同様の主張をしたが,2審判決は,「乙会社の代表取締役社長,オーナーや甲会社の代表取締役社長,被告人らは,いずれも当初から両者の合併を選択肢の一つとして視野に入れた交渉を行い,この交渉の大きな流れの過程で,両会社の今後の事業展開に関する指針ともいえる本件基本合意が成立したものであることは明らかである。したがって,被告人が関わった本件の合併交渉は,本件基本合意が予定していた交渉というべきであるから,被告人は,本件基本合意の目的であるICカードの共同事業化の一環として両会社の合併交渉に従事中,すなわち,本件基本合意の履行に関し,乙会社の代表取締役社長において両会社の合併を行うことについての決定をした事実を知ったということができる。」などと判示して,被告人の控訴を棄却した。

 これに対し,被告人が上告し,弁護人は,上告趣意で,①平9法117号改正前の証券取引法166条1項4号にいう「当該契約」は,重要事実を前提として締結される契約に限定されるべきであるのに,恣意的に本件基本合意が同号に規定する「当該契約」に当たるとした2審判決は憲法31条に違反する,②本件基本合意と後にされた両会社の合併とは無関係なものであるから,本件基本合意の履行に関し,被告人において合併が決定された事実を知ったなどと認定した2審判決には事実誤認があると主張した。

 本決定は,弁護人の上告趣意に対して,「憲法違反をいう点を含め,実質は事実誤認,単なる法令違反の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。」とした上で,職権により,被告人が本件合併の決定という重要事実を知ったことが右改正前の証券取引法166条1項4号にいう「当該契約の履行に関し知ったとき」に当たるか否かについて,「以上の事実関係によれば,甲会社の代表取締役専務であった被告人は,本件基本合意を締結したことによって,合併の決定等の乙会社への投資判断に影響を及ぼす情報を知り得る立場に立ったものであり,本件基本合意で予定されていたというべき独占的販売権を取得させる方法に関する乙会社側との交渉を行う過程で,乙会社の代表取締役社長が両会社を合併する旨決定したという重要事実を知ったと認められるから,被告人において上記重要事実に関する情報を得たことが平9法117号改正前の証券取引法166条1項4号にいう『当該契約の履行に関し知ったとき』に当たるのは明らかである。所論は,同法166条1項4号にいう『当該契約』は重要事実を前提として締結される契約に限定されるべきである旨主張するが,そのように解すべき根拠はない。」と判示し,被告人に対し平9法117号改正前の証券取引法200条6号,166条1項4号,2項1号へ違反の罪の成立を認めた1,2審の判断を是認した。

 2 証券取引法(平9法117号改正前のもの。以下同じ。)は,166条1項に禁止規定(義務規定)を置き,その違反に対する処罰規定として200条6号を置き,違反者に対する刑罰として「6月以下の懲役若しくは50万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。」と定めていたが,現行法では,これが198条19号に移されるとともに,法定刑についても「3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。」と懲役刑及び罰金刑のいずれも引き上げられている。

 本件に即していえば,証券取引法200条6号,166条1項4号,2項へ違反の罪は,①甲会社と「契約を締結している者(役員等を含む。)」であって,②「業務等に関する重要事実」(甲会社の「業務執行を決定する機関」が乙会社と「合併」することを「決定」したこと)を,③「当該契約」(本件基本合意)の「履行に関し知った」者が,④その事実の公表前に特定有価証券等の売買等をすることによって成立するが,本件の場合には,③の要件の有無が問題となった。

なお,本件後の平10法107号改正により,166条1項4号について,現行・金融商品取引法のように,「当該上場会社等と契約を締結している者又は締結の交渉をしている者(その者が法人であるときはその役員等を,その者が法人以外の者であるときはその代理人又は使用人を含む。)であつて,当該上場会社等の役員等以外のもの 当該契約の締結若しくはその交渉又は履行に関し知ったとき。」と整備されている。

 3 証券取引法166条1項4号に関する学説は,次のとおりである。

 まず,同号にいう「契約」の意義については,「法律的におよそ『契約』に当たるもののすべてが,証券取引法166条1項4号に規定される『契約』に該当するわけではない。『契約』の中でも,企業の未公表重要事実を取得しうることを内容としている契約(ただし,未公表重要事実の取得を直接の目的としているものに限られない。)のみがここにいう『契約』と考えられる。」などと契約を限定する見解(野村證券株式会社編著『新版事例インサイダー取引』165頁)もあるが,多くは,「『当該会社と契約を締結している者(その者が法人であるときはその役員等を,その者が法人以外の者であるときはその代理人又は使用人を含む。)であって当該会社の役員等以外のもの』―上場株券等の発行者である会社と契約を締結している者をいい,その契約の種類・内容および形式を問わない。発行会社の内部情報を知ることを内容とする契約に限られるものではなく,また,書面による契約だけでなく口頭による契約であってもよい。」と説いている(横畠裕介『逐条解説インサイダー取引規制と罰則』41頁)。なお,これと同様の論述をするものとして,河本一郎=関要監『逐条解説証券取引法』999頁,土持敏裕=□原一夫「証券取引法」『注解特別刑法補巻(2)Ⅱ』213頁,関根攻『インサイダー取引規制の総合解説』132頁,神田秀樹監『注解証券取引法』1201頁,中西敏和「逐条・証券取引法―判例と学説―」『神崎克郎先生還暦記念』543頁等がある。多くの説がこのように論じるのは,後述する「履行に関し」の要件で絞りをかけることができることから,「契約」で絞りをかけなくても,結論がほとんど変わらないためであると思われる。

 また,証券取引法166条1項4号の「履行に関し」の意義については,学説は,「当該契約の締結又は履行に関し知ったとき」とは,重要事実をいかなる場合,状況,事態で知ったかについての問題であるところ,この要件については,一般的に,契約の締結行為又は履行行為自体において知った場合のみならず,当該契約の締結又は履行に密接に関連する行為により知った場合も含まれると解しており(前掲・河本ほか1001頁,前掲・神田監1202頁,前掲・横畠42頁),このような理解にはさしたる異論を見ないところと思われる。

 4 公刊物を見る限り,本件のように現行法も含めて証券取引法166条1項4号にいう「当該契約の履行に関し知ったとき」に当たるかどうかの争点について明確に判断を示した裁判例は、ほとんどなく、株式を購入するための仲介、助言等を内容とするアドバイザリー契約の履行に関し、株券の公開買付けの実施に関する事実を知ったことについて、平成13年法律129号による改正前の証券取引法167条1項4号にいう「当該契約の締結若しくは履行に関し知ったとき」に当たると判断した東京地判平15・5・2判例タイムズ1139号311頁がある程度である。

 本決定は,前記のとおり,証券取引法166条1項4号にいう「当該契約の履行に関し知ったとき」との要件を満たすのは明らかである旨判示している。特に本件の場合,本件基本合意が合併を前提とした契約であるとは認められないものの,本件基本合意にはいわゆる協議条項が定められており,両会社の交渉が予定されていたところ,乙会社の幹部役員である被告人が,甲会社との交渉を担当し,本件基本合意の締結により合併の決定といった重要事実に接し得る立場に立ったことや,正に被告人が本件基本合意で定めた交渉を進めるうちに右の重要事実を知った経過が認められることなどの事情を考慮して,「当該契約の履行に関し知ったとき」に当たるのは明らかであるとの判断に至ったものと思われる。

 5 このように,本決定は,証券取引法166条1項4号にいう「当該契約の履行に関し知ったとき」に当たることは明らかであるとして,1,2審の認定及び判断を是認しており,本件に限っていえば法解釈上の疑義は余り生じない事案であるといえよう。

 しかし,本決定は,同号にいう「当該契約の履行に関し知ったとき」との要件を満たすかどうかについて当審において初めて正面から判断を示したケースであって,先例としての意義を有するものと思われる。