最高裁判決平成24年3月13日、ライブドア損害賠償請求事件 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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最高裁判決平成24年3月13日、ライブドア損害賠償請求事件

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相続

最高裁判決平成24年3月13日、ライブドア損害賠償請求事件
民集66巻5号1957頁 、判例タイムズ1369号128頁

【事件番号】 最高裁判所第3小法廷判決/平成22年(受)第755号、平成22年(受)第756号、平成22年(受)第757号、平成22年(受)第758号、平成22年(受)第759号

【判示事項】
1 検察官は金融商品取引法21条の2第3項にいう「当該提出者の業務若しくは財産に関し法令に基づく権限を有する者」に当たるか
2 金融商品取引法21条の2第3項にいう「虚偽記載等に係る記載すべき重要な事項」の意義
3 金融商品取引法21条の2第5項にいう「虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下り」の意義
4 虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券につき,投資者がこれを複数回にわたってそれぞれ異なる価額で取得しこれを複数回にわたってそれぞれ異なる価額で処分した場合における,上記投資者が金融商品取引法21条の2に基づき請求することのできる額の算定方法
5 金融商品取引法21条の2に基づく損害賠償債務が遅滞に陥る時期

【判決要旨】
1 検察官は、金融商品取引法21条の2第3項にいう「当該提出者の業務若しくは財産に関し法令に基づく権限を有する者」に当たる。
2 金融商品取引法21条の2第3項にいう「虚偽記載等に係る記載すべき重要な事項」とは、虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券に対する取引所市場の評価の誤りを明らかにするに足りる基本的事実をいう。
3 金融商品取引法21条の2第5項にいう「虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下り」とは、投資者が虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券を取得するにあたって実際に支払った額と当該取得の時点において当該虚偽記載等がなかった場合に想定される当該有価証券の市場価額との差額に相当する分の値下がりに限られず、有価証券報告書等の虚偽記載等と相当因果関係のある値下がりのすべてをいう。
4 虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券につき、投資者がこれを複数回にわたってそれぞれ異なる価額で取得しこれを複数回にわたってそれぞれ異なる価額で処分した場合において、個々の取引ごとの取得と処分との対応関係の特定ならびに取得価額および処分価額の具体的な主張、立証がされていないときは、裁判所は、当該有価証券の取得価額の総額と処分価額の総額との差額をもって金融商品取引法21条の2第1項にいう「第19条第1項の規定の例により算出した額」とした上で、当該差額と同法21条の2第2項によって推定される損害額の総額とを比較し、その小さいほうの金額をもって、上記投資者が同条に基づき請求することのできる額とするという算定方法によることができる。
5 金融商品取引法21条の2に基づく損害賠償債務は、損害の発生と同時に、かつ、何らの催告を要することなく、遅滞に陥る。

【参照条文】 金融商品取引法21条の2
       民法412条

 1 事案の概要
 本件は,Y(株式会社ライブドア。現商号は株式会社LDH)の株式(ライブドア株)を流通市場で取得したXらが,Yの提出した有価証券報告書(本件有価証券報告書)に約3億円の経常赤字を約50億円の経常黒字と偽った虚偽記載(本件虚偽記載)があったことにより損害を被ったと主張して,金融商品取引法(金商法)21条の2に基づき,Yに損害賠償を求めた事案である。本件の争点は多岐にわたるが,主な争点は,Xらが同条に基づきYに賠償を請求することのできる損害額である(以下,同条の項を摘示する場合は原則として項番号のみを掲記する。)。
 2 事実関係
 Yは,その代表者Aの指示ないし了承の下,平成16年12月27日,同年9月期の連結会計年度について,実際には約3億1278万円の経常赤字であったのに,売上計上が認められないライブドア株の売却益や架空売上等をそれぞれ売上高に含めるなどして,経常利益を約50億3421万円と記載した内容虚偽の連結損益計算書を掲載した有価証券報告書(本件有価証券報告書)を関東財務局長に提出した。平成18年1月16日,東京地方検察庁は,Aを含むYの役員らについて,証券取引法違反の容疑があるとして強制捜査に着手した。東京地検検察官(本件検察官)は,同月18日,司法記者クラブに加盟する報道機関の記者らに対し,Yが平成16年9月期決算(単体)において,Yの傘下にあった企業の預金等を付け替えることで,約14億円の経常黒字と粉飾した有価証券報告書の虚偽記載の容疑がある旨伝達し,その頃その旨の報道がされた(本件開示)。Y株は,強制捜査着手以後その株価が暴落し,同年4月に上場廃止となった。Xらは,機関投資家であり,本件開示以前にY株を取引所市場において取得し,本件開示の日においてこれを保有していたが,本件開示後,Y株を全て売却した。そこで,Xらが,本件虚偽記載によって損害を被ったと主張して,金商法21条の2に基づき,Yに対し,合計約108億円の損害賠償を求めたのが本件である。これに対し,Yは,有価証券報告書の虚偽記載によって投資者に生ずる損害は,取得価額と想定価額(当該虚偽記載がなければ想定された取得時の市場価額)との差額(いわゆる取得時差額)が現実化した分にとどまると解すべきであるところ,本件開示後のY株の値下がりには,Aの逮捕や過熱報道等に起因する値下がり分など,取得時差額を超える値下がり分が含まれているから,これらを4項ないし5項によって減額すべきであるなどと反論した。
 3 ライブドア関連の訴訟
 Yによる本件虚偽記載を理由として投資者が損害賠償を求める訴訟は,複数提起されており,これまでに①(A事件)本件1審である東京地判平20.6.13判タ1294号119頁,本件原審である東京高判平21.12.16金判1332号7頁,②(B事件)東京地判平21.5.21判タ1306号124頁,その控訴審である東京高判平23.11.30金判1389号36頁,③(C事件)東京地判平21.6.18判タ1310号198頁,④(D事件)東京地判平21.7.9判タ1338号156頁が言い渡されている。
 4 第1,2審の判断
 (1)第1審は,本件開示後のY株の値下がりは,Aらが逮捕されたこと,F社との提携解消方針が報道されたこと,東京証券取引所がY株を監理ポストに割り当てたことなどがその要因となっているなどとして,5項に基づき,2項の推定損害額から3割を減額し,Xらの請求を合計約95億円の限度で認容した。
 (2)これに対し,原審は,1項にいう「損害」とは,民法709条にいう「損害」と同様に虚偽記載等と相当因果関係のある損害をいうものと解すベきであるから,投資者は取得時差額に限られず相当因果関係ある損害についてその賠償を求めることができるとした上で,Aらの逮捕など強制捜査,過熱報道,Y株の監理ポスト割当て等の事情は,本件虚偽記載の発覚によって通常起こり得る事態であるとして,5項に基づく減額割合を1割にとどめて,Xらの請求を合計99億円の限度で認容すべきものとした。
 (3)Yが上告受理申立てをしたところ,第三小法廷は,これを受理し,原審の判断を基本的に是認して,おおむねYの上告を棄却すべきものとした(ただし,原判決における損害額の算定の一部については誤りがあるとして,その部分については破棄自判し,総認容額が約1100万円減額されている。)。
 5 判示1(公表の主体)及び2(公表の対象)について
 (1)前提
 本件では,2項の推定規定による損害額の算定が問題となっていることから,本判決は,まず,2項にいう「公表」があったか否かを検討している。本判決が採り上げたのは,公表の主体(判示1)及び公表の対象(判示2)に関する論点である。
 (2)公表の主体(判示1)
 原審は,本件検察官が,報道機関に有価証券報告書の虚偽記載の容疑がある旨を伝達した行為をもって,2項にいう「公表」があったものとしている。2項にいう「公表」の意義については,3項に定義規定が置かれており,「当該提出者の業務若しくは財産に関し法令に基づく権限を有する者」が公表の主体とされている。そこで,まず,検察官が上記「法令に基づく権限を有する者」に含まれるか否かが問題となる。
 学説は,積極説と消極説に分かれている。
積極説は,「法令に基づく権限を有する者」とは,有価証券報告書等の提出者から信頼性のある情報を取得することができる者を意味すると解すべきであるとした上で,検察官が法令上種々の捜査権限を与えられており,その権限を行使して得られた捜査の結果が特に信頼性が高いことを理由に,検察官も「法令に基づく権限を有する者」に含まれるとする(黒沼悦郎・金判1303号6頁,田中亘・ジュリ1405号186頁,河内隆史・セレクト2010-Ⅱ24頁)。立案担当者の解説である三井秀範編『課徴金制度と民事賠償責任』159頁も,警察による捜査結果の発表について,「公表」に当たるとしている。
これに対し,消極説は,論者によってその理由付けは異なるものの,おおむね,①検察官による捜査結果の発表は法令に基づくものではなく,金融商品取引の適正を実現しようとする趣旨に基づくものでもないこと,②「公表」は2項の推定規定を適用するための要件であるから,明確で客観的な基準が設定される必要があり,厳格な解釈をすべきであること,③2項が公表の主体を「当該書類の提出者」と「法令に基づく権限を有する者」とを並べて列挙していることからすれば,「法令に基づく権限を有する者」は「提出者」に準ずるものと解すべきであることなどを理由に,「法令に基づく権限を有する者」とは,当該企業に対し法令に基づく監督権限ないし処分権限を有する行政官庁(金融庁等)に限られ,検察官は含まれないとする(田中庸介・関学60巻1号16頁,新谷勝・金判1308号4頁,弥永真生「金融商品取引法21条の2にいう『公表』の意義」商事1814号5頁,近藤光男・商事1846号13頁)。
 裁判例をみると,A~D事件の第1,2審判決は,いずれも検察官が「法令に基づく権限を有する者」に含まれることを認めている。
 本判決は,検察官が有価証券報告書等の虚偽記載等の犯罪につき刑事訴訟法に基づく種々の捜査権限を有しており,その権限に基づき正確な情報を入手することができ,その情報には類型的に高い信頼性が認められることを根拠に,検察官が「法令に基づく権限を有する者」に当たるとして,積極説に立つことを明らかにした。
 (3)公表の対象(判示2)について
 次いで,本判決は,本件検察官が開示した情報が3項にいう「虚偽記載等に係る…事項」に当たるか否かを検討している。この点については,論旨において,3項が当該書類の「虚偽記載等に係る記載すべき重要な事項」と定めていることなどから,上記「事項」とは,当該有価証券報告書等に記載すべきであった真実情報(本件でいえばYが約3億円の経常赤字であったこと)をいうと解すべきであり,このような真実情報が開示されない限りは「公表」があったとはいえないと主張されていたところである。
 立案担当者の解説である三井編・前掲159頁は,「虚偽記載については,虚偽部分を指摘すれば足りるし,また,厳密な意味で真実を完全に公表しなければならないわけではなく,当該証券価額への誤った評価を解消するために必要な程度の事実の公表があれば足りる」として,「事項」を広く解釈する見解に立っている(緩和説。黒沼悦郎・商事1872号22頁も参照)。他方,弥永・前掲7頁は,虚偽記載の内容としておおむね正しい情報が開示されない限りは「公表」がされたとはいえず,例えば「金額は不明であるが資産の過大計上があったようである」との発表では足りないとして,「事項」を厳格に解釈する見解に立っている(厳格説)。なお,「公表」の意義等については,岩原紳作ほか「金融商品取引法セミナー(12)民事責任(2)」ジュリ1401号76頁以下の議論が参考になる。
 裁判例をみると,A~D事件1,2審判決は,いずれも結論としては本件開示が「公表」に当たることを肯定しており,緩和説に立っているものと思われる。
 本判決は,取引所市場の評価の誤りを明らかにするに足りる情報が開示され,その結果当該有価証券が大きく値下がりしたにもかかわらず,真実情報が明らかにされないことをもって「公表」がないものとするのは投資者保護に欠けることを理由に,真実情報について開示されることまでは要しないとした。そして,①2項が「公表」を推定の基準時としたのは,「公表」によって当該有価証券に対する取引所市場の評価の誤りが明らかになることが通常期待できるという趣旨によること,②評価が誤っていたかどうかは「公表」時点で既に明らかになっている事実を考慮に入れて判断されるべきことであることから,「虚偽記載等に係る……事項」とは,当該有価証券に対する取引所市場の評価の誤りを明らかにするに足りる基本的事実をいうものと解すべきであるとして,本件開示の内容が上記基本的事実に当たることを肯定し,結局,本件検察官による本件開示が2項にいう「公表」に当たることを肯定した。
 本判決は,基本的に緩和説に位置付けられるものであるが,「評価の誤りを解消するに足りる事実」の開示ではなく,「評価の誤りを明らかにするに足りる基本的事実」の開示で足りるとしているのは,取引所市場の評価の誤りを完全に解消するだけの情報が開示される必要はないという点を,より明確にする趣旨によるものであると思われる。
 6 判示3(5項にいう「虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下り」の意義)について
 以上のように,本件では2項が適用されることが肯定されたため,次に本判決は,5項によって減額すべき「虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下り」の意義について検討している。この点は,学説・裁判例とも尖鋭な対立が見られるところである。
 まず,立案担当者は,2項の趣旨について,虚偽記載等による投資者の損害の額は取得価額と想定価額の差額となるところ,想定価額を立証することは極めて困難であることから,公表日前後1か月間の各平均株価の差額をもって取得時差額の近似値であると考え,2項を設けたものである旨の説明をしている(三井編・前掲37頁)。これを受けて,学説においても,上記「値下り」とは,取得時差額相当分の値下がりを指すという見解がある(取得時差額説)。この見解は,取得時差額を超える値下がりは会社の信用毀損等によって生ずる間接損害にすぎず,これについて特定の株主が会社に対し賠償を請求することを認めれば,他の株主及び会社債権者を害することになるなどとして,取得時差額を超える値下がり分は4項又は5項によって減額されるべきであるとする(田中亘・前掲187頁参照。加藤貴仁「流通市場における不実開示と投資家の損害」新世代法政策学研究11号303頁も結論同旨)。
 これに対し,神田秀樹「上場株式の株価の下落と株主の損害」曹時62巻3号619頁は,そもそも虚偽記載等による投資者の損害の額が取得時差額に限られるという前提に疑問を呈し,取得時差額は出発点にすぎないとする。そして,2項についても,取得時差額を推定する規定というより,むしろ,「公表前後の各1か月の株価の差額を損害額ととらえることは,虚偽記載による影響を示す数値である可能性が高いという,その意味で虚偽記載との因果関係が高い数値であるという考え方のうえに成り立って因果関係の推定を認めたものと理解するほうがベターである」とする(相当因果関係説)。この見解に立てば,会社の信用毀損による値下がりなど,取得時差額を超える値下がりであっても,虚偽記載等と相当因果関係があるということができるものであれば,4項又は5項による減額は認められないことになろう(潮見佳男「虚偽記載等による損害」商事1907号15頁,同「不法行為における財産的損害の『理論』」曹時63巻1号1頁も参照)。
 なお,黒沼・前掲商事1872号24頁は,虚偽記載等によって投資者に生ずる損害は原則として取得時差額に限られるとの立場に立ちながら,会社の信用毀損等による損害についても,これを後続損害とみて賠償の対象に含めるべきであるなどとして,結論としては5項による減額を否定すべきであるとする(B事件1審判決の評釈である今川嘉文・現代消費者法3号95頁も,2項は取得時差額を推定した規定であるとの理解に立ちながら,結論としては強制捜査等の事情を理由とした大幅な減額に反対する。)。
 裁判例をみると,B~D事件1審は,いずれも取得時差額説に立つことを明らかにして,推定損害額の約3分の2を5項により減額している(本件1審も,強制捜査等による値下がりを理由として減額していることから取得時差額説に立ったものと思われる。)。これに対し,本件原審は,取得時差額説を明確に否定して相当因果関係説に立つことを明らかにしている。
 本判決は,1項にいう「損害」が一般不法行為の規定と同様に,虚偽記載等と相当因果関係のある損害を全て含むとの解釈を示した上で,2項にいう「損害」についても,これと同様に虚偽記載等と相当因果関係のある損害を全て含むものと解するのが相当であって,これを取得時差額に限定すべき理由はないとした。そして,5項は2項を前提とする規定であるから,5項にいう「虚偽記載等によって生ずベき当該有価証券の値下り」とは,取得時差額相当分の値下がりに限られず,虚偽記載等と相当因果関係のある値下がりの全てをいうとして,取得時差額説を排斥して,相当因果関係説に立つことを明らかにした。あわせて,本判決は,傍論ではあるものの,2項の推定規定を用いずに,一般不法行為の規定に基づき,あるいは1項に基づき請求する場合についても,取得時差額に限らず虚偽記載等と相当因果関係のある損害の全てについて賠償を受けることができることを述べており,一般不法行為の規定と金商法21条の2各項とを整合的に解釈しようという姿勢がうかがわれる。
 なお,本判決は5項による減額について判示したものであるが,4項による減額についてもその射程は及ぶものと思われる。
 7 判示4(請求可能額の算定方法)について
 次に,本判決は,虚偽記載等に係る有価証券につき,投資者がこれを複数回にわたってそれぞれ異なる価額で取得し,これを複数回にわたってそれぞれ異なる価額で処分した場合における請求可能額の算定方法について,「個別比較法」と「総額比較法」の当否を検討している。この論点は,原審までに当事者から主張されておらず,上告審で初めて問題とされたものである。
 まず,モデルケースとして,「取得価額120円の有価証券を70円で処分し(取引1),取得価額100円の有価証券を80円で処分した(取引2)。2項によって推定される損害額(ただし5項による減額後のもの)は30円である。」とのケースを用いて,個別比較法と総額比較法について説明する(以下の説明では,全ての取引につき取得価額が処分価額を上回ることを前提とする。)。

 取引 取得価額 処分価額 19条1項限度額 推定損害額 請求可能額
 1  120  70   50       30    30
 2  100  80   20       30    20
 合計 220  150  70       60    50

 個別比較法とは,個々の取引ごとに,金商法19条1項の規定の例により算出した額(取得価額と処分価額の差額。19条1項限度額)と推定損害額(4項又は5項によって減額する場合は減額後の額。以下同じ。)とを算出し,両者を比較して,金商法21条の2に基づく請求可能額を算定するという方法である。上記モデルケースにつき個別比較法で請求可能額を算定すると,取引1については推定損害額(30円)が19条1項限度額(50円)を超えていないから,推定損害額(30円)が請求可能額となる。取引2については推定損害額(30円)が19条1項限度額(20円)を上回っているから,19条1項限度額(20円)が請求可能額となる。以上により,請求可能額の合計は50円となる。
 これに対し,総額比較法とは,取得価額の総額と処分価額の総額との差額をもって19条1項限度額とした上で,これと推定損害額の総額とを比較し,その小さい方の金額をもって請求可能額とするという算定方法である。上記モデルケースにつき総額比較法で請求可能額を算定すると,19条1項限度額の総額は70円,推定損害額の総額は60円であるから,請求可能額は60円となり,個別比較法の場合を上回る。
 個別比較法は,個々の取引ごとに19条1項限度額による制限を課し,この額を超過する部分についてはこれを切り捨てていくという算定方法であるため,最終的な請求可能額は総額比較法による場合を超えることはなく,投資者に不利な算定方法といえる(上記モデルケースでも,個別比較法による請求可能額は,総額比較法による場合よりも10円少なく,投資者に不利な結果となっているが,この差額10円は,個別比較法で取引2における19条1項限度額超過分〔10円〕を切り捨てたために生じたものである。)。原審は総額比較法によったが,Yは論旨で個別比較法が妥当であるとする。
 個別比較法と総額比較法のいずれが相当かについては,潘阿憲・ジュリ1419号145頁が,「2項が,公表日現在において保有している株式の全部について,その公表日前後1カ月間の株価の変動につき平均額を推定される損害額として採用している以上,保有株式の一部についての推定損害額が金商法19条1項の上限額を超えても,それは推定損害額の算定において,当然の前提として織り込まれているものと見るべきではなかろうか。」と述べて,総額比較法に親和的な見解を示しているほかは,特段の議論が見られない。
 裁判例をみると,B~D事件においては,全ての判決において個別比較法によって請求可能額が算定されているが,投資者が個別比較法によって請求可能額を算定して請求していた事案に関するものであり,かつ,個別比較法の妥当性について明示的に判断はされていない。他方,本判決の1審及び原審は,総額比較法によって請求可能額を算定しているが,やはりXらの算定方法に従ったにすぎず,その理論的根拠等については何ら触れていない。
 本判決は,まず,理念的には個々の取引ごとに損害が生じているとみることができることから,個々の取引ごとの取得と処分との対応関係が特定され,取得価額及び処分価額につき具体的な主張,立証がされているとき(すなわち個別比較法による算定が可能なだけの主張,立証がされているとき)には,裁判所が個別比較法によって請求可能額を算定することを否定する理由はないとした。しかしながら,①総額比較法によっても19条1項限度額を上限とした趣旨には反しないこと,②個別比較法によらなければならないことをうかがわせる文言が金商法21条の2に存しないこと,③取得と処分との対応関係を特定することが困難なこともあり得ることなどを考慮すると,上記の主張,立証がされていない場合には,裁判所が総額比較法により請求可能額を算定することも許されるとした。これを具体的な訴訟の場面に当てはめてみると,投資者が総額比較法によって請求可能額を算定して請求してきたのに対し,会社側が個別の取得と処分の対応関係を特定し,各取引の取得価額及び処分価額を主張立証した場合には,裁判所は個別比較法によって請求可能額を算定することになろう(なお,この立証は,いわゆる本証であると解されるが,その法的性質を抗弁あるいは間接反証類似のものととらえるべきか,個々の有価証券の個性が失われている株式等振替制度の下で取得と処分の対応関係をどのように特定すべきかなど,なお検討すべき問題があろう。)。本件では,Yがこのような主張立証を尽くしていなかったため,総額比較法によった原審の判断に違法はないとされた。
 ただし,本判決は,原審が,X6の請求につき,X6自身が取引をして被った損害に係る部分と,B社が取引をして被った損害でB社からX6が権利関係を承継したものに係る部分とを区別しないで,あたかもX6が全ての取引を行ったもののように扱って総額比較法を適用した点については,上記承継によってYが賠償すベき損害額が変わるものではないから,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして,原判決を破棄し,自判した。
 8 金商法19条1項と同法21条の2第5項の適用順序
 なお,金商法21条の2第2項の規定を用いて損害額を推定する場合,同法19条1項所定の限度額(取得価額と市場価額ないし処分価額との差額。以下「19条1項限度額」という。)による制限と,同法21条の2第5項による減額の適用順序が争われたので,補足しておきたい。この点については,①2項推定損害額の算出→5項による減額→19条1項限度額による制限という適用順序(以下「19条1項後適用説」という。)と,②2項推定損害額の算出→19条1項限度額による制限→5項による減額という適用順序(以下「19条1項先適用説」という。)があり得る。
最高裁は,ライブドア事件において自判するに当たり,19条1項後適用説に立つことを前提にして認容額を算定している。
 9 判示5(遅滞時期)について
 金商法21条の2に基づく損害賠償債務の遅滞時期については,同条所定の責任を不法行為責任とは異なる法定責任と捉え(法定責任説),民法412条3項により履行請求時から遅滞に陥るとする見解がある(B事件1審判決参照)。
 しかしながら,学説上は,金商法21条の2は一般不法行為の規定の特則であると解する見解(不法行為責任説)が通説であり(神田・前掲621頁,山下友信=神田秀樹編『金融商品取引法概説』178頁〔小出篤〕,川村正幸編『金融商品取引法〔第4版〕』206頁〔芳賀良〕等),立案担当者も不法行為責任説に立っている(三井編・前掲153頁)。
 本判決も,上記通説と同様に不法行為責任説に立って,金商法21条の2に基づく損害賠償債務は,損害の発生と同時に,かつ,何らの催告を要することなく,遅滞に陥ることを明らかにした。
 10 まとめ
 本判決は,最高裁が金商法21条の2につき幅広い論点を採り上げて判断を示した初めての判決であり,重要な意義を有する上,実務に与える影響も大きいと思われる。