労働者災害補償保険法の社会復帰等事業 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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労働者災害補償保険法の社会復帰等事業

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相続

労働者災害補償保険法の社会復帰等事業

最高裁判決平成15年9月4日、労災就学援護費不支給処分取消請求事件

訟務月報50巻5号1526頁、最高裁判所裁判集民事210号385頁、判例タイムズ1138号61頁

【判示事項】 労働基準監督署長が労働者災害補償保険法(平成11年法律160号改正前)23条に基づいて行う労災就学援護費の支給又は不支給の決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる。

【参照条文】 労働者災害補償保険法(平成11年法律160号改正前)23条

       行政事件訴訟法3条

       労働者災害補償保険法施行規則(平成12労働省令2号改正前)1条3項

労働者災害補償保険法29条

第二十九条  政府は、この保険の適用事業に係る労働者及びその遺族について、社会復帰促進等事業として、次の事業を行うことができる。

  療養に関する施設及びリハビリテーションに関する施設の設置及び運営その他業務災害及び通勤災害を被った労働者(次号において「被災労働者」という。)の円滑な社会復帰を促進するために必要な事業

  被災労働者の療養生活の援護、被災労働者の受ける介護の援護、その遺族の就学の援護、被災労働者及びその遺族が必要とする資金の貸付けによる援護その他被災労働者及びその遺族の援護を図るために必要な事業

  業務災害の防止に関する活動に対する援助、健康診断に関する施設の設置及び運営その他労働者の安全及び衛生の確保、保険給付の適切な実施の確保並びに賃金の支払の確保を図るために必要な事業

○2  前項各号に掲げる事業の実施に関して必要な基準は、厚生労働省令で定める。

○3  政府は、第一項の社会復帰促進等事業のうち、独立行政法人労働者健康福祉機構法 (平成十四年法律第百七十一号)第十二条第一項 に掲げるものを独立行政法人労働者健康福祉機構に行わせるものとする。

労働者災害補償保険法施行規則

(事務の所轄)

第一条2項  労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)に関する事務(労働保険の保険料の徴収等に関する法律 (昭和四十四年法律第八十四号。以下「徴収法」という。)、失業保険法 及び労働者災害補償保険法 の一部を改正する法律及び労働保険の保険料の徴収等に関する法律 の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(昭和四十四年法律第八十五号。以下「整備法」という。)及び賃金の支払の確保等に関する法律 (昭和五十一年法律第三十四号)に基づく事務並びに厚生労働大臣が定める事務を除く。)は、厚生労働省労働基準局長の指揮監督を受けて、事業場の所在地を管轄する都道府県労働局長(事業場が二以上の都道府県労働局の管轄区域にまたがる場合には、その事業の主たる事務所の所在地を管轄する都道府県労働局長)(以下「所轄都道府県労働局長」という。)が行う。

3項  前項の事務のうち、保険給付(二次健康診断等給付を除く。)並びに社会復帰促進等事業のうち労災就学等援護費及び特別支給金の支給並びに厚生労働省労働基準局長が定める給付に関する事務は、都道府県労働局長の指揮監督を受けて、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長(事業場が二以上の労働基準監督署の管轄区域にまたがる場合には、その事業の主たる事務所の所在地を管轄する労働基準監督署長)(以下「所轄労働基準監督署長」という。)が行う。

 一1 本件は、労働者災害補償保険法(平成11年法律160号改正前)に基づく遺族補償年金を受給していたXが、その二女が外国の大学に就学するに際して労働者災害補償保険法23条1項2号(現行法の29条1項2号)に定める労働福祉事業である労災就学援護費の支給を申請したところ、Yから、同大学は学校教育法1条に定める学校等に当たらないとの理由で不支給決定を受けたため、その取消しを求めた事案である。

 2 労災就学援護費の支給に関する法令等の当時の定めは、次のとおりであった。当時の労働者災害補償保険法23条1項は、労働者災害補償保険法1条において、労災保険は、必要な保険給付のみならず、被災労働者及びその遺族の援護等を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする旨規定し、労働者災害補償保険法2条の2において、労働者災害補償保険は、保険給付を行うほか、労働福祉事業を行うことができる旨規定しているのを受けて、右目的を達成するために実施する労働福祉事業の種類を定め、当時の労働者災害補償保険法23条1項2号は、遺族の就学の援護を掲げている。同条2項は、同条1項各号に掲げる事業の実施に関して必要な基準は労働省令で定めると規定し、これを受けて、労働者災害補償保険法施行規則(平成12年労働省令2号改正前。以下「法施行規則」という。)1条3項は、労災就学援護費の支給に関する事務は、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長が行うと規定していた。

そして、「労災就学援護費の支給について」と題する労働省労働基準局長通達(昭和45・10・27基発774号)は、労災就学援護費の支給は、昭和和44年8月27日、労働者災害補償保険審議会から労働大臣宛てにされた「労働者災害補償保険制度の改善についての建議」における重度障害者及び労災遺児に対する援護施設の拡充改善等について検討すべき旨の指摘を受けて、死亡労働者の子弟の就学状況の実態、遺家族等の要望、国家公務員及び地方公務員に類似の制度が設けられていることなどを勘案して、労働者災害補償保険法23条の労働福祉事業(発足当時は「保険施設」)として設けたものであることを明らかにした上、その別添の労災就学等援護費支給要綱により、労災就学援護費を支給するものとしている。

同要綱は、労災就学援護費の支給対象者、支給額、支給期間、欠格事由、支給手続等を定めており、所定の要件を具備する者に対し、所定額の労災就学援護費を支給すること、労災就学援護費の支給を受けようとする者は、労災就学等援護費支給申請書を業務災害に係る事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長に提出しなければならず、同署長は、同申請書を受け取ったときは、支給、不支給等を決定し、その旨を申請者に通知しなければならないとしている。

 3 本件の争点は、労働基準監督署長が行う労災就学援護費の支給に関する決定の処分性の有無である。

 二1 第1審東京地判平成10・3・4判例タイムズ999号244頁、原審東京高判平成11・3・9公刊物未登載は、いずれも、法は、労働福祉事業として必要な事業を行うことができると定めているにとどまり、その委任を受けた法施行規則も、労働福祉事業の事務の所轄(労働者災害補償保険法施行規則1条3項)とこれに要する費用に充てるべき額の限度を定める(施行規則43条)だけで、労災就学援護費の支給の実体上の要件及び金額並びに事務処理上の実施に関する規定を何ら定めていないし、労災就学援護費の支給に関する決定に対する不服申立てを認める規定もないとして、前記不支給決定の処分性を否定し、本件訴えを却下すべきものとした。

 Xが上告受理の申立てをし、これが受理された。

 2 本判決は、前記一2のような労災就学援護費に関する制度の仕組みにかんがみれば、法は、労働者が業務災害等を被った場合に、政府が、労働者災害補償保険法第三章の規定に基づいて行う保険給付を補完するために、労働福祉事業として、保険給付と同様の手続により、被災労働者又はその遺族に対して労災就学援護費を支給することができる旨を規定しているものと解するのが相当であり、被災労働者又はその遺族は、所定の支給要件を具備するときは所定額の労災就学援護費の支給を受けることができるという抽象的な地位を与えられているが、具体的に支給を受けるためには、労働基準監督署長に申請し、所定の支給要件を具備していることの確認を受けなければならず、労働基準監督署長の支給決定によって初めて具体的な労災就学援護費の支給請求権を取得するものであるから、労働基準監督署長の行う労災就学援護費の支給又は不支給の決定は、法を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行う公権力の行使であり、被災労働者又はその遺族の労災就学援護費の支給請求権に直接影響を及ぼす法的効果を有するものであって、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものと解するのが相当である旨判示して、これと異なる原判決を破棄し、第1審判決を取り消し、本件を第1審裁判所に差し戻した。

 三1 抗告訴訟の対象となるのは、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行訴法三条2項)とされている。その意義は、公権力の主体たる国又は地方公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものであるとするのが、確定した判例(最高裁判決昭和30・2・24民集9巻2号217頁、最高裁判決昭和39・10・29民集18巻8号1809頁)である。これは、行政行為が侵害的なものか授益的なものかで異なるものではない。

 労災就学援護費の支給のようないわゆる給付行政については、本来的には非権力的な性質のものであって、その法的性質は、特別の規定がない限り、契約方式の推定が働くとされている(塩野宏『行政法Ⅰ[第二版増補]』158頁等)。

しかし、大量的に発生する法律関係を明確にし、全体として統一のとれた適正公平成な処理を図るという目的から、契約方式ではなく、直接法律の規定により給付する場合を定める、あるいは、行政庁の行為に処分性を付与するという立法政策が採られることがある。

これまでの裁判例をみると、本来的には非権力的な性格の行為についての処分性の有無の判定は、主として、①行政庁の権限の行使が法律に根拠のあるものかどうか、②立法政策として、根拠法規が当該行為に争訟性を認める規定を置いているかどうかなどにより判断されている。

もっとも、①に関係する問題として、給付行政は授益的な性格のものであることから、その根拠法律において処分要件を明確に規定していないものが多く、また、明示的な委任規定を置かないまま具体的な行為準則を通達や要綱で定めて実施しているものがある。このような給付行政における行政行為については、その処分性の判断は必ずしも容易ではない。

本件の労災就学援護費の処分性は、その一事例である。

 2 労災就学援護費の支給に関する決定の処分性について判示した最高裁の判決はこれまでにはない。

下級審裁判例には、本件第1審判決及び原判決はこれを否定したが、他方、東京地判昭和58・12・12労民35巻6号620頁、判例タイムズ525号194頁及びその控訴審東京高判昭和59・11・26労民35巻6号615頁はこれを肯定している。

 学説では、処分性を肯定する見解として堀勝洋・季刊社会保障研究35巻1号96頁(本件の第1審判決の評釈)があり、否定する見解と思われるものとして高木光・判評437号44頁がある。

これを給付行政にまで広げると、立法政策上法律において行政処分として構成されていると解される場合(例えば、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律により交付決定を経て行うものとされている国の補助金等や、非権力的な行政庁の行為に対して不服申立てを認める規定を置くもの〔いわゆる形式的行政処分〕)に当たらないときには、処分性を否定する結論を示すものが多く、いわゆる通達行政といわれる通達又は要綱のみに根拠を有する給付行政については、その給付が申請とこれに対する決定という形式で行われていても、処分性は否定されるとしている。

 3 本判決は、労働基準監督署長が行う労災就学援護費の支給に関する決定の処分性について初めて判断した最高裁判決であり、前記二2のとおり判示して同決定の処分性を肯定したものとして重要である。

なお、本判決は、処分性の要件である「その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」にいう「法律上」の解釈において、従来の判例よりは緩やかであることは否定できない。

しかし、処分性に関するこれまでの判例理論と異なる判断基準を持ち込んだものではなく、労働者災害補償保険法には就学の援護を内容とする労働福祉事業に関する規定があるから被災労働者等の労災就学援護費支給請求権が法律上のものである。