有価証券報告書等の虚偽記載のある上場株式と不法行為に基づく損害賠償請求の賠償額 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
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有価証券報告書等の虚偽記載のある上場株式と不法行為に基づく損害賠償請求の賠償額

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有価証券報告書等の虚偽記載のある上場株式と不法行為に基づく損害賠償請求の賠償額

 最判平成23・9・13西武鉄道株式(不法行為)損害賠償請求事件

判例タイムズ1361号103頁

判決要旨1 有価証券報告書等に虚偽の記載がされている上場株式を取引所市場において取得した投資者が、当該虚偽記載がなければこれを取得することはなかったとみるべき場合において、当該虚偽記載の公表後に上記株式を取引所市場において処分したときは、上記投資者に生じた当該虚偽記載と相当因果関係のある損害の額は、その取得価額と処分価額との差額を基礎とし、経済情勢、市場動向、当該会社の業績等当該虚偽記載に起因しない市場価額の下落分を上記差額から控除して、これを算定すべきである。

判決要旨2 有価証券報告書等に虚偽の記載がされている上場株式を取引所市場において取得した投資者が、当該虚偽記載がなければこれを取得することはなかったとみるべき場合において、当該虚偽記載が公表された後のいわゆるろうばい売りが集中することによる上場株式の市場価額の過剰な下落による損害は、当該虚偽記載と相当因果関係がないとはいえない。

 1 本件各事件は,西武鉄道株式会社が,有価証券報告書に親会社である株式会社コクドの持株数等について虚偽の記載をして,上場廃止事由に該当する事実を隠蔽していたことにつき,虚偽記載の公表時に西武鉄道株式を保有していた株主ら(①事件は個人投資家ら,②事件は機関投資家又はその財産の信託を受けた信託銀行ら)が,西武鉄道,コクドを吸収合併した株式会社プリンスホテル,西武鉄道の代表取締役らに対し,不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

 上告審においては,上記虚偽記載と相当因果関係のある損害及びその額をどのように捉えるかが争点となった。この点に関する各事件原告らの主張はほぼ共通しており,大要,次のとおりであった。

〔主位的主張〕

 本件虚偽記載がなければ原告らが西武鉄道株式を取得することはなかったから,これを取得させられたこと自体が損害であり,対価として支出した取得価額全額(ただし,虚偽記載公表後にこれを処分した場合には処分価額,保有している場合にはその現在価額をそれぞれ控除した額)が損害額となる。

〔予備的主張1〕

 本件虚偽記載によって本来は上場を維持し得ない株式を上場株式としての付加価値が上乗せされた対価で取得させられたから,その付加価値分が損害であり,取得価額と取得時点での本来あるベき価額(想定価額)との差額が損害額となる。

〔予備的主張2〕

 本件虚偽記載がされた結果,虚偽記載の公表後に市場価額が大幅に下落したから,公表後の株価下落分が損害となり,公表直前の市場価額と公表後の処分価額又は現在価額との差額が損害額となる。

 学説上,主位的主張が取得自体損害,予備的主張1が高値取得損害・取得時差額損害,予備的主張2が発覚時下落損害などと呼ばれる。

 2 ①事件第1審は,原告らの予備的主張2を認め,虚偽記載の公表後に西武鉄道株式を処分した者につき,公表直前の市場価額と処分価額との差額及び弁護士費用相当額の損害賠償請求を理由あるものとして認容し(ただし,平成16年4月に西武鉄道の代表取締役に就任したCについては,同年3月期の有価証券報告書が提出された同年6月29日より前に西武鉄道株式を取得した原告らに対しては責任を負わないとして,同原告らの被告Y3〔Cの相続人〕に対する請求を棄却し),西武鉄道株式を現在も保有している者については,株価が虚偽記載の公表直前の市場価額まで回復したとして,請求を棄却した。

また,②事件第1審は,原告らの主位的主張を認め,取得価額と処分価額の差額及び弁護士費用相当額の損害賠償請求を理由あるものとして認容した。

 ①事件では,被告らと,原告らのうち西武鉄道株式を現在も保有している者が控訴し(原告らのうち現在西武鉄道株式を保有していない者のY3に対する請求については第1審判決が確定),②事件では,被告らのみが控訴した。

 第2審は,①事件及び②事件とも,主位的主張,予備的主張1を排斥した上,予備的主張2に係る虚偽記載公表後の株価下落の損害のうち虚偽記載と相当因果関係があるといえるのは一部であるとして,公表直前の市場価額の約15%及び弁護士費用相当額の損害賠償請求を理由あるものとして認容し,その余の請求を棄却した(ただし,平成16年4月に西武鉄道の代表取締役を辞任した被告Y2については,同年6月29日以降に西武鉄道株式を取得した原告らに対しては責任を負わないとして,同原告らのY2に対する請求を棄却した。)。

 両事件とも,原告らのみが上告受理の申立てをし,受理された(ただし,①事件のうち,平成16年6月29日以降にのみ西武鉄道株式を取得した原告らのY2に対する請求及び同日より前にのみ西武鉄道株式を取得した原告らのY3に対する請求については,Y2,Y3の責任自体が否定されるため,論旨は結論に影響を及ぼさないとして,不受理となった。)。

 3 最高裁第三小法廷は,①事件・②事件とも,原告らの主位的主張に係る損害の発生を認め,その損害の額の算定につき,それぞれ判決要旨1及び2のとおり判示して,本件を原審に差し戻した(ただし,①事件のうち,第1審判決に対して控訴をしていない原告らの請求については,審理判断の対象が第1審判決の認容額の範囲にとどまっているため,控訴棄却の自判がされた。)。

判決要旨1 有価証券報告書等に虚偽の記載がされている上場株式を取引所市場において取得した投資者が、当該虚偽記載がなければこれを取得することはなかったとみるべき場合において、当該虚偽記載の公表後に上記株式を取引所市場において処分したときは、上記投資者に生じた当該虚偽記載と相当因果関係のある損害の額は、その取得価額と処分価額との差額を基礎とし、経済情勢、市場動向、当該会社の業績等当該虚偽記載に起因しない市場価額の下落分を上記差額から控除して、これを算定すべきである。

  すなわち,上記投資者が上記株式を取得してからこれを処分するまでの間に上記株式の市場価額が種々の要因によって変動することは通例であるところ,機関投資家である上記投資者は,当該虚偽記載がなければ上記株式を取得することはなかったとしても,取得した株式の市場価額が経済情勢,市場動向,当該会社の業績等当該虚偽記載とは無関係な要因に基づき変動することは当然想定した上で,これを投資の対象として取得し,かつ,上記要因に関しては開示された情報に基づきこれを処分するか保有し続けるかを自ら判断することができる状態にあったということができる。このことからすると,上記投資者が自らの判断でその保有を継続していた間に生ずる上記要因に基づく市場価額の変動のリスクは,上記投資者が自ら負うべきであり,上記要因で市場価額が下落したことにより損失を被ったとしても,その損失は投資者の負担に帰せしめるのが相当である。したがって,経済情勢,市場動向,当該会社の業績等当該虚偽記載とは無関係な要因に基づく上記株式の市場価額の下落分は,当該虚偽記載と相当因果関係がないものとして,上記差額から控除されるべきである。

判決要旨2 有価証券報告書等に虚偽の記載がされている上場株式を取引所市場において取得した投資者が、当該虚偽記載がなければこれを取得することはなかったとみるべき場合において、当該虚偽記載が公表された後のいわゆるろうばい売りが集中することによる上場株式の市場価額の過剰な下落による損害は、当該虚偽記載と相当因果関係がないとはいえない。

 

 4 西武鉄道の有価証券報告書等の虚偽記載を理由とする損害賠償請求訴訟には,第1審又は第2審で終局したものが4件((a)東京地判平19.8.28判タ1278号221頁,(b)東京地判平19.9.26判タ1261号304頁,(c)東京地判平19.10.1判タ1263号331頁,(d)東京地判平20.2.21判タ1268号282頁),上告審に係属して第三小法廷で判決が言い渡されたものが4件((e-1)東京地判平20.4.24判タ1267号117頁〔①事件第1審〕,(e-2)東京高判平21.2.26判時2046号40頁〔①事件第2審〕,(f-1)東京地判平20.4.24判タ1267号274頁,(f-2)東京高判平21.3.31金判1316号2頁,(g-1)東京地判平21.1.30判時2035号145頁,(g-2)東京高判平22.3.24判時2087号134頁,(h-1)東京地判平21.3.31判タ1297号106頁〔②事件第1審〕,(h-2)東京高判平22.4.22金判1343号44頁〔②事件第2審〕),第三小法廷に係属中のものが1件((i-1)東京地判平21.1.30金判1316号2頁,(i-2)東京高判平23.2.23〔公刊物未登載〕)ある。

 これらの訴訟において,各裁判所の損害及びその額に関する判断はさまざまに分かれており,取得自体損害を認めたものが(b),(g-1),(h-1)(ただし,(b)は虚偽記載の公表前の下落分を控除した額が請求されていたためその範囲で認容された。),高値取得損害を認めた(又は理論的に認められるとした)ものが(a),(c),(g-2)(ただし,(a)は公表後の株価回復により損害が補填されたなどとして,(c)は取得価額を下回る想定価格の立証がないなどとして,請求棄却),発覚時下落損害を認めたものが(e-1),(i-1),発覚時下落損害の一部を認めたものが(e-2),(f-2),(h-2),(i-2)である。なお,(f-1)は,取得自体損害及び高値取得損害を否定して(発覚時下落損害の主張はなかった。),請求を棄却した。(d)も,高値取得損害の立証がないなどとして,請求を棄却した。

 5 有価証券虚偽報告書等の虚偽記載に基づく損害賠償に関する学説としては,平成元年頃に黒沼悦郎教授によってアメリカ法等の研究に基づく考察が発表された(黒沼悦郎「証券市場における情報開示に基づく民事責任(1)~(5・完)」法協105巻12号1頁,106巻1号74頁,2号37頁,5号55頁,7号65頁)。

流通市場における発行会社の責任規定と損害額の推定規定が設けられた平成16年の証券取引法改正が契機となり(岡田大ほか「市場監視機能の強化のための証券取引法改正の解説」商事1705号50頁以下参照,斎藤尚雄「不実開示に関する民事責任の拡充・課徴金制度の導入を通じた市場規律の回復と関係当事者への影響(中)(下)」商事1718号32頁,1721号54頁等),その後,主に西武鉄道関連の下級審裁判例の評釈という形で議論が展開し(黒沼悦郎・金判1289号2頁,同・商事1838号4頁,1839号20頁,1840号39頁,川島いづみ・金判1292号2頁,得津晶・ジュリ1397号103頁,松嶋隆弘・判評600号22頁,川村正幸・判評614号22頁,和田宗久・金判1328号8頁,石塚洋之・商事1868号4頁等),さらに,座談会等で採り上げられるなどして,さまざまな学説が唱えられるようになった(能見善久「投資家の経済的損失と不法行為法による救済」前田庸先生喜寿記念『企業法の変遷』309頁,神田秀樹「上場株式の株価の下落と株主の損害」曹時62巻3号1頁,岩原紳作ほか「金融商品取引法セミナー(13)」ジュリ1403号94頁,黒沼悦郎ほか「座談会・不適切開示をめぐる株価の下落と損害賠償責任(上)(下)」商事1906号6頁,1908号14頁,潮見佳男「虚偽記載による損害―不法行為損害賠償法の視点から」商事1907号15頁,同「不法行為における財産的損害の『理論』―実損主義・差額説・具体的損害計算」曹時63巻1号1頁,鬼頭季郎=内藤和道「虚偽記載等開示による株主のキャピタルロスと会社の損害賠償責任額について」判時2097号3頁)。

 西武鉄道関連の上記各訴訟における原告らの主張は,黒沼教授や能見教授の見解を基礎としている。黒沼教授は,不法行為法上の損害を「不法行為がなかった場合に想定できる利益状態と不法行為によって現実に発生した利益状態をそれぞれ金銭的に評価して得られた差額」をいうとの差額説の帰結として,①虚偽記載がなければ当該有価証券を取得しなかったと認められる場合には,当該有価証券を取得したこと自体が損害であり,取得価額と当該有価証券の現在価額(処分した場合には処分価額)との差額が賠償すべき損害の額となり(原状回復的な損害賠償),②虚偽記載がなければ当該有価証券を取得しなかったとまでは認められない場合には,当該有価証券を高値で取得したことが損害であり,取得価額と想定価額の差額が賠償すべき損害の額となると説いている。また,能見教授は,原状回復的な救済が望ましいとし,上記①の場合,現実の利益状態はゼロと評価すべきであるという。

 これらの見解に対しては,虚偽記載に係る有価証券を取得した者は,取得の時点では取得価額に相応する有価証券を取得しており,虚偽記載が公表されるまでの間は虚偽記載の影響のない価額でこれを処分することができるから,取得時点で損害が生じたといえないのではないかといった疑問や,虚偽記載の公表前の一般的な株価の変動についてのリスクは本来株主が負担すべきものではないかといった批判がある。

 神田教授は,差額説から理論的に取得時差額が導かれるわけではなく,取得時差額は損害の出発点にはなり得るが,損害は一時点以降に発生したり,拡大したり,減少したりすることがあり,どこまでの損害を相当因果関係のある損害であると解すべきかがポイントであるとする。

また,潮見教授は,取得者の財産総体に生じる損害を虚偽記載による損害と捉える立場から,公表前には取得者の財産総体に虚偽記載との関係での差額はなく,現在の時点で財産総体についての損害額を算定すべきであるとする。

 6 本判決は,まず,本件虚偽記載がなければ西武鉄道株式は上場廃止となっていた蓋然性が高く,原告らが西武鉄道株式を取得することはなかったとみるべきであるから,その限りで主位的主張は理由があると判断した。これは,判例の採る差額説の立場から,不法行為がなかった場合の仮定的利益状態が原告らの主位的主張に係る仮定的利益状態であるとの判断を示したものといえる。なお,①事件と②事件では原告らが一般投資家であるか機関投資家であるかの違いがあったが,上記判断に差異は生じなかった。

 その上で,損害の額すなわち上記仮定的利益状態と現実の利益状態との差額の算定について,判決要旨1のとおり判示し,取得価額と処分価額あるいは現在価額との差額から,経済情勢,市場動向,当該会社の業績等当該虚偽記載に起因しない市場価額の下落分を控除すベきであるとの判断がされた。また,判決要旨2のとおり,虚偽記載が公表された直後のいわゆるろうばい売りが集中することによる過剰な下落は,虚偽記載と相当因果関係がないとはいえないとの判断が示された。

 上記判断基準によると,虚偽記載の公表までの間に市場価額が下落した場合,通常,その下落は経済情勢,市場動向,当該会社の業績等虚偽記載に起因しないものと考えられ,公表時までの下落分は控除される(予備的主張2に基づく損害の額に近づく)場合が多いと考えられる。しかし,虚偽記載が公表される前においても,虚偽記載内容に変更が加えられるなどすることにより,当該虚偽記載に起因して市場価額が下落した場合には,虚偽記載に起因しない下落分のみ控除することになる。本判決は,本件においては虚偽記載の公表前に虚偽記載に起因して株価が下落していた可能性があるとし,このような場合,損害額の立証は極めて困難なものとなるが,民訴法248条により相当な損害額を認定すべきであるとした。

 7 判決要旨1に関しては,上記と異なる立場から,寺田裁判官の意見が付されている。その内容は,経済情勢や市場動向による株価一般の下落分は,本件虚偽記載がなければ他の株式を取得することにより被ったであろう損失として,取得価額と処分価額あるいは現在価額との差額から控除される余地があるが,当該会社の業績不振による株価下落分については控除される理由がないというものである。

 法廷意見と寺田裁判官の意見は,共に差額説を前提とし,原告らの主位的主張に係る仮定的利益状態と現実の利益状態との差額を損害であるとしながら,その額の算定について意見が分かれており,この点の判断が判例の採用する差額説や相当因果関係論上どのように位置付けられるのかについては,学説における更なる議論の深まりが期待される。

 8 本件は,虚偽記載がなければ当該株式を取得しなかったとみるべき場合の損害について判断されたものであり,これを取得しなかったとまではいえない場合の損害及びその額の捉え方は,今後に残された問題である。また,本件は,不法行為に基づく請求における損害額について判断されたものであり,金融商品取引法21条の2第1項に基づく請求については同条2項の損害額の推定規定があることから,また別個の判断を要することになると思われる。

 9 本判決は,有価証券報告書の虚偽記載のある上場株式を取得した株主に生じた,虚偽記載と相当因果関係のある損害の額という,学説や下級審裁判所の判断が多岐に分かれていた問題点につき,最高裁の基本的な考え方が示されたものであり,同種事案における判断の指針を示すものとして重要な意義を有する。