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対象:特許・商標・著作権
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早わかり中国特許
~中国特許の基礎と中国特許最新情報~
2014年 3月 7日
執筆者 河野特許事務所
弁理士 河野英仁
(月刊ザ・ローヤーズ 2013年12月号掲載)
第31回 中国特許民事訴訟の基礎
1.概要
第30回に引き続き中国における損害賠償請求について解説する。
2.損害賠償請求の困難性
(1)法定賠償が圧倒的に多い
中南財経政法大学知識産権研究センターの研究結果によれば、2008年以降の知的財産権訴訟4700判決の内、97.25%が法定賠償である。また、法定賠償の平均額はわずか8万元にすぎない。筆者の経験でも発明特許訴訟の場合、法定損害賠償額は20-30万元と比較的高いが、外観設計特許、著作権の場合、相対的に損害賠償額は8万元~12万元と低くなる傾向にある。
原告は最低限法定賠償を請求するが、実務上は優先順位2番目の被告の利益に基づく損害賠償請求を請求することが多い。当然被告は自社の利益を把握しているが、特許権者及び人民法院はその内容を正確に知る術はない。帳簿等の提出命令を行っても拒否される場合が多く、結局証拠不十分として法定賠償に頼らざるを得ないという状況にある。
(2)巨額の損害賠償が認められた事例
侵害者の利益を立証できたことで巨額の損害賠償額が認定された事件もある。中国正泰グループがフランスシュナイダー社を訴えた事件では、第一審で約3億5千万元(約52億円)もの損害賠償金の支払いが命じられた。正泰グループは、小型の過電流遮断器に関する実用新型権を所有していた(実用新型特許(97248479.5号))。正泰グループは、実用新型特許権に対する侵害があったとしてフランスのシュナイダー社を提訴した。人民法院は特許権侵害を認め差止めを命じると共に、侵害者の利益に基づき損害賠償額を認定した。
具体的には、被告シュナイダー社の遮断器は1ダース420元(約6,300円)、監査により販売総額は8億8千万元(132億円)でありそのうち利益は3億5千万元(約52億円)と認定された。被告シュナイダー社は高級人民法院へ上訴したが、2009年4月15日、シュナイダー社が1.575億元(約23億6千万円)を支払うことで、人民法院主催下での調解が成立した[1]。
実用新型特許及び外観設計特許は発明特許よりも損害賠償額が低くなる傾向にあるが、現在のところ特許訴訟において損害賠償額が最大となった事件は、本事件であり、実用新型特許であるからといって侮ることはできない。
また、富士化水事件において人民法院は、被告らの脱硫システム2基分の価格から5061.24 万元(約7億6千万円)を支払うよう命じた。さらに一被告には実施許諾料として、1号機については2000年2月から、2号機については2000年9月から、それぞれ特許満了期間まで、1基当たり毎年24万元(約360万円)支払うよう命じた[2]。
3.法定賠償の上限を超える損害賠償
法定賠償額は上述したとおり、損害額の立証が困難な場合に、上限を100万元の範囲内で賠償金の支払いを認めるものである。しかしながら、損害額の立証の程度によっては100万元を超える損害賠償額が認められる事例も存在する。
以下、格力エアコン事件[3]において認められた法定賠償について説明する。
(1)格力エアコン事件の背景
格力公司(以下、原告)は“ユーザ定義曲線に基づく空調器実行制御方法”と称する特許ZL200710097263.9(以下、263特許という)を所有している。広東美的制冷設備有限公司(被告)は2008年4月頃から263特許と同様の機能「快眠モード3」を有する4つのタイプの空調機(KFR-23GW/DY-V2(E2)、KFR-26GW/DY-V2(E2)、KFR-32GW/DY-V2(E2)、KFR-35GW/DY-V2(E2))の製造販売を開始した。
2008年12月1日原告は被告の販売する4つのタイプの空調機が263特許を侵害するとして人民法院へ提訴したものである。
(2)争点
原告は被告に帳簿等のデータの提出を要求したが、被告は4タイプの内1タイプのデータしか提出しなかった。被疑侵害品の一部の利潤データしか存在しない状況で、どのように法定賠償額を決定するか否かが問題となった。
(3)高級人民法院の判断
高級人民法院は、各証拠を総合的に考慮し、損害賠償額を法定賠償額の2倍の200万元と認定した。
本事件において原告は、自社の《資産評価書》、及び、侵害行為に伴う販売量下落に関するデータを提出した。しかしながら高級人民法院は、これら2つの証拠は共に原告自身で評価を委託し製作したものであり、評価基準及びデータの真実性、正確性及び合理性を確定する術がないことを理由に、証拠として採用しなかった。以上のことから、原告は、原告自身の損失及びライセンス費を共に確定することができなかった。
続いて、高級人民法院は被告の利益を検討した。
原審法院の指定期限内において,原告の請求に応じ被告は型号KFR-26GW/DY-V2(E2)の関連する以下のデータだけを提出した。
生産販売期間: 2008年4月8日~2010年9月18日;
販売数量:11,735台;
利潤:477,000元
被告の侵害により得た利益額は、全4タイプの空調機の販売数量、販売価格及び利潤等の状況に基づき算出することができる。これらの情况は被告が掌握しているものであり、被告が対外的に公開していない状況下では、原告はそれを調べ知ることは困難である。被告は証拠を開示する義務があり、人民法院は証拠の開示を要求したが、正当な理由なく、他の3タイプの関連データを開示しなかった。
被告は正当な理由なく、証拠を開示する義務を履行しなかった。高級人民法院は、司法解釈[2001]第33号第75条の規定に基づき、被告は挙証妨害による相応の法律的責任を負わねばならないと述べた。
司法解釈[2001]第33号第75条[4]は以下のとおり規定している。
第75条 一方の当事者が証拠を持っていて正当な理由がなくそれを提供することを拒んでいることを証明する証拠があって、他方の当事者がその証拠の内容がその所持者にとって不利であると主張した場合、その主張は成立すると推定することができる。
→続きは、月刊ザ・ローヤーズ2013年12月号をご覧ください。
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