忙しくても心を亡くさない生き方
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「忙しい忙しい…。」と言っている人は、イライラしていることが多いような気もします。
実際、「忙」という字は「心」を「亡」くすという意味なので、自らの冷静な心を失っているような状態なのですよね。
そういう意味合いから、「忙しいという人は無能の証拠だ」ということを聞くこともあります。
でも私はそう思いません。
私の師である松井さんも、いつも人のために忙しい方であったし、「本当に忙しい!」という言葉を発しているのも聞いたことがあります。
誰かのために動いていたら暇な時間なんてあるはずがないんです。
ゆっくりする時間も大切なのですが、そういうことではなく、暇だというのは本気で何かをやっていない証拠です。
もしくは、自分の為だけに生きていることの裏返しでもあります。
ただ、忙しくてイライラする…というのは、また別だと思います。
忙しいというのは、やることが沢山あるから当然忙しいわけです。
ですが、自分一人で一定時間に出来ることは一定量に決まっています。
普通にやったら1時間かかるAとBという二つの作業があったとします。
余っている時間が1時間しかないとしたら、当然どちらかしか出来ないわけです。
そうなれば、どちらか一方をするか、それぞれ手を抜いて少しずつやるか…というようなことになります。
手を抜くとか、適当にするというのは、悪い意味ではなく、出来る範囲内で出来ることをする…ということです。
忙しいのは事実だったとしても、適当に生きていったら楽になるんです。
それを「あれもこれもやらなきゃいけないのに…。」と、自分で勝手にイライラしてストレスを溜め込んでいるわけですね。
「心」を「亡」くすと書くのは、忙しいという漢字だけではありません。
「忘」という字も、「忙」と同じく「心を亡くす」という意味になります。
正確な漢字の成り立ちは別にして、「忘」という字は、自らの心の上に「亡」を乗せています。
つまり、自らの意志で忘れているんですね。
一方、「忙」という字は、心の横に「亡」があります。
どういうことかというと、自分の外側に意識が向いているんですね。
だから、イライラもするし、何かと落ち着かないし、誰かのせいにしてしまうようなことにもなってきます。
常に穏やかでいられる人は忘れっぽくもあるのです。
いつもイライラしている人は、些細なことをず~っと覚えています。
上手くいかなかった出来事に対して執着しているわけですね。
良いことをした時も同じです。
自分のために善行をしている人は、「私はあの時にボランティアをして人助けをした。」というようなことを覚えていて、自分の人柄の良さをアピールします。
ところが、いつも良いことを自然に行っている人は、「あの時に、こんなことをして助けてくれましたよね!」と言われても、いちいち覚えていないことも多いのです。
日常生活の行為を一つ一つ細かく覚えてはいないように、執着の薄い人は、良いことも悪いことも忘れっぽくなるのです。
心を失うという意味での字体は似ているのですが、その中身というものは大きく違ってくるわけです。
心を外に向けるか、内に向けるか…。
例え忙しい日々だったとしても、自らの心を失ってしまうようなことなく、忘れっぽい生き方をしていきたいものですね(^_-)-☆
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