- 河野 英仁
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対象:特許・商標・著作権
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中国における職務発明報酬の算出基準
~意図的に特許を放棄した場合の算出基準~
中国特許判例紹介(30) (第3回)
2013年11月29日
執筆者 河野特許事務所 弁理士 河野 英仁
重慶長江塗装機械場
上訴人(一審被告)
v.
石孝氷等
被上訴人(一審原告)
6.コメント
企業と発明者との間での職務発明報酬についての契約が十分で無く、また多大な貢献をなした発明者に対する報酬が十分でなかったため、紛争となった。本判決では重要特許を放棄した行為に対するペナルティ、また近年の発明者優遇政策を理由に利潤の10%とする判決がなされた。いずれにせよ日本企業にとっては中国子会社と出向者を含む発明者との間の職務発明報酬についての取り決めを適切に行っておくことが重要となる。
7.上海市高級人民法院の職務発明報酬に関する手引の公表
上述の通り、専利法及び実施細則では企業と従業者との間の約定(契約)を優先するとしながらも最低限の事項しか規定していない。上海市高級人民法院は2013年6月25日職務発明に関する様々な問題点について「職務発明創造発明者又は創作者奨励、報酬紛争審理の手引」を表明した。本手引は法的拘束力を有するものではないが、上海で紛争が生じた場合、本手引きに従う判決がなされ、また他の地域でも本手引きに従った解釈がなされる可能性が高い。
中国に開発拠点がある企業はもちろん、中国の工場または営業拠点から発明、実用新案、意匠に関するアイデアが生まれる可能性がある企業は本手引きに従った中国職務発明規定の見直しが必要となる。以下詳細を説明する。
(1)発明創造の完成地点(手引第1条)
専利法及び専利法実施細則の職務発明創造奨励及び報酬制度に関する規定は、中国大陸で完成された発明創造に適用される。
すなわち、中国大陸で完成した発明創造について、中国大陸で国家知識産権局に特許を出願した場合、職務発明創造の発明者、創作者は中国の専利法及び専利法実施細則の規定に基づき、相応の奨励と報酬の獲得を要求する権利を有する。
また、中国大陸で完成した発明及び実用新型については、保密審査を受けた後でないと、外国出願を行うことができない(専利法第20条第1項)。これに反した場合、中国で特許を受けることができなくなるというペナルティを受ける(専利法第20条第3項)。
また中国に第1国出願した後に、日本を含めた諸外国に外国出願する場合がある。この場合も職務発明に該当する場合、職務発明創造の発明者、創作者は中国の専利法及び専利法実施細則の規定に基づき、外国出願特許について相応の奨励と報酬の獲得を要求する権利を有する。
(2)約定優先の原則と奨励報酬の方式の自由
実施細則第76条は、特許権を付与された機関又は組織は、発明者又は創作者と、専利法第16条に規定の奨励と対価の支払い方式および金額を約束し、または上記機関又は組織が適法に作った規定・制度において規定することができる」と規定している。
奨励及び報酬については従業者との間で締結した約定が優先されものの、約定が存在しない場合、奨励金については実施細則第77条、報酬金については実施細則第78条の規定が適用される。
実施細則第77 条
特許権を付与された機関又は組織が、専利法第16 条に規定の奨励の支払い方式および金額について、発明者又は創作者と約束しておらず、かつ上記機関又は組織が適法に作った規定・制度において規定しなかった場合、特許権が公告された日から3 ヶ月以内に、発明者又は考案者に奨励金を支給しなければならない。一つの発明特許の奨励金は3000 元以上、一つの実用新案特許又は外観設計特許の奨励は1000 元以上でなければならない。
実施細則第78条
特許権を付与された機関又は組織が、専利法第16 条に規定の報酬の支払い方式および金額について、発明者又は創作者と約束しておらず、かつ上記機関又は組織が適法に作った規定・制度において規定しなかった場合、特許権の存続期間内に、発明創造の特許を実施した後、毎年当該発明又は実用新案の実施により得られた利益の2%以上、又は当該意匠の実施により得られた利益の0.2%以上を、報酬として発明者又は考案者に与えなければならない。又は上述の比率を参考にして、発明者又は考案者に対価を一括して与えることができる。特許権が付与された機関又は組織が他の機関又は組織又は個人にその特許の実施を許諾した場合、受領した実施料の10%以上を対価として発明者又は創作者に与えなければならない。
約定が優先されるため、奨励及び報酬は、貨幣の他、株券、オプション、昇進、昇給、有給休暇等、様々な形式で行うことができる(手引第4条)。実務上は、貨幣での支払形式が多いであろう。貨幣形式を採用する場合、約定額は法定基準を上回ってもよいことは、もちろん下回っていても良い。企業は、自主的に自社業種の特性、生産・研究開発状況、知的財産権戦略を展開する上での要請に基づき、相応の具体的基準を制定することができる。
その他、発明創造の奨励・報酬規定の実施過程において、登録時以外に、特許出願時に奨励金を支払うことができるほか、また、報酬金についても額の算出に手間及びコストがかかることから一括補償方式を採用しても良い。
(3)奨励及び報酬の上限
手引第6条は以下のとおり規定している。
第6条【約定内容の合理性審査】
通常の場合、企業が自身の性質、例えば業種の研究開発の特性、特許出願の目的、特許実施の特性等の要素に基づき職務発明の奨励と報酬の基準について行った約定は、合理的であると推定しなければならない。
約定した奨励と報酬の額が極めて低く、明らかに合理的でない場合は、事件の具体的状況に基づき合理的な奨励と報酬を確定しなければならない。
企業の経営自主権、当事者の私的自治が尊重され、原則として、法定手続に従い約定を行っていれば、職務発明創造奨励・報酬制度は合理的なものとなる。しかしながら、約定した奨励・報酬の額が極めて低く、明らかに合理的でない場合は、約定に基づいて奨励・報酬を確定することはできず、紛争処理において人民法院が合理的な奨励と報酬とを確定することとなる。
ここで問題となるのが、訴訟となった場合に人民法院により認定される奨励及び報酬の額である。実施細則では、発明特許の奨励金は3000 元以上、実用新案特許又は外観設計特許の奨励は1000 元以上である。報酬は自社実施の場合、毎年当該発明又は実用新案の実施により得られた利益の2%以上、当該意匠の実施により得られた利益の0.2%以上である。また他社へ実施許諾した場合、受領した実施料の10%以上となる。
手引では実施細則に規定する奨励及び報酬であれば、従業者がこれらを上回る額を請求したとしても認めないとしている(手引第8条及び第9条)。ただし、訴訟実務では明らかに合理的でない場合、例えば実施許諾がグループ企業に対し不当に低い実施料で行われている場合等は、専利法第16条の原則「経済的利益に基づき」、人民法院が具体的な額を認定する事となるであろう。
また、実施細則に定める額以上の奨励及び報酬を認めることについても全く問題がない。要は約定に基づき合理的な額を従業者に支払うスキームを構築しておき、また業績に多大な貢献をした従業者には別途審査委員会を開催し、業績に応じた対価を支払う仕組みを用意しておくことが、紛争防止と発明者のモチベーションアップの観点から重要である。
→(第4回へ続く)
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