中国特許判例紹介(29) 中国における禁反言の適用 (第2回) - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
河野特許事務所 弁理士
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対象:特許・商標・著作権

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中国特許判例紹介(29) 中国における禁反言の適用 (第2回)

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中国特許判例紹介(29)(第2回)

中国における禁反言の適用

~請求項を削除した場合の均等論と禁反言の適用~

 

2013年10月17日

執筆者 河野特許事務所 弁理士 河野 英仁

(2)侵害行為の発見

 原告は、2009年6月、九鷹公司(被告)が、第6回上海飛行機船舶模型展にて、025特許を侵害する製品(イ号製品)を展示しているのを発見した。調査によればイ号製品は、025特許製品の販売価格よりも遙かに安い価格設定であった。その他,被告はホームページ、製品カタログ等にて、イ号製品の宣伝を行っていた。

 

(3)訴訟の開始

 原告は被告に対し、イ号製品の差し止め及び500万元(約8千万円)の損害賠償請求を求めて上海市第二中級人民法院に提訴した。この損害賠償額には、合理的費用として、弁護士費用10万元、鑑定費2万元、公証費3000元、工商調査費95元が含まれている。なお、合理的費用とは、例えば弁護士費用、公証購入に要した費用等、特許権者が侵害行為を差止めるために支払った合理的な支出であり、特許権侵害の賠償額として専利法第65条第1項の規定によりその請求が認められている。

 

(4)被告の無効宣告請求

 被告は対抗措置として2009年 4月20日復審委員会に対し、025特許に対する無効宣告請求を行った。被告は025特許の請求項1~6が創造性(専利法第22条第3項:日本でいう進歩性)を欠くと主張した。

 

 2009年7月22日復審委員会は、第13717号無効宣告請求審査決定をなし、特許請求項1-2,4-6は無効,請求項3は有効と判断した。特許権者は当該決定を不服として,北京市第一中級人民法院に行政訴訟を提起した。北京市第一中級人民法院は、特許権者の主張を認めることなく、2010年3月10日第13717号無効決定を維持[1]した。

 

(5)被告製品との相違

 025特許の請求項3では、操舵機駆動回路板80上に,線形の82が設けられている点で、銀膜ではなく金メッキを設けているイ号製品とは相違する。北京市第一中級人民法院は、相違点は銀幕か、金メッキかに過ぎないことから、均等論を適用し、イ号製品は請求項3の技術的範囲に属すると判断した[2]

 

(6)上海市高級人民法院の判断

 上海市高級人民法院は、特許権者が、従属請求項3が従属する請求項1及び2が無効宣告請求により削除されたことから、禁反言が成立し、もはや均等論上の侵害は成立しないとの判決を下した。

 

 従属請求項3が特許有効と判断された原因は、請求項1中に追加された従属請求項2及び従属請求項3に記載の附加的技術特徴にあり、これは実質的に請求項1の補正にあたる。具体的には、請求項3の技術特徴

「記操舵機駆動回路板80上に,線形の炭素膜81及び銀膜82が印刷されており,・・かつ前記スライドブロック40底面上のブラシ70と該炭素膜81及び銀膜82が相互に接触する」は、特許を維持するために請求項1に対して構成要件を追加した補正に該当する。

 

 司法解釈[2009]第21 号第6条は「特許出願人、特許権者が特許授権または無効宣告手続において請求項、明細書について補正または意見陳述することによって放棄した技術方案について、権利者が特許権侵害紛争案件において改めてこれを特許権の技術的範囲に加えた場合、人民法院はこれを支持しない。」と規定している。

 

 本案において,上述した特許の技術特徴Gは操舵機駆動回路板80上に,直線型ポテンショメータとしての導電線として明確に「銀膜82」と限定しており、上海市高級人民法院は、当該具体的な限定は特許権者が“銀膜”以外のその他の導電材料を放棄したと見なせると判断した。

 

 イ号製品の技術特徴は「前記操舵機駆動回路板上に,炭素膜及び金メッキが印刷されており,・・かつ前記スライドブロック底面上のブラシと該炭素膜及び金メッキが相互に接触する」である。

 

 司法鑑定意見に基づけば,イ号製品の技術特徴と特許の技術特徴は均等であるが,禁反言の法理に基づけば,特許権者は、“銀膜”以外のその他の導電材料を導電線の技術方案として放棄したことから,上海市高級人民法院は、イ号製品の技術特徴と025特許の技術特徴とは均等ではなく、イ号製品は025特許の技術的範囲に属さないと判断した。

 

 

3.最高人民法院での争点

争点:請求項を削除した場合に、禁反言が成立するか否か

 本事件では、請求項1及び2の削除により、従属請求項3よりも広い範囲について権利が放棄されたものとみなされ、禁反言により均等論の主張が認められなくなった。本事件の如く、請求項の削除により一律に均等論の適用が認められなくなるのかが問題となった。

 


[1] 北京市第一中級人民法院2010年3月10日判決 (2009)一中知行初字第2726号

[2] 上海市第二中級人民法院2009年判決 (2009)沪二中民五 (知)初字第167号



→(第3回へ続く)

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