退職後の競業避止義務の最高裁平成22年判決 - 労働問題・仕事の法律全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
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退職後の競業避止義務の最高裁平成22年判決

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退職後の競業避止義務の最高裁平成22年判決

 

 

最高裁平成22325日判決・ 民集 第642562

[判決要旨]

金属工作機械部分品の製造等を業とするX会社を退職後の競業避止義務に関する特約等の定めなく退職した従業員において,別会社を事業主体として,X会社と同種の事業を営み,その取引先から継続的に仕事を受注した行為は,それが上記取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用して行われたものであり,上記取引先に対する売上高が別会社の売上高の8~9割を占めるようになり,X会社における上記取引先からの受注額が減少したとしても,次の(1)(2)など判示の事情の下では,社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものではなく,X会社に対する不法行為に当たらない。
(1) 上記従業員は,X会社の営業秘密に係る情報を用いたり,その信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったものではない。
(2) 上記取引先のうち3社との取引は退職から5か月ほど経過した後に始まったものであり,残りの1社についてはX会社が営業に消極的な面もあったのであって,X会社と上記取引先との自由な取引が阻害された事情はうかがわれず,上記従業員においてその退職直後にX会社の営業が弱体化した状況を殊更利用したともいえない。

 

 

[学説]

従前の多数説は、退職後の競業避止義務について、特約がある場合のみ、かつ合理的な範囲内で認めていた(我妻榮『債権各論中巻2』565頁、幾代通・広中俊雄『新版注釈民法(16)』(幾代通)47頁)。

元従業員の職業選択の自由(憲法22条)から、原則として、退職後の競業避止義務を認めることはできない。

第三者の債権侵害による不法行為の成立には、第三者の債権の存在に対する認識(故意)が必要(川井健『民法概論3(第2版補訂版)』54頁とされる。

例外的に、自由競争の範囲を逸脱するような行為者の主観、態様でなされた場合には、不法行為の成立が認められる

学説は、具体的に以下の場合に、競業避止義務の特約がない場合でも、不法行為の成立を認める。

・雇用主に損害を与える目的で一斉に退職し会社の活動が機能し得なくなる場合(潮見)

・計画的な従業員の引き抜き(川田、土田)

・不正競争防止法の営業秘密を同法に違反して取得利用漏えいする場合(潮見)

・重要な秘密の漏えい(川田、土田)

・顧客の大量奪取(川田、土田、潮見)

 

[裁判例]

[不法行為の成立を肯定した裁判例]

 

・技術情報や顧客名簿等を利用したもの(大阪高判平成6・11・26判例時報1553号133頁(営業秘密の漏えい)、東京地判平成10・8・26判例タイムズ1039号199頁(顧客データベースを就業中に不正にコピーして利用)、東京地判平成19・1・26判例タイムズ1274号193頁(顧客情報の不正利用)

 

・取引相手に元使用者について、元会社が新会社に発展的に解消したかのごとき虚偽の事実を告げることで顧客を奪取し、工場を占拠し、元会社の活動をできなくさせたもの(横浜地判昭和59・10・29判例タイムズ545号178頁)

 

・従業員の一斉引き抜きまたは多数を引き抜いたもの(東京地判平成3・2・25金融商事判例878号24頁、東京地判平成17・10・28判例時報1936号87頁、東京地判平成18・12・12判例時報1981号53頁、東京地判平成19・4・27労判940号25頁(元代表取締役・元取締役・元従業員による元会社の従業員への移籍の働きかけ)

 

 

[不法行為の成立を否定した裁判例]

 

・社内での紛争により従業員が退職して競業した場合(東京地判平成5・8・25判例時報1497号86頁、東京地判平成6・11・25判例時報1524号62頁、大阪地判平成8・2・26労判699号84頁(取締役・従業員が同時退職したことにつき共謀が認められなかった)、

 

・退職から半年以上経過してから競業を開始し、新学習塾での給与が元学習塾に比べて特に有利といえず、電話・口コミによる勧誘方法であったもの(大阪地判平成1・12・5判例時報1363号104頁)

 

・元使用者と競合する取引先との取引を、在職中に得た情報でなく、退職後におこなった調査等をもとにコンペで受注したもの(東京地判平成20・7・24労判977号86頁)

 

[分析]

・従業員が退職した理由が、新会社への引き抜きか、それとも、社内の内紛に嫌気がさしたのかは、事実認定として、微妙であろう。例えば、元会社で内紛を引き起こし、それを口実に移籍させたような場合である。ただし、元会社を退職して独立し、競業する場合にはおおむね元会社での給与や社内での地位などの労働条件などの不満がもとから存在することも多い。労働条件が良いならば、新会社へ移籍する必然性もないからである。したがって、この点は、微妙な要素といえる。

 

・元会社の技術や顧客に関する情報(ことに営業秘密)を不正に利用した事案では、その行為自体が不法行為であるから、その結果得られた取引関係も、不法に得たものと評価されやすい。

・これに対して、否定例では、元会社の情報によらずに独自に調査して得た情報をもとに入札(コンペ)により顧客を獲得した場合、あるいは勧誘方法が電話・口コミという場合には、元会社の情報を利用していない点で、不法行為の成立を否定する大きな要素であろう。

 

・ひとくちに元会社の情報の利用といっても、業種、業界、商品または役務、顧客の種類・内容などに留意すべきであろう。

 

・例えば、ありふれた情報や手法で顧客を獲得した場合には、元会社が独占していたといえるほどの価値のある情報とはいえないため、不法行為の成立は否定される傾向もあるであろう。例えば、学習塾は、文部科学省の学習指導要領、市販の教科書・参考書、志望校の過去の入試問題など、元会社の独自のものと呼べるほどの情報たりえないであろう。あるいは、中古自動車の販売業者であれば、中古車の価格の相場や取引条件などは、当該業者ならば、知り得る情報であるし、取り扱う商品も、中古車という特定物であるが、全く同一の物がない代わりに、他の物で代替可能である。しかも、中古車に関する情報の市場が整備されている。これは、不動産の売買・賃貸の仲介業者であっても、同じである。もっとも、全く同一の中古車や不動産について、取引した場合には、別論である。

 

・これに対して、全く同一の機械部品を製作し供給していた平成22年最高裁判決については、元会社の情報を利用していないか若干疑問があるが、機械部品の場合には、取引先から発注される仕様書や設計図書で細かく仕様や品質などが決められ、その情報自体は取引先から得られるものであるから、元会社の情報を不正に利用したとまではいえないとされたのではないかと思われる。

 

 

参考文献

小林宏司・本件判例批評・「時の判例」ジュリスト1416号78頁

中村肇・本件判例批評・金融商事判例1364号8頁

川田琢之「競業避止義務」講座21世紀の労働法

土田道夫「労働市場の流動化をめぐる法律問題(上)」ジュリスト1040号

潮見佳男「債権侵害(契約侵害)」新・現代損害賠償講座(2)

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