昨今のビジネス環境では、スピードが大事になっています。材料をすべて集めて、綿密な計画を立てて、その計画をもとにビジネスを進めるようなやり方ではスピードが足りずに、それが通用する場面はとても少なくなっています。

　そんな中で事業を成功させている経営者は、概して行動や判断が早く、私自身も感心させられることも多いです。

　ただし、長所にはその裏返しの短所があります。

　これはある中堅企業ですが、こちらの社長は何事も行動が非常に早く、しかもビジネス上の判断はいつも適切で的を得ています。社外の立場から見ていると、とても立派で有能な経営者だと思うのですが、どうも社員との折り合いが今一つよくありません。

　人事の仕事に関わる立場として、その理由はかなり気になりますが、社員たちに話を聞いても、仕事上での不都合や不信感という話はほとんどなく、どんな事情なのかが今一つわかりません。

　そんなある日、この会社で催される懇親会に参加する機会がありました。実はそこでの社長の振る舞いを見て、社員たちとの関係が今一つスムーズでない理由が、何となくわかる出来事がありました。

　社長の様子を見ていると、とにかく「待つ」ということができないのです。例えば、宴会の集合時間のかなり前から、「まだ行かないのか」「もう出かけよう」などといろいろな人に声をかけ始めます。普通に間に合う出発時間まで待てません。

　会場に着けば、予定時間の前から、「もうだいたいみんな揃ったから始めよう」などと幹事に談判しています。決められた開始時間まで待てないのです。

　会が始まれば、注文したものが来るまで待てないというのは言うに及ばず、周りの人が飲み物を飲み終わるのすら待てず、勝手に注文していたりします。面倒見が良いという見方もできますが、様子を見ている限りでは、やはりいろいろなことが「待てない」ようにしか見えません。私には、ただの“せっかち”とは少し種類が違うほどに感じます。

　思えば社員の皆さんは、社長のこの感じにいつも付き合わされている訳です。こういうことは一事が万事で、宴会に限らず同じようなことは数えきれないほどあったはずです。また、仕事から離れてのことなので、仕事のことをヒアリングしても出てこなかったのは当然です。

　これが原因で、社長のことを煙たく感じて、距離を取ろうとしてしまう気持ちになるのは無理もない気がします。

　ここでは、仕事上では社長の長所となっていた「行動力」が、人間関係上では「待てない」という行動として現れ、それが短所となっていました。場面の違いでその人の特性が正反対の形で出てしまった一例で、なおかつその差が極端だったということでしょう。

　人間の性格での長所と短所は裏表の関係ですから、その同じ特性が良い効果をもたらすことも、良くない作用をすることもあります。

　一見些細に思える個人の性格的特性が、会社全体の雰囲気にも影響していたわけですが、やはり社長ともなれば、その行動、言動に関する影響力は絶大です。

　今は業績も順調なので、それほど悪影響は出ていませんが、うまく行かなくなってきた時ほど、こういうことが表に出てきて悪い方向へ足を引っ張ります。

　私が感じたことは、その後社長に直接お伝えしましたが、社長自身も自覚していたようで、苦笑いをしながら反省しきりという感じでした。

　やはり組織をまとめるような立場の人は、自分の長所と短所を自覚しておく必要があります。そして、その長所と短所は裏表であり、うまく行かなくなった時ほど、短所の側面が強く出がちだということを、あらためて意識しておかなければならないと思います。