大塚 嘉一
オオツカ ヨシカズデイムラー・ダブルシックス・シリーズⅢ-魔性の美の虜となった父と子の物語
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デイムラーのダブルシックス・シリーズⅢの最終生産型を、父から貰い受けました。
父は、昔から日本車を乗り継いでいます。今も、普段の足は、日本のメーカーの空冷エンジンのワゴン車です。
その父が、20年ほど前、突然、手にいれて、私を驚かせたのがデイムラー。当時、要人の送り迎えをする機会が年に何回かあり、そのために買ったものと推測しています。ジャガーの傘下にくだったとはいえ、今もなお英国車のヒエラルキーのトップに位置します。父は、イギリスの首相が後部座席に乗り降りする場面を、テレビででも見たのでしょうか。その後も、ずっと大事にしていました。
ダブルシックス・シリーズⅢは、その類まれな美しさが、最大の魅力です。ピニンンファリーナがデザインに加わっています。ジュージアーロが、そのスタイルを絶賛しています。惚れ込んだ徳大寺有恒さんが、実際に購入しました。歌手の森山良子さん、そしてグッチ祐三さんが愛したクルマでもあります。私の憧れのクルマの中の一台でした。父も、いい趣味をしているなと、身内ながら、思います。DNA、でしょうか。
車幅は、約1・8メートルと程よい感じですが、全長が5メートル近くあり、取り回しが、難しい。年をとると、相手をするのが、ちょっと億劫かもしれません。父も、最近は、乗る回数が減っていました。
夜、エンジンとドアーと別々のキーを持って、ガレージの戸を開けます。昼間の装いのブリティッシュ・グリーンが消えた今、月光に照らされ、複雑なハイライトでそのシルエットを白黒写真のように浮かび上がらせる、デイムラー・ダブルシックス(DD6)。久しぶりの再会です。
その凛とした佇まいは、以前と変わりがありません。その伸びやかな姿態は、見る者を決して飽きさせません。
以前、乗せてもらい、運転させたもらったときに焼き付けられた記憶が蘇ってきます。加速感というよりも、湧き出るトルクのおかげで、いつの間にこんなスピードになっていたんだ、と気が付く感じ。直進は、よく言われる猫足のサスペンションで、すり足してるかのよう。カーブの時は、車体が心地よく揺れて、あなたは、今、曲がっていますよ、と教えてくれているよう。
スポーツカーのように、車のほうから、乗って、乗ってとせがむことはありません。一度乗った男が、その乗り味を忘れられなくなるだけのことです。
しかし、その5リッターを超えるエンジンは、到底、経済的とは言えず、かなりの浪費家であることは間違いがありません。名前の由来となった12気筒も、調子よく回転するためには、こまめな点検が必要となることでしょう。かつてより改善されたとはいえ、電装パーツの品質が心配です。持って生まれたものを最大限発揮するためには、周囲の人間に理解と献身とを強いるのです。
それでも、これから、コイツ(DD6)と深夜、人気のないところで密会したり、用もなく街に連れ出したりすることが増えそうです。
弁護士業務には、全く適しません。却って、悪い噂が立ちそうです。
閉ざされた空間の静謐の中、ゆっくりと距離を縮めます。舐め回すような視線を跳ね返し、少しも動じることのない魅惑的なボディー、それに隠された数々の悪徳、そして一旦嵌ると容易には抜け出すことのできないであろう深い悦楽とが、頭の中で渦を巻き、私は、激しい眩暈に襲われました。ヌメヌメと光る女の太腿のようなフェンダーの膨らみに片手を置き、掌に冷たい感触を感じながら、私は崩れ落ちるように、その場に蹲ります。
ある思いを確信に変えながら。
オマエが、クルマで、本当に良かった。
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