堀江 健一(恋愛恐怖症・心の問題カウンセラー)- コラム「鬼滅の刃5 無限列車編 紅蓮華「僕を連れて進め!」に込められた痛切な想い」 - 専門家プロファイル

堀江 健一
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ホリエ ケンイチ
( 東京都 / 恋愛恐怖症・心の問題カウンセラー )
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鬼滅の刃5 無限列車編 紅蓮華「僕を連れて進め!」に込められた痛切な想い

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恋愛心理 自己受容 2021-03-08 11:00
人が強くなれる時とはどんな時でしょう?

「僕を連れて進め!」の意味とは?

今日は睡眠障害の話はお休みして、少しコーヒーブレイクにしましょう。
もう早くも三月になってしまいましたが、未だに鬼滅の刃の人気は衰えず、上映も続いていますね。
LiSAさんが歌う主題歌「紅蓮華」もショッピングモールを歩いていると、前よりも有線で耳にする機会が増えていさえするように感じます。

年末の紅白歌合戦にも出場しておられました。

生歌かと思うと、聞く方もじっくり聞いてしまうものです。
その時に、今まではあまり気にも留めていなかったある歌詞が、フッとより耳について気になりました。
サビの直前に、グッと盛り上がる時の「僕を~連れて~進め~っ!」と言う、印象的な歌詞です。
「ん?良く聞くとなんか違和感のある歌詞だな?」とは思いませんか?

アニメやドラマの主題歌と言うのは、色々アニメのスポンサーや広告代理店とレコード会社との関係もあるようですが、
人気アーテイストのあらかじめ出来ている新曲を売り出すために主題曲にするような場合と、
アーティストにお願いして、アニメやドラマにに合わせて、そのアニメの主題歌用に書き下ろしてもらう場合があるそうです。
「紅蓮華」の歌詞と、鬼滅の刃の世界観はとてもマッチしているので、おそらく後者のケースでしょう。
作詞もLiSAさんですね。

「僕を連れて進め!」と言う事は、「僕」は誰かに、僕を連れて進んで行きなさい!

と誰かを激励し命令している。

そんな意味合いの歌詞ではないでしょうか?

僕が連れて行く ではなく
僕を連れて行ってくれ でもなく
一緒に行こう でもなく

「僕」とはそりゃ当然主人公の炭次郎でしょうし、進んで行く誰かは「禰豆子」以外には考えられないですよね。
ストーリーでは炭次郎が主人公ですが、この歌詞では炭次郎自身は受け身的で、実は主体は禰豆子であると思っている心情が謳われているように感じます。
僕は禰豆子にとって時に「踏み台」であったり、「盾」であったり、「剣」として使って良いから、お前は行きなさい(生きなさい)、と。

「強くなれる理由を知った」

「誰かのために強くなれるなら、ありがとう 悲しみを」


それはつまり禰豆子のためにと思うと強くなれる。

(家族を失った)悲しみさえ、今はありがとうと思えるほど、禰豆子を守るため、
人間に戻すために強くなりたいと思えるまでの試練だったのだ。
そんな壮絶な決意が表現されているように感じました。


 

炭次郎の抱える罪悪感

でもそれはちょっと悲しい決意のようにも感じます。
リアルに臨床心理学的に言えば、街から里に帰ったら、禰豆子以外の家族が突然全員殺されていたのですから、そうとうなトラウマ体験でしょう。
災害や戦争に合われた方が、自分だけ生き残ってしまったことに罪悪感を感じることがあり、「サバイバーズギルド」と呼ばれています。
壮絶な罪悪感のために、炭次郎自身は、自分はもうどうなっても良いから、罪滅ぼしのためにも禰豆子に命を捧げる。
そんな悲しい決意です。

考え過ぎかしら?

解釈は人それぞれで、「そんな事、教えてもらわなくてもわかってるよ」と思われる方もいるかも知れませんし、
そこまでの意味はないよ、と思われる方もおられることでしょうから、正解はきっとありません。

ちなみに奥さんに「僕を連れて進め!」って、どんな意味合いの歌詞だと思う?と聞いてみると
「そりゃ炭次郎が自分で自分を鼓舞するために、気合を入れて前へ進め!って言ってるんじゃないの?」との見解でした。

 

炭次郎は罪悪感から、ただ「自分は生きてちゃいけない、死んだ方が良い人間だ」と思ってしまっているわけではありません。
イメージ的には禰豆子に危害を加えようとする鬼か、もしくは人間から守るために戦って死ぬ覚悟なのでしょう。
自分の死にはそうした意義があると感じているのです。
そのためには死ぬのも怖くは無い心境であると言うことでしょう。


死を恐れない境地。


こうした境地も炭次郎の強さなのだと思われます。

 

 

 

生きる意味

と、同時に禰豆子を守るために「いかに死ぬか」が、「今を生きる意味」として、強烈な生きたいと言う動機付けにもなっているのだと思われます。

そこには炭次郎の生きる希望もあるように思われます。


昔から「死んだ気になれば、大抵の事は出来る」と言われたりしますが、
死ぬ意義を見出せれば、生きる希望も見出せると言えそうです。

 

ユングは人生の前半は「いかに生きるか}が大きなテーマであるが

人生の後半では「いかに死ぬか」が課題となる」と言っています。


この「紅蓮花」では、そんな「生きる事」「死ぬ事」=「命」の象徴が紅蓮の「華」であり
紅蓮の華よ咲き誇れ!運命を照らして と言うメッセージが込められているのかも知れません。
命よ精一杯咲き誇れ!と。
歌詞でここまで炭次郎の想いや命の尊さを表現されたLiSAさんはすごいですね。そりゃヒットもしますよね。



人のために!と思うと、気持ちを強く持つことが出来る事があると思います。
例えば、私も独身の時、家族がいないのは自由だし気楽なのですが、ちょっと大変な事、例えば

仕事の負担とか、

勉強を頑張る事とか、
生きてるだけで大変だぁみたいに感じると、

どうせ自分一人なんだし、もうそんな頑張る必要ないんじゃないか?

何のために辛い思いをしなきゃいけないのか?
もう適当で良いんじゃん?

なんて弱気と言うか逃げたくなるような気持になってしまうことがありました。


自分でも「それじゃいけないよなぁ」とも思うのですが、そんなに意思を強く持てる人間でもありません。
でも奥さんとか子供とか家族が出来たら、その家族のためと思えたら、守るものが出来たら強くなれるんじゃないか?

なんてことを考えました。


実際結婚してみて、確かにそう思えることもありますし、
逆にケンカをした時などは
「なんでこんな鬼嫁のために、自分が頑張らなきゃいけないんだ!ばからしい!」

なんて思う事もあったりします(笑)

女性は結婚に対してそんなこと考えたりするのかな?


「母は強し」と言う言葉もあるくらいで、お母さんは子供の為なら「炭次郎の心境」に至る方もいるかも知れません。
余程の何か事情があって育児放棄に至る方もおられるのだと思いますから、一概に言えませんが、
子供の存在が母親である自分の生きる意義であり、自分の命そのもののように感じられるのであれば、
女性も結婚とか子供を授かる事を、潜在的には自分の命を燃やし、咲き誇らせる重要な意味合いとして感じておられるかも知れません。

無限列車で、そうした命を咲かせ、死と言う運命の前でも輝きながら散らせて行ったような
「紅蓮の華」を具現化する人物として「煉獄さん」が思い浮かびます。
煉獄さんはまさに自らが「盾」となって炭次郎や仲間達、列車の乗客を守って鬼と戦い、その命を散らせました。
炭次郎は煉獄さんに自分を重ね、同一化しても不思議ではないでしょう。
煉獄さんの死は、やがて来る自分の未来の姿であり、改めてその遺志を継ぐ者としての決意をした事でしょう。

無限列車編の主題歌「炎」には、そんな想いが歌われているような気がします。

 

先のお話では、生きる意味を失ったかのようになった煉獄さんのお父上も重要な登場人物として出て来るようです。

みんなの中で、煉獄さんは生き続けており、死してなお咲き誇り続けているようです。

 

 

 

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