堀江 健一(恋愛恐怖症・心の問題カウンセラー)- コラム「鬼滅の刃1 無限列車編 睡眠障害解消のヒント(1)」 - 専門家プロファイル

堀江 健一
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( 東京都 / 恋愛恐怖症・心の問題カウンセラー )
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鬼滅の刃1 無限列車編 睡眠障害解消のヒント(1)

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恋愛心理 自己受容 2020-11-07 11:42

 

鬼滅の刃。

週刊少年ジャンプに連載され、今一般的な小中高生を中心に(特に漫画好きでなくとも)爆発的人気の作品で、アニメ化され、テレビで放映の後、現在その続きの話が劇場版になり上映されています。
子供向けかと思いきや鬼奴さん始め大人のファンも多いらしく、気にはなっていましたが、どうなんかな?とも思っていました。
我が家では最初に中1の姪っ子がはまり、次に奥さんがはまり強烈に推して来るので、地上波で放映したテレビ版総集編を観てみました。
引き込まれました。で、劇場版「無限列車編」も観賞して来た次第です。

 

鬼滅の刃 ざっくりしたあらすじとその魅力世界観

ざっと大筋を書くと
時は大正時代、田舎の山奥で炭焼きの仕事をしていた家族を鬼に食い殺された物語の主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)が、
唯一生き残ったが鬼となってしまった妹の禰豆子(ねずこ)を人間に戻す方法を探るべく剣術を磨き、鬼滅隊と言う鬼を退治する為の
軍隊に入団し、先輩や仲間たちと共に鬼の親玉・鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)を探す旅に出る。と言うものです。


鬼と言うのは例えるなら吸血鬼とゾンビの中間の様な設定で、
 

人間の肉が主食。
 元々は人間
 親玉の無惨だけが、自分の血を与えることで喰った人間を鬼に変えてしまえる
 ゾンビみたいにただ人間を喰おうとする奴もいれば、高度な妖術(血鬼術)を使って他の鬼達のリーダーシップを取る鬼(十二鬼月と呼ばれ12人いる)もいて、ヒエラルキーがある。 魅力

これだけではホラー好き、アニメ好き以外の方にこの作品の魅力は伝わりませんね。
おそらくリアルな初老の男の私が感じたこの作品の強烈な個性としての魅力の特徴を挙げると
前面的に主人公と、生き残った禰豆子の兄弟愛と、死んでしまった家族との思い出のシーンと想いが随所で描かれ、
それが主人公のモチベーションとなって爆発的な能力を覚醒させるので、かなり観ていて感動してしまう。と言う所ではないでしょうか。
そして主人公を始め鬼滅隊の仲間や先輩達、それに加えそれぞれの鬼達さえ魅力的なキャラとして細部の生きて来たエピソードなどが描かれています。きっと共感できる登場人物を見つける事が出来ることでしょう。
鬼もそれぞれ結構悲しい過去を背負っていて哀愁があるのです。
アニメでは更に最新のアニメとしての背景や動きのクォリティーがとても高いのもすごいなぁ!と感動します。美しい!


そして、カウンセラーとしては、お話しや設定の随所に臨床心理学的な知識のベースがしっかりある様な作りになっている様に思われます。
作者は吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)という謎に包まれた新人作家で、今回が初めての連載さんだそうですが、
臨床心理学を勉強なされたのではないだろうか?と想像します。

さて今回は劇場版「無限列車編」を題材に、睡眠障害と「夢」について書こうと思います。
あまりネタばれしない程度の内容ですので、まだご覧になっていなくて、これから観る方も読んで頂いて大丈夫です。
 

 

あらすじ

あらすじは、とある列車の路線に度々鬼が現れ、人々が襲われると言う事件が起き、炭治郎とその仲間達と鬼滅隊の大先輩で各小隊のリーダー的存在の「柱」と言う役目を持つ煉獄さんが退治に向かいます。
襲ってくる鬼、魘夢(えんむ)は、鬼の中でも上の下の実力の持ち主で、人を眠らせ、夢の中に入り込みその人の「精神の核」と言う魂のような所に留めを指して、無力にしてしまってから身体を喰らう妖術の使い手です。

知らないうちに眠らされてしまったらおしまいで、直接戦う事さえ出来ません。
しかもこの鬼は、精神的に疲れ、「死んだ妻に夢の中で会いたい」とかもう現実の世界に居たくない人間達の弱みに付け込み、
言う事を聞けばずっと望む夢の世界で夢を見させてやると誘惑し、手先として使うと言う、子供向けの敵キャラとは思えない狡猾な敵です。


まず手下の人間の細工で主人公達はまんまと眠らされてしまいます。
この時の魘夢のセリフがうろ覚えですが「人は深い呼吸をしながら数をゆっくり数えていると眠ってしまう」と言うものです。

 

眠る方法羊の数を数える

昔から眠れないときに羊の数を数えると眠れると言う言い伝え(?)があり、実際にやってみた人もおられるでしょう。
現実にアメリカではそうした方法が民間療法であり、肝心なのは羊を数える時に、日本では「羊が一匹...羊が2匹...」と
数えてしまいますが、英語で「ワンシープ...トゥシープ...」と数えることです。日本語では効果ないんですね。
シープの発音がスリープと似ていて暗示効果があると思われます。


また、単純にそれだけでは無く、日本語でも「サ行」の音は人の副交感神経に影響し、リラックス状態をいざないます。
私はカウンセリングでも緊張が高い方や、覚醒度が高すぎ(頭を休める事が出来ない状態)る方には催眠療法を使うのですが、
その誘導する時のセリフには「サ行」の言葉が多く使われています。


「さ~ゆっくり目を閉じてみましょう」
「ス~ッと意識が遠のいて行きます」
「しぃず~かに呼吸して」などなど。


「サ行発音」は人の意識を水中に引き込むような音のようです。

 

マインドフルネス瞑想

この「深い呼吸をしながら数をゆっくり数える」方法は、割と最近になって「マインドフルネス瞑想」と名付けられ、アメリカを中心に
精神療法として拡がりを持ってきました。元々日本の坐禅の教えから発展したそうです。
広い意味でマインドフルネスと言う精神療法は、過去の出来ごとに心を奪われたり、未来の出来ごとを想像して不安を
掻き立てるのではなく、「今、この瞬間に意識を集中させる」ことを一番に考えます。
これは主人公・炭治郎も戦っている時に度々自分に言い聞かせる言葉ですし、鬼滅隊が重要視する「全集中」にも通じる観念だと思います。


そしてそんな精神状態にする為の一つのやり方としてマインドフルネス瞑想があります。


なるべくリラックスした状態で目を閉じ、自分の呼吸と、数える数だけに意識を集中させるのです。
寝る前に行えば入眠がスムーズになりますし、日中行えばリラックスして集中力があがります。
一言で言えば不安や(上手くやれるかな?)欲(上手くやりたい!)などの雑念を一時的に振り払う方法ですね。
 

 

あるがままを受け入れる森田療法

また似た様な視点から成り立つ日本生まれの精神療法があります。「森田療法」と言います。こっちの方が先ですが。
まさに大正時代に精神科医森田生馬(「まさたけ」または「しょうま」)先生が創始しました。
ざっくりその理論をご紹介すると、
人の不安や葛藤を「あるがまま」に受け入れる。と言う事です。
強い不安にとらわれる人には、それだけ安心したいと言う強い生の欲望がある。

それは良い面でもあるが、欲望が強いとますます不安も強くなってしまい、色々障害も出て来て大きくなってしまう。


恐怖突入 不安や恐怖を抱えたまま、思いきって目の前の仕事や生活(なすべきこと)に身を投じる。


目的本位 嫌だなとか、上手く出来るかなぁ?と思う事があっても、今、目の前の人生上の目的をやり遂げようとする事だけに集中する。


という、不安や嫌悪感がありながらも今やれることをやろうと思う、人の前向きな姿勢を引き出し、後押しする思想です。


「全集中!」と鬼滅隊の先輩が激を飛ばすセリフも、そのまま「恐怖突入!」とか「目的本位!」だったとしても、とてもしっくりくるように感じてしまいます。


「全集中!」するのは目の前の敵に集中して、的確に相手を倒すための「剣の型」を繰り出す事と関係があり、そこには「呼吸」がとても重要の様に描かれています。

 

集中とリラックス、呼吸はとても関連しているのですが、それはまた後の話にいたします。

 

具体的に、では何をするのかと言うと、最初の1週間は

 

ただただベッドに横たわり、何もしない、何もしてはいけない。

 

ただ何もしないで1週間横たわっていたら、実際どのような境地になるものなのでしょう?

本当にやって見た事はないので、興味深いものです。





恐怖突入と言う理念に関し、森田先生はこんな風に例えて話しているそうです。
目の前をすごい速度で通りすぎる列車は、列車の外から見るととても恐ろしく見えてしまうが、いざ乗ってしまえば列車と同じ速度で自分も移動しているのだから、さほど恐ろしくは感じないものだ。
何事も実際その中に入ってしまえば案外不安に思う事も怖く感じる事も想像していたよりは感じないのだ、と。



何か列車を引き合いに出している所も「無限列車」を連想させるようで、単なる偶然にしても面白く感じてしまいます。
「列車」と「電車」では大きく印象が違って聞こえる響きがあるように感じます。

もちろん大正時代には物理的に「電車」は無かったでしょう。
 

でもそれだけではなく、何か「列車」には人生の長い道のりを旅する様な、ロマンティックな響きがあるように感じます。
「電車に乗って」と言うと、長くても1時間くらい。
でも「列車に乗って」と聞いたら、3時間位は長く遠い所まで乗って行きそうです。


また、「同じ電車に乗り合わせた人」と「同じ列車に乗り合わせた人」とでは、列車の方が同じ赤の他人でも「縁」がある人々のようなイメージを感じてしまったりしませんか?

なんか隣に座っている人がみかんとかくれそうな気がしたり。「運命共同体」のような。
まぁ実際「列車」に乗ったことがない人には全然ピンとこないかも知れませんが。


この映画の鬼滅の刃のストーリーも、舞台が列車の中でなくても成り立つ話のようにも思うのですが、
列車が舞台である事で、何か観るものに無意識的なイメージの広がりを持たせてくれている様に感じます。
言葉一つにも、人はそれぞれにイメージをふくらませて感じるものなのでしょう。

 



私自身、睡眠はとても不安定なのですが、次回も夢の使い手、魘夢のお話から、眠りと夢の話の続きを書いてみます。

 

 


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