茅野 分(精神科医(精神保健指定医、精神科専門医))- コラム「薬物依存症の治療共同体「ダルク」とは」 - 専門家プロファイル

茅野 分
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茅野 分

チノ ブン
( 東京都 / 精神科医(精神保健指定医、精神科専門医) )
銀座泰明クリニック 院長
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薬物依存症の治療共同体「ダルク」とは

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2016-03-12 12:43

2016年2月3日、清原和博さんが覚せい剤取締法違反で逮捕されました。2014年に週刊誌で使用疑惑が報じられましたが、本人は頑なに否認し、代わりにお遍路をしたりテレビ番組で潔白を主張したりしていたところでしたから、世間は騒然としました。そして、マスコミは連日連夜、清原和博さんの言動や人格を問題視しました。

覚醒剤の所持は反社会的勢力の資金源となるため、厳しく取り締まらなくてはなりません。しかし、本人の使用に関しては刑罰を与えるのみではなく、「薬物依存症」という「脳と心の病気」として診断し、治療しなければなりません。覚醒剤の使用は他の誰よりも、使用した本人を傷つける、いわば「自傷行為」とも言えるからです。

薬理学的に珈琲・紅茶・緑茶(カフェイン)や少量のお酒(アルコール)・タバコ(ニコチン)なども覚醒作用を有していますが、法律学的に「覚せい剤」とは「アンフェタミン」「メタンフェタミン」およびそれと「同種の作用を有する物質であつて政府の指定するもの」と規定されています。これらは脳内の「ドパミン」を非常に賦活させ、高度の覚醒、感情の高揚、多弁・多動など一種の「躁状態」をもたらします。本人の「快感」はいまだかつてないほどで、田代まさしさんの著作(画像)によると、「ものすごく美味しい料理を食べた時に出るドパミンが30、気持ちいいセックスが100だとしたら、覚醒剤を使った時にはドパミンが1000以上も出ている」といいます。

しかし、長期使用により、幻覚・妄想、精神運動興奮など「統合失調症の陽性症状」に類似した症状を起こし、その後、意欲減退、無為・自閉など「統合失調症の陰性症状」のような状態に至ります。また「依存・乱用」を起こしやすく、連用により「耐性」生ずるため、大量摂取するようになり、病状は加速的に進行します。すると使用した本人は覚醒剤のことしか考えられなくなり、それまでの仕事や学業などの社会生活を営めなくなります。このため、覚醒剤は使用した本人はもとより、家族・地域・社会、そして国までも滅ぼす恐れがあり、世界中の国々で禁止されているのです。

1983年、日本民間放送連盟は「覚醒剤やめますか?それとも人間やめますか?」というCMを数年間、放送しました。薬物依存症の患者さんを侮蔑するような表現ですが、まだ使用したことのない国民へ向けた必死の比喩だったのでしょう。1989年からは財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センターによる「ダメ。ゼッタイ。」が用いられるようになりました。しかし、これらのキャッチコピーは、使用してしまったけれど、これから止めていこうとする人々への偏見や差別を招く可能性があり、患者さんの治療や支援に関わる団体より批判の声が上がっています。

それでは、薬物依存症への適切な対策とは何でしょう。それは正しい知識や情報と、そのための教育・医療・福祉です。これまで一般市民へはもとより、薬物依存症の患者さんも逮捕・収監されるのみで、適切な教育・医療・福祉を受けられませんでした。刑務所での薬物依存症に関する治療・教育は十分と言えず、逆に初犯者が再犯者より売買の方法を学んだり、反社会的勢力へ加わったりすることもあるそうです。さらに、出所後は「犯罪者」「前科者」などのレッテルを貼られ、仕事に就いたり、家族と暮らしたりすることが困難となり、孤独や寂しさから再び再使用に至ることも少なくありません。昨今、男子・受刑者の1/5、女子・受刑者の1/3が覚醒剤取締法違反で、再犯率は50%以上と言われています。

そこで、薬物依存症の患者さんへ尽力されている「ダルク」をご紹介しましょう。「ダルク」とは "DARC. Drug Addiction Rehabilitation Center" という略語で、近藤恒夫さんが1985年に作られた、薬物依存症の患者さんのためのリハビリ施設です。東京の日暮里からはじまり、現在は全国に50か所ほどあります。入寮者は3~6カ月間、共同生活を送りながら、社会復帰を目指しています。いわゆる「治療共同体 Therapeutic Community」です。リハビリのメインは1日3回のミーティング「かつて何が起きて」、「いつもどのようだったか」、そして「今どのようであるか」、この3つだけを話します。聞く側は意見や感想など一切何も言わず、「言いっぱなしの聞きっぱなし」を基本とします。これを我慢して延々と続けていると、他人の話に耳を傾けられるようになり、自分の気持ちを素直に話せるようになるのだそうです。薬物依存症の患者さんは、ともすると自己中心的で、他人の意見を聞いてこなかった人が多いため、黙って人の話を聞き続けることにより、他者を尊重できるようになります。また虚勢を張ることも多いため、等身大の自分に気づくことができるようにもなるのだそうです。

薬物依存症の患者さんの病前性格は、アメリカ精神医学会の定義する「クラスターB、劇場型」のパーソナリティ障害に相当すると思います。すなわち、感情的に混乱しやすく、周囲の人々を巻き込む傾向のあるパーソナリティ障害です。具体的には、自己顕示欲が強く、周囲の関心を引くため、芝居がかった言動をする「演技性パーソナリティ障害」、自分を特別視して尊大になり、自分の利益のために他人を利用する「自己愛性パーソナリティ障害」、さらに他人の気持ちをわきまえず、攻撃的で規範に反する行動を繰り返す「反社会的パーソナリティ障害」、その反対に自己評価が低く、生きることが苦しく、周りから見捨てられることを恐れる「境界性パーソナリティ障害」などです。

これらは遺伝的な素因のみに起因するのではなく、幼少期からのトラウマ、心的外傷を重ねて負ったことにより生じると考えられています。例えば、親から虐待されたり、逆に過保護・過干渉にされたりしたこと、両親の不仲や病気などから機能不全家族に育ったこと、兄弟・姉妹の間で不公平に扱われたりしたことなどいろいろ挙げられます。さらに小中学校でいじめられ、登校・ひきこもりに陥ったりしたことなども加わると、適度な自尊心や自己肯定感を抱くことができず、尊大になったり、卑下したりするようになるのです。

従って、薬物依存症の治療や援助には「ダルク」のような「治療共同体」において、薬物から離脱することのみならず、あるがままの自己を見つめ直し、他者との関係性を再構築していくことが望まれます。冒頭に記載した清原和博さんも栄光と挫折のはざまを行き来することで、本当の自分を見失い、薬物依存症に罹患されたのではないかと推測します。だからこそ、恥や外聞をかなぐり捨て、「ダルク」にて回復されること祈念いたします。

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