共感の技術
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前回「大人の発達障害」にて「自閉症スペクトラム障害」の基本症状として、「三つ組みの障害」すなわち「社会性、コミュニケーション、イマジネーションの障害」をご紹介しました。「自閉症」という名称の通り、他者との関わりを避け、自分の価値観にこだわる背景には、この「三つ組みの障害」があるわけです。さらにこの障害の心理特徴として「共感」の不足が挙げられます。
「共感」とは相手の気持ちを自分の気持ちのように感じる心理現象です。通常の社会生活を営む上では当たり前な心理のようですが、これを欠くことにより、様々な社会問題を生じます。職場不適応や家庭不和は典型例で、それが極まると犯罪や虐待などに至るわけです。従って、社会問題を解決・予防し、幸福な社会生活を営むためにも、「共感」を高めることが求められます。
そこで今回は、杉原保史先生の「プロカウンセラーの共感の技術」に学びましょう。共感するためには相手の立場や心理を想像すること(イマジネーション)が必要です。これは「言うは易く行うは難し」、なかなかできるものではありません。自分の立場や心理と異なるものは遠ざけてしまう傾向があるからです。特に、自分と利害の反する相手になるとなおさらでしょう。むしろ否認や拒絶の心理が生じてしまうものです。このため、共感するには「自分の視点から離れること」が第一だそうです。自分の立場や心理はひとまず置いて、相手の立場や心理を理解することに集中するのです。その際、価値や善悪の判断は抜きに、すべてをありのままに感じることが重要です。これはカウンセリングの基本姿勢であります。
具体的な技術としては、相手の話していることもさることながら、話していないことや話せないことへ想いを巡らすことが大事だそうです。カウンセリングを必要とする心理的な問題を生じている時は、矛盾や葛藤により混乱しているため、なかなか問題を「言語化」できません。さらに、心の深層に関わる問題になればなるほど表現は曖昧・混沌として言葉にならないそうです。そこで、カウンセラーは相手の視線、表情、姿勢などの非言語的な表現から、言外に語られている真意を推し量ります。そして、「あなたはその時どういう風に感じたのですか」と穏やかに言語化をうながしていきます。と言ってもすぐに回答を得られるものではありませんから、クライアントが自分の気持ちに注意を向けられるよう、繰り返し形を変え質問していくのです。
共感することの前提として、自分自身が共感された体験を持つことが求められます。まずは自分に対し肯定的な態度でいないと、相手に対しても肯定的な態度はとれません。いわゆる適度な「自己肯定感、Self- Esteem」を抱けているかどうかがポイントです。このため、精神分析家は教育分析といい、自分自身が精神分析を受けることを訓練として設けられ、まずは自分自身を肯定・受容できるよう取り組むのです。一般の方はそこまでの必要はないでしょうが、適度な自己肯定感や自己洞察は必要です。もしも相手を共感できない、自分の気持ちや考えに固執してしまうことを繰り返す際は、過去の体験や人生を振り返り、何がそれを妨害しているのか気づくことが望まれます。これを一人で行うことはとても難しいため、専門的なカウンセリングを受け、本当の自分を知ることをお勧めします。相手に共感するには、自分に共感することが前提なのです。