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心理検査の義務化について
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2011年10月24日、厚生労働省より「労働安全衛生法の一部を改正する法律案」が公表された。その改訂の中の一つにメンタルヘルス対策の充実・強化を図る目的で、「精神的健康の状況の把握をするための検査を行うこと」が事業者に義務付けられた。
■主な内容は次の10項目(ポイントを抜粋)
1.医師、又は保健師による精神的健康の状況を把握するための検査を行わなければならない。
2.労働者は、検査を受けなければならない。
3.医師、又は保健師から検査の結果が通知されるようにしなければならない。
同意を得ないで事業者に提供してはならない。
4.面接指導を受けることを希望する申し出があった場合、医師による面接指導を行わなければならない。
申し出た労働者に対して不利益な取扱いをしてはならない。
5.事業者は、面接指導の結果を記録しておかなければならない。
6.事業者は、面接指導の結果に基づき、医師の意見を聴かなければならない。
7.事業者は、医師の意見を勘案し、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少、その他の措置を講ずる。
医師の意見を労働安全衛生委員会等へ報告、その他の適切な措置を講じなければならない。
8.厚生労働大臣は、必要な指針を公表する。
9.厚生労働大臣は、必要と認めたとき事業者に必要な指導ができるものとする。
10.面接指導の事務に従事した者は、労働者の秘密を漏らしてはならない。
臨時国会に提出し、2012年の秋からの実施を目指すとしている。これが実現できれば、今まで以上にメンタルヘルス不調者の早期発見、早期対処が期待でき、本人の健康上のメリットだけではなく、事業者も社会全体としてのメリットも大きいと考えられる。
しかし一方では、法律改正があったとしても、どの程度浸透するのだろうかという危惧を持っている。なぜなら、2005年にも労働安全衛生法が一部改正され、過重労働・メンタルヘルス対策の一環として、労働時間の状況が一定の要件(1週あたり40時間を越えて行う労働が1月あたり100時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められる者であって、申し出を行った者)に該当する労働者に対して、事業者に医師による面接指導を義務付けた。
勿論、これはこれで企業は今までよりも過重労働に対して無頓着ではいられず、しっかりと取り組んでいる企業も多い。しかし、全ての事業者が取り組んでいるかといえば、現実には厳しい。今だ、中小の事業主の中には、全く取り組んでいない企業もあれば、法改正自体認識のない経営者も実に多いのも事実である。規模の大きい事業所であれば、かなり厳密に運用されているところも多いが、中には、未だに150時間も200時間も時間外労働が当たり前で、本人の申し出がないことを理由に全く面接指導を行っていないところもある。このように、企業の中にもしっかりと取り組んでいる企業と、形骸化している企業と二極化している現実がある。
今回の心理検査の義務化においても「面接指導を受けることを希望する申し出があった場合、医師による面接指導を行わなければならない」というものである以上、二極化にならなければ良いがと思っている。
「申し出のあった場合に面接指導を行う」ことに対して、もう一つ気になる点がある。
それは、面接指導を行った場合は、事業者は次のことをしなければならなくなる。
・面接指導の結果に基づき、医師の意見を聴かなければならない。
・医師の意見を勘案し、必要な措置を講じなければならない。
・労働安全衛生委員会に報告しなければならない。
更にその労働者の危険性を予見することができた以上、その危険性を結果的に回避しなければならない義務が生じる。これは安全配慮義務であるが、「危険予見義務」と「結果回避義務」を適切に実施しなければ、義務違反が問われかねない。言い換えれば、今までのように「知らなかった」、「予見できないものは回避する義務も発生しない」と言い逃れができなくなるということである。
面接指導をすることで今まで以上に、措置を講じる負担などがあり、更に今まで以上に結果回避義務を果たさなければならなくなるのであれば、事業者は面接者が少なければ負担も、結果回避義務も軽減できると考えてしま者もでてくるかもしれない。積極的に面接指導に結び付けようとしない事業者が現れかねないという危惧である。それが起こってしまえば、そもそも何のための法改正であったかということになってしまい、このことからも、形骸化が進まないように願っている。