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河野 英仁
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中国特許判例紹介:中国における補正の実務 (第2回)

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中国特許判例紹介:中国における補正の実務 (第2回)

~最高人民法院による補正に対する新たな指針~

河野特許事務所 2012年7月2日 執筆者:弁理士 河野 英仁

 

                                                            鄭亜俐

                                                    再審請求人

                                   v.

                           セイコーエプソン株式会社等

                                               再審被請求人、一審及び二審原告

 

3.最高人民法院での争点

争点1:第2審における「メモリ装置」の解釈が妥当か否か

 第2審判決は「メモリ装置」は「半導体メモリ装置」の簡称であると認定したが、当該判断が妥当か否か問題となった。

 

争点2:請求項中の「メモリ装置」に関する補正が専利法第33条の規定に違反するか否か

 専利法第33条の立法趣旨に鑑み当該補正が新規事項の追加に該当するか否かが問題となった。

 

 

4.最高人民法院の判断

争点1:第2審における「メモリ装置」に対する解釈は誤りである。

 最高人民法院は、「メモリ装置」を「半導体メモリ装置」の簡称とした高級人民法院の認定は誤りであり、「メモリ装置」は「半導体メモリ装置」を含む上位概念を意味すると判断した。

 

(1)「メモリ装置」の記載箇所

 本特許の原公開明細書の明細書第1ページ第23-24行には、

「プリンタを製造元に持ち込む必要があり、かつ制御データを記録したメモリ装置を交換する必要がある。」

と記載されている。

 

 

 また、原告が第1回審査意見通知書に対して提出した意見陳述書2.2項には「請求項23は図6及び図7に関し、出願人は、「メモリ装置」は図7(b)に示す「半導体メモリ装置61」を示すものと解釈する」と記載されている。

 

(2)「メモリ装置」用語の含意

 当業者の観点からすれば、「メモリ装置」はデータを保存するために用いる装置であり、これには、磁気チップメモリ、半導体メモリ、光電メモリ(optoelectronic storage)、磁気フィルムメモリ、磁気バブル及びその他磁表面のメモリ、並びに、光ディスクメモリ等の上位概念が含まれる。この含意は明瞭であり、明確である。

 

 次に、最高人民法院は「メモリ装置」に関する明細書の記載に注目した。明細書第1ページ23-24行目には、

「記録装置を製造元に持ち込んで制御データを記録したメモリ装置を交換しなければならない」と記載されている。さらに現有技術として以下の記載がある。

「インクの特性と記録ヘッドの駆動方法等とが一体となった時に初めてプリンタとしての印字品質が向上する。」

「ただし、この技術成果を応用する場合、コスト、労働力及びその他の要素を考慮した場合、当該成果は既にメーカから運輸したプリンタに応用することは実際上不可能である」。

 このように明細書中では必ずしもメモリ装置のタイプについては何ら限定していない。

 

 その後、明細書では例示の方式で、日本特許第2594912号が半導体メモリ装置を採用していることを述べている。以上のことから、明細書では、その他のタイプのメモリ装置を明確に排除、あるいは、排除することを暗示しておらず、また「メモリ装置」に対して通常の理解とは異なる特殊な限定をも行っていないと判断した。

 

 以上のことから最高人民法院は明細書及び当業者の観点からすれば明細書中の「メモリ装置」は「半導体メモリ装置」のみを指すとはいえないと判断した。

 

(3)意見書における原告の主張をどのように解釈するか

 原告は第1回審査意見通知書の意見陳述書中で以下のように述べている。

「請求項23は図6及び図7に関し、出願人は、「メモリ装置」は図7(b)における「半導体メモリ装置61」を指すと解釈している」

 

 原告は図を組み合わせ、「メモリ装置」という上位概念を、「半導体メモリ装置」という下位概念に解釈した。最高裁は、上位概念を当該上位概念が含む下位概念に解釈する場合、以下の2つの解釈が存在する可能性があると述べた。

 

第1の解釈:単に一例にすぎないという解釈。すなわち、下位概念は上位概念に属することを示すものである。

第2の解釈:もっぱらそれを指すという解釈。すなわち、上位概念は下位概念と同じであるというものである。

 

 最高人民法院は、原告が意見陳述書において「メモリ装置」に対して、なした解釈が結局どちらであるのか、補正の過程、本特許の原公開明細書等を総合的に併せて判断した。

 

 原告は元の請求項23を補正し請求項1とした。ここで、原請求項23には「メモリ装置」の記載は存在せず、本補正時に「メモリ装置」の記載を新たな請求項1に導入した。原告はこれに対し、解釈をなす必要があり、その由来を意見陳述書にて説明したのである。その過程からすれば、当該意見陳述書の記載をもって「メモリ装置」が「半導体メモリ装置」をもっぱら指すと解釈する可能性は低いと判断できる。

 

 最高人民法院は、一般的な状況下では、出願人がなした審査包袋書類中の意見陳述書は明細書及び請求項の含意を理解するための参考となるが、その参考価値の大小は、意見陳述書の具体的内容と、その明細書及び請求項との関係により定まると述べた。

 

 その上で、明細書には「半導体メモリ装置」と「メモリ装置」とが、使い分けて使用されているということ、及び、上述したとおり、本特許原公開明細書中に記載された「メモリ装置」は広い意味、すなわち上位概念として用いられていることから、意見陳述書の解釈だけに基づき、「メモリ装置」が、「半導体メモリ装置」をもっぱら指すとは解釈できないと判断した。

 

 このように、最高人民法院は、「メモリ装置」は、「半導体メモリ装置」の上位概念であり、半導体メモリ装置を特に指すものではないと結論づけた。従って、「メモリ装置」を「半導体メモリ装置」の簡称と認定した北京市高級人民法院の判断は誤りであり、この点については、再審請求理由は成立すると判断した。

 

争点2:請求項中の「メモリ装置」に関する補正が専利法第33条の規定に違反するか否か

 最高人民法院は「半導体メモリ装置」を「メモリ装置」とする補正は新規事項の追加には該当しないと判断した。最高人民法院が判示した事項は以下のとおりである。

 

(1)専利法第33条の立法趣旨

 最高人民法院は、専利法第33条の適用に当たってはその立法趣旨を考慮しなければならないと述べた。最高人民法院は、専利法第33条には「出願人に特許文書の補正を許すこと」及び「特許文書の補正に制限を課す」という、2つの立法趣旨が存在するとした。

 

(i)立法趣旨1:出願人に補正を特許文書の補正を許すこと

 出願人に特許文書の補正を認めるのは、主に以下の理由によるものである。

 一つ目には、出願人の表現及び認知能力の局限性によるものである。出願人は自己の抽象的な技術的思想を諸々の言語に形成する。具体的な技術方案を表現する際、言語表現に限界が存在することから、往々にして適切に表現しきれない場合がある。

 

 同時に出願人が特許明細書を記載する場合、現有技術及び発明創造等に対する認知に局限があることから、発明創造を誤って理解する可能性がある。特許出願の過程において、現有技術及び発明創造等の理解の程度の高まりに応じて、補正する必要がある。特に審査官が審査意見通知書を発した後に、新たに理解することもあり、出願人は、当該理解に基づき、請求項及び明細書に対し補正を行う必要がある。

 

 二つ目には、特許書類品質を高める要求である。特許明細書は、公衆に対し特許情報を伝える重要な媒体であり、公衆の理解及び発明創造の運用の便宜のために、発明創造成果の運用及び伝搬を促進し、客観上、補正を通じて特許文書の正確性を高める必要がある。

 

(ii)立法趣旨2: 特許文書の補正に制限を課す

 出願人に特許文書に対し補正を許すのと同時に、専利法第33条は特許文書の補正に対し制限を与えている。すなわち、発明及び実用新型特許の申請文書の補正は原明細書及び請求項の記載範囲を超えてはならないというものである。

 

この補正制限を設けている理由は以下のとおりである。

 (a)補正制限を原明細書及び請求項記載の範囲内に制限することにより、出願人に出願段階で発明を十分に公開することを促進し、権利付与手続がスムーズに展開されることを保障せんとするものである。

 (b)出願人が出願時に完成していなかった発明内容を後に特許明細書中に補充することを防止するためである。これにより、当該部分の発明内容が不当に先出願の利益を取得することを防止し、先願主義の原則を保証するものである。

 (c)特許情報に対する社会公衆の信頼を保障し、これを信頼して行動する第三者に不測の損害を防止せんとするものである。

 

 このことから、専利法第33条の立法目的は、特許出願人の利益及び社会公衆利益との間のバランスを実現することにあるといえる。一方で、出願人に明細書の補正及び誤りを正す機会を付与し、できるだけ真に創造性ある発明創造が権利を取得でき保護を得ることができることを保障するものである。その一方で、また出願人が出願日に公開していない発明内容に対し不当に利益を得ることを防止し、社会公衆に原特許明細書に対する信頼を害することを防止するものである。

 

 最高人民法院は立法趣旨を以上のとおり述べ、専利法第33条の適用に当たっては当該立法趣旨に合致するものでなければならないと述べた。

 

(2)「原明細書及び請求項に記載の範囲」の解釈

 最高人民法院は立法趣旨に基づき、「原明細書及び請求項に記載した範囲」の解釈に当たっては、記載した事項に対し広い解釈をおこなうことで、出願人が原明細書及び請求項中に公開していなかった技術内容を包括することを防止する必要があると共に、記載範囲に対して狭い解釈行うことで、出願人が原明細書及び請求項中に既に開示した技術内容に対して顧みないことをも防止する必要があると述べた。

 

 そして、原明細書及び請求項に記載した範囲とは以下の2つを含むと判示した。

 

(i)原明細書、図面及び請求項の文字あるいは図形等で明確に表現した内容、及び

(ii)当業者が原明細書、図面及び請求項の全てを通じて、直接、明確に導き出すことができる内容

 

 最高人民法院は、導き出すことができる内容が、当業者にとって明らかでありさえすれば、当該内容は原明細書及び請求項の記載範囲に属すると認定することができ、補正後の特許明細書が新たな技術内容を導入していなければ、特許明細書の補正は原明細書及び請求項の記載範囲を超えないと述べた。

 

 特許文書の補正が原明細書及び請求項の記載範囲を超えるか否かに対する判断は、原明細書、図面及び請求項の文字及び図形により表現される内容を考慮するだけではなく、さらに、当業者が上述した内容をまとめた後に明らかな内容をも考慮しなければならないということがいえる。この過程において、前者だけ重要視し、補正前後の文字に対し字面対比を行って軽々しく結論を出すことはできない。また後者に対し機械的理解を行い、当業者が直接、明確に導き出すことができる内容を、数理ロジック上唯一確定する内容と理解することもできないと判示した。

 

(3)本件における「メモリ装置」に関する補正が専利法第33条の規定に反するか否かの具体的判断

 原明細書には以下のとおり記載されている。

「インクの特性と記録ヘッドの駆動方法とを改善することでプリンタの印字品質を向上することができるが、当該成果は、製造業者を離れたプリンタへ適用することは困難であり、それゆえ、プリンタを製造元に持ち込む必要があり、かつ制御データを記録したメモリ装置を交換する必要がある。」

 

 このように、現有技術は、インクカートリッジに半導体メモリ装置とこれに接続する電極を配置するとともに、プリンタ本体側にも電極群を配置し、半導体メモリ装置に格納されているデータを読み出し、このデータに基づいて、記録操作を制御する技術方案を提案している。プリンタは接触不良、データ紛失等の技術問題が存在することから、本特許出願は、インクカートリッジ側壁に回路板を配置し、回路板の外面に接点を設置し接点は外部の制御装置に接続でき、これにより、外部制御装置が接点を通じて半導体メモリ装置にアクセスするという技術効果を実現するのである。

 

 当業者の観点からすれば当該原特許出願公開明細書、請求項及び図面を併せれば、容易にその他のメモリ装置を用いて半導体メモリ装置と置換することができると連想でき、かつ、当該技術方案は同様に非半導体メモリ装置を使用するインクカートリッジに応用することができるということを導き出せる

 

 原告は、分割出願の際、自発的に原請求項中の「半導体メモリ装置」を「メモリ装置」に補正した。しかしながら、補正後の請求項は、当業者が原特許出願公開明細書、請求項及び図面の記載を結合して直接、明確に導き出すことができる内容と比較して、何ら新たな技術内容を導入していない。以上の理由から、補正後の請求項「メモリ装置」についての補正は原特許出願文書の記載範囲を超えておらず、専利法第33条の規定に適合すると結論づけた。

 

 

5.結論

 最高人民法院は、北京市高級人民法院が「メモリ装置」を「半導体メモリ装置」の簡称であると認定したことは妥当ではなく、再審請求人の請求は部分的に成立するが、原告が「メモリ装置」に対してなした補正は専利法第33条の規定に適合するという判決結果は正確であることから、北京市高級人民法院の判決を支持し、再審請求を却下した。

 

 

6.コメント

(1)審査基準とは異なる解釈

 今回の最高人民法院の判決は、補正の許容範囲について極めて厳格である現行の基準を緩和するものである。

 専利法第33条は

「出願人は、その特許出願書類について補正することができる。ただし、発明及び実用新型の特許出願書類の補正は、原明細書及び特許請求の範囲に記載された範囲を越えてはならない。」と規定しており、ここで「記載された範囲」とは、審査指南において以下のとおり規定されている。

 

「当初明細書および請求項の文字どおりに記載された内容と、当初明細書および請求項の文字どおり記載された内容と明細書に添付された図面から直接的に、疑う余地も無く確定できる内容を含む[1]。」

 

 このように審査指南では「直接的に、疑う余地もなく確定できる内容」をも含むと規定されているが、近年の中国権利化実務では、事実上「文字どおりに記載された内容」に補正が制限され、中国における補正は他国と比較してより慎重に行わなければならない。

 

 今回の最高人民法院の判決では、専利法第33条の立法趣旨に鑑み、この審査指南に規定された基準とは異なる基準が以下のとおり採用された。

 

(i)原明細書、図面及び請求項の文字あるいは図形等で明確に表現した内容、及び

(ii)当業者が原明細書、図面及び請求項の全てを通じて、直接、明確に導き出すことができる内容

 

 最高人民法院の基準の下では、現行の審査指南「直接的に、疑う余地もなく確定できる内容」よりも広い範囲で補正が許容される。

 

(2)補正制限の緩和傾向

 現在の実務では補正をすることができる範囲が極めて制限されていることから、本事件を含め、最高人民法院は当該制限を緩和する判決を出す傾向にある。次回も引き続き補正の制限に焦点を当てて解説する。

 

判決 2011年12月25日

                                                                            以上



[1] 審査指南第2部分第8章5.2.1.1 補正の内容および範囲

 

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