中国特許権侵害訴訟における現有技術抗弁 (第3回) - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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中国特許権侵害訴訟における現有技術抗弁 (第3回)

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中国特許判例紹介:中国特許権侵害訴訟における現有技術抗弁 (第3回)

~現有技術抗弁における実質的相違の解釈~

河野特許事務所 2012年5月18日 執筆者:弁理士 河野 英仁

 

                             区徳健

                                              一審被告、二審上訴人

                               v.

                           トスカ株式会社

                                          特許権者、一審原告、二審被上訴人

4.北京市高級人民法院の判断

イ号製品と米国特許とは実質的相違がなく現有技術の抗弁が成立する

(1)現有技術の抗弁に関する司法解釈

 現有技術の抗弁は上述したとおり専利法第62条に規定されているほか、詳細な要件については司法解釈に規定されている。2009年に公表された司法解釈[2009]第21号第14条では以下のとおり規定している。

 

 第14条 訴えられた、特許権の技術的範囲に属する全ての技術的特徴が、一の現有技術方案の対応する技術的特徴と同一または実質的相違がない場合、人民法院は、権利侵害の被告が実施した技術は専利法第62条に規定される現有技術に属すると認定しなければならない。

 

 ここで問題となるのが、イ号技術が現有技術と同一の場合のみならず、実質的相違がない場合にまで範囲が拡大されていることである。本事件では実質的相違の範囲がどこまで及ぶのか問題となった。

 

(2)米国特許の内容

 参考図3は米国特許の断面図である。

  参考図3 米国特許の断面図

 参考図4はタックピンを示す説明図である。

  参考図4 タックピンを示す説明図

 

 米国754特許の移動板21はピン23を通じて揺動する送り片22を備えており、送り片22はタックピンの連結部4の間に噛み合うツメ部22aを有し、下端において送り片22はその下辺に沿って延びるスリット22bを有し、スリット22b中にはスライダー19の前端一側の突起19bを備える。これにより、スライダー19が前後移動する際に、送り片22はピン23を揺動運動の支点として揺動する。

 

(3)米国特許とイ号製品との対比

 米国特許と、イ号製品との対比を行えば、主な相違点は以下のとおりである。米国特許の送り片22はスリット22bを有し、スライダー19が前後移動する際に、スライダー19の前端突起19bはスリット22bの側壁に当たり、送り片22がピン23を揺動運動の支点として揺動するのである。

 これに対し、イ号製品の移動部材9はレバー3を通じて前後移動し、移動部材9が前に移動した際、送り部材18の受け部18jに当接して、送り部材18の頭部下端を引く。これにより、送り部材18の揺動を実現するのである。

 

 両者の実現する機能から見れば、イ号製品及び米国特許は共に制御レバーを通じて中間レバーを揺動し、それにより移動部材9を往復水平移動させ、さらに、送り部材18を揺動させ、かつ、タックピンを移送させる点で共通する。

 発明の目的を実現する手段から見れば、両者は中間レバーの揺動を通じて移動部材9を水平移動させ、送り部材18の頭部を引いて揺動させる点で共通する。

 以上からすれば、両者は同一技術課題を解決するために、基本的に同一の技術手段を採用し、具体的な実現方式上の微差は、当業者にとって公知の技術手段を直接置き換えたにすぎないといえる。

 

 原告は、米国特許は661特許の19cの技術特徴を開示していないと主張した。これに対し、高級人民法院は、以下のとおり判断した。

 原告特許中の歯19c部品は制動部材としての歯である。その作用は送り部材18の歯18fが上昇する際にタックピンを押さえつけ、それがつられて移動しないようにするものである。イ号製品中にもその機能と基本的に同一の部品が存在しており、その点は被告も認めている。

 しかしながら、この歯19cを用いて対応する技術問題を解決することは当業者が通常採用する技術手段であり、この点は原告特許の明細書中からも証拠として得ることができる。すなわち、特許明細書には以下の記載がある。

 

「【0007】この係止片の取付機には各種のものが提案されているが、その一例をあげれば特公昭61-35051号公報がある。この取付機は特に密接ピンを打込むために開発されたものであり、従来にない優れた機能を持つ・・・

【0008】具体的には、中間レバー12で駆動されるスライドバー19、このスライドバー19で揺動される支持板21、この支持板21上に載置される係合爪22aを有する送り片22、この係合爪22aが係止片群の横棒の上段のものに係合するために上昇する際に係止片群が上方に連れ移動しないように停止される戻り防止部材25、この戻り防止部材25を前方に弾圧するスプリング26等、各種の精密が部材を必要とする精密機械を構成している。」

 

 以上のことから、原告が出願をする以前から現有技術中のタックピン取付機はすでに同一の機能を有する歯19cの使用を開始しており、原告特許の発明の目的は必ずしも当該部品に改善を加えたものではない。従って、たとえ米国特許が歯19cに対応する部品を開示していないとしても、当該技術特徴は本領域における公知常識であり、当業者であれば何ら創造的労働なく採用することができるため、依然として米国特許とイ号製品とに実質的相違があるとは認定できない

 

 以上の理由により、イ号製品は現有技術である米国特許と実質的相違がないことから被告の現有技術の抗弁が成立し、特許権の非侵害が認定された。

 

5.結論

 広東省高級人民法院は、中級人民法院の判断を支持しつつも、第2審で提出された米国特許に基づく現有技術の抗弁が成立することから、イ号製品の差し止め及び損害賠償を認めた第1審判決を取り消す判決をなした[1]。

 

6.コメント

 特許無効の抗弁が人民法院において認められない中国の特許訴訟においては現有技術の抗弁が頻繁に被告から主張される。2009年に公布された司法解釈によれば現有技術と同一の技術のみならず実質的相違がない技術についても現有技術の抗弁が認められる。

 

 本判決で判示されたように、「実質的相違」か否かは均等論に類似したアプローチにより判断される。均等論の適用要件は専利法で規定されていないが、司法解釈では、

「均等な特徴とは、記載された技術的特徴と基本的に相同する手段により、基本的に相同する機能を実現し、基本的に相同する効果をもたらし、且つ当該領域の普通の技術者が創造的な労働を経なくても連想できる特徴を指す。」

と規定されている(司法解釈[2001]第21号第17条)。

 

 本事件では、送り部材の揺動メカニズムの機能及び効果の相違に着目し、実質的相違なし、と判断している。

 

 問題なのはイ号製品の歯19cが米国特許に開示されていないにもかかわらず、現有技術の抗弁を認めたことである。この点、高級人民法院は、本件特許明細書の従来技術欄に歯19cが公知技術と記載されていたことから、実質的相違がないと判断したのは疑問の残るところではある。661特許の明細書の従来技術欄には従来技術の説明が丁寧になされており逆に現有技術の抗弁の成立を助けることとなった。従来技術の記載は最低限にとどめておくべきである。

 

判決日 2010年10月28日

                                                                           以上



[1] 広東省高級人民法院2010年10月28日判決 (2010)粤高法民三終字第197号

 

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