事業承継と後継者が先代社長のブレーンと衝突した場合の対処法 - 事業再生と承継・M&A全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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事業承継と後継者が先代社長のブレーンと衝突した場合の対処法

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第2 先代社長のブレーンと衝突した場合の対処方法

 事業承継の際に,先代社長のブレーン(役員,従業員,従業員兼務役員)と経営方針などで衝突した場合,後継者がとるべき方策としては,

①先代社長のブレーンのポジションを尊重し,後継者が譲歩する 

②先代社長のブレーンのポジションを変更し(降格など),後継者の社内での発言力を強める 

③先代社長のブレーンに退任・退職してもらう 

といった3つに大きく分けられると考えられます。

以下,先代社長のブレーンが役員の場合,従業員の場合,従業員兼務役

員の場合に分けて,①~③の方策をとる場合に生じる法律上の問題について,具体的に説明します。

従来,類書では触れられることのなかった「事業承継と労務」という視点を提供し,読者の皆様におかれましては,第2章以下を読み進めるにあたっての理解の一助としていただければ幸いです。

 

1 役員の場合

 まず,第3部 会社法編の総論で示した【事例】における戊,すなわち,先代社長の弟(後継者のおじ)が常務取締役(従業員兼務でない)であるケースを考えてみます。長男丙を後継者にすることに必ずしも賛成していなかった戊が,後継者丙と対立を深めた場合を想定します。

おじは先代社長をサポートし,会社にとって功績のある人です。

そこで,会社に対するおじの功績を尊重し,①先代社長のブレーンのポジションを尊重し,後継者が譲歩するという第1の方法も一つの選択肢ではあります。

しかし,おじも高齢化し,古い経営方針に固執していて,後継者の新しい経営方針にまったく合わない場合があります。そのような場合には,後継者の側としては,②先代社長のブレーンのポジションを変更し,後継者の社内での発言力を強める ③先代社長のブレーンに退任してもらうといった第2,第3の方法をとる必要があります。

第2の方法のうち,おじの現在の役職である常務取締役を解任して,平社員(顧問,相談役)とすれば,後継者の社内での発言力は強まるでしょう。   

しかし,それをおじが納得するとは限りません。そこで,おじの役員としての立場は残しつつ,非常勤として勤務させることも考えられます。このような場合には,後継者は非常勤役員としての職務内容に見合った報酬に減額したいと考えるでしょう。この場合,取締役の報酬請求権が問題となります。

第3の方法としては,例えば,(ア)おじに対して話し合いにより取締役の辞任を求める,(イ)後継者がおじを解任する,(ウ)現在の任期満了後,おじを取締役として再任しないという対処法があります。ほかに,(エ)取締役解任の訴えといった手段の利用も考えられます。

いずれの場合にも役員退職慰労金を支給するかしないか,支給するとして適正な額はどのように計算するかという問題があります。

取締役を解任する場合には,株主総会決議が必要ですし(会社法339条1項),任期途中の解任の場合には,おじから解任による損害賠償請求(会社法339条2項)がされる場合もあります。

第3の方法をとり,おじに役員を退任してもらう場合,従業員兼務でない者については,従業員としての側面がありませんから,取締役の職を失えば,従業員としての地位が残ることもないといえます。

役員に対する処遇は,主として会社法の問題となります。

 

2 従業員の場合

次に,第3部 会社法編の総論で示した【事例】における戊,すなわち,先代社長の弟(後継者のおじ)が先代社長の補佐役として,いわゆる番頭的立場の従業員である場合を考えてみます。

先代社長の補佐役であったため,会社の業績に貢献しており,また従業員の間でも人望がある場合が多いものです。そのため,①先代社長のブレーンのポジションを尊重し,後継者が譲歩するという第1の方法も一つの選択肢ではあります。

しかし,おじが後継者の言うことを聞かず,従来の経営方針に固執していて,新社長の新しい経営方針にことごとく反対しているような場合もあり得ます。このような場合には,②先代社長のブレーンのポジションを変更し,後継者の社内での発言力を強める ③先代社長のブレーンに退職してもらうといった第2,第3の方法をとらざるをえません。

第2の方法については,おじは従業員ですから,そのポジションの変更は配置転換(配転)ということになります。また,近年において企業の人事管理の手段として配転と同様に活用されている出向・転籍といった手段もあります。

おじの功績を考慮し,他企業へ役員として出向させることも考えられます。この場合,役員としての出向中は,出向元会社との労働契約関係と出向先会社との委任契約関係とが併存することになります。

転籍の場合,労働者は自己の雇用先企業から他企業へ籍を移して当該他企業の業務に従事することになりますから,第3の方法としても利用することが可能です。

いずれにせよ,おじを閑職に人事異動させたりすれば,人事権の濫用としてその有効性が問題となります。

人事権の濫用として当該人事異動の効力が認められない場合において,後継者がおじに対してさらに執拗に圧力をかければ,パワーハラスメントとして損害賠償責任を負わされることが起こり得ます。さらに,後継者との対立が深まった状態では,おば(女性)であればセクシャルハラスメントの問題となることも考えられます。

第3の方法として最も一般的なものは,解雇ということになります。ただし,後継者の経営方針に合わないからというだけで,正当な理由もなく解雇した場合には,解雇権濫用法理により当該解雇は無効となるでしょう。

退職を強引に勧めた場合には退職勧奨が違法となる場合があります。

社内での人望も厚いおじを冷遇すれば,下手をすれば,労使紛争ないし労働争議に発展しかねません。ほかにも,定年制や賃金・退職金も問題になります。

従業員に対する処遇は,主として労働法の問題となります。

 

3 従業員兼取締役の場合

最後に,第3部 会社法編の総論で示した【事例】における戊,すなわち,先代社長の弟(後継者のおじ)が専務取締役としての名称ではあるものの,従業員兼取締役である場合を考えてみます。

 この場合,基本的には,おじが役員(従業員兼務でない)の場合に問題となることと,従業員(いわゆる番頭的立場)の場合に問題となることの双方が問題となります。

したがって,従業員兼取締役の処遇については,主として会社法と労働法の問題となります。

例えば,おじを退職させるためには,取締役の職を解くだけではなく,従業員としての地位を消滅させるために解雇の意思表示が理論的には必要となります。取締役を再任しなかったことをもって,当該取締役に対して黙示的な従業員としての解雇の意思表示を行ったとの会社の主張を認めなかった裁判例として,長野地松本支判平成8・3・29労判702号74頁があります。

そして,従業員兼務取締役の退職慰労金は,役員としての退職慰労金と従業員としての退職慰労金とに分かれることになります。

取締役に従業員としての身分も認め,従業員退職金規定の適用により退職金の支給を受けることを認めた裁判例として,千葉地判平成元・6・30判時1326号150頁があります(ほかに,合資会社の取締役に従業員退職金規定の適用を認めたものとして最判平成7・2・9判時1523号149頁)。

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