型を追及した先の自由

京都のある旅館の知人を訪ねました。和室に通されしばらく待っていたら、襖の外から「失礼致します」の声が聞こえ、襖がそろっと開きました。知人が膝で進みながら入ってきて、襖を閉めてすぐ、その襖の前で、両手を突き、ご挨拶をされました。真っ白なぱりっとした甚平を着ています。知人はまだ若い男性です。

ご挨拶というのは、「遠いところを、わざわざ～、おおきに～」というねぎらいと感謝ですが、その話し方は、普段しゃべっているのと同じでした。

私は、普段通りの丁寧なしゃべり方と、動作の型の美しさに感動しました。とても美しい動作と、普段どおりの丁寧な話し方、真っ白なぱりっとした甚平に、私はとても丁寧にもてなされている、いうことを、自分の粗雑さと引き換えにしながら、大いに感じました。

自由に振舞うことは、個性や自分らしさを大事にすることであるのであれば、自由と制限の境目はどこにあるのでしょうか。長い歳月の中で大成された動作の型に、何がこの美しさを大事にさせているのか、ということに興味を感じます。

襖の外から声を掛ける、それで室内の私は居住まいを整えることができます。襖をまず僅かに開け、一旦その動きを止めた後、自分の体が入るだけの広さを開ける。膝行（しっこう）で部屋の中に入るのは、姿勢を低くすることで、室内の客を高くもてなしているという心を表現しています。

「個性が大切ということじゃなくて、共通分母にたどりつくことが、大切なんです。そうすると、その中に、個性が入っているんです」、アニメーションの巨匠、宮崎駿監督の言葉です。劇団四季の浅利慶太氏も、決まった形を演じるところに個性がある、と言います。絵画の世界ではピカソ。ピカソの絵はとても個性的です。小学生が描きそうな絵だとも言われることもあります。しかしピカソのデッサン図は、非常に精緻で、精密で、正確です。スポーツの世界では、トップクラスのアスリートほど、決まった型を基礎練習で繰り返し繰り返し練習します。

人と人が出会ったとき、お辞儀をするのは日本の型です。握手をするのは西洋の型です。それぞれに文化の共通分母があります。そしてさらに、この異なった型同士でも、相対する、互いに観る、動作をあわせる、というような共通分母があります。文化の違いを超えて存在する共通分母が、コミュニケーションの型です。

型があるから、私たちは人のつながりの中で、個性を発揮し自分らしく自由でいられるのです。型を守ることから、私たちは新しい世界へと発展することができます。