せいさつ（０６４）社長と高級品と社員たち

世には「自分のお気に入りの品」や「こだわりの品」を紹介する…或いは、ひけらかす…といった類の（雑誌や番組等）コーナーというものがある。
紹介される品はバラエティに富んでおり、ある時は高級ステーショナリーだったり、洒落た装身具だったり、趣味のいい靴や鞄だったりする。

私も自分の興味のある物が紹介されているとだったりするとついつい見てしまうのだが、ある時期を境にして、その種の（一部の）特集を素直に楽しむことが出来なくなってしまった。

それは以下のような事情からである。

ある時その手の特集に、とある会社の社長が出ていた。
私はそこに写る、趣味のよさそうな、そしていかにも高価でありそうな「こだわりの品」にしばし見入ったあとで、何気なくその人の顔…特にそのまなざし…をじっと見つめた。

そこには熾烈な企業競争を勝ち抜く成功者の姿があった。
彼の目は「自信に満ち溢れて」いて、その表情は「誇らしげ」だった。
メディアが自分のところへ寄ってくることのプライドを体全体で表現しているように見えた。

数日後、偶然なのだが、その会社の噂を耳にした。
それは、社内に潜む様々な問題と、それに振り回される社員の怨嗟怨言だった。

それはあくまでも噂であり、私には真偽の程はわからなかった。
しかし、火の無いところに煙は立たない。
程度の差はあったとしても、相応の問題を抱えているのだろうと推量した。

そして思った。

「社員がこの記事を見たら何を思うのだろう？」
「この記事を見た社員はやる気が出るだろうか？」
「こんなところへ出る前にやるべきことがあるだろう、と陰口をたたかないだろうか？」

繰り返すが、怨嗟怨言が本当かどうかはわからない。
しかし、もし噂が本当だったとしたら…。

私はその記事をあらためて取り出し、もう一度その人を見た。
そして、何とも言えない複雑な気持ちになった。

（中沢努「思考のための習作」から抜粋）

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