テーマパークの歴史その2 - 販促・プロモーション戦略 - 専門家プロファイル

青田 勝秀
大国屋ビジネスコンサルティング株式会社 
Webプロデューサー

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閲覧数順 2016年12月10日更新

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テーマパークの歴史その2

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前回はテーマパークの前進となる遊びの集積地「歓楽街」について歴史的な考察を加えましたが、今回はテーマパークの原型となった公園について書きます。この話は師である堀貞一朗先生からお話を伺ったものです。


チボリ公園


2008年12月31日に惜しまれながら閉鎖された倉敷チボリ公園をご存知でしょうか?岡山県倉敷市寿町(JR倉敷駅北口前)にあった公園です。デンマークのチボリ公園と契約を交わし、敷地面積は約12ヘクタールに20のアトラクション、10店舗以上の土産屋、10店舗以上のレストランが配置された公園でした。経営難で惜しまれながら昨年末に閉鎖されていきました。

このデンマークのチボリ公園というのが現在のテーマパークの原型になっているのではないか?というのが堀先生の持論です。デンマークに所在するこのチボリ公園は1843年にゲオ・カーステンセンが、国王クリスチャン8世から約6ヘクタールの土地を借り受けて開園した公園です。ただの土地を借りたのではなく城の一角を借り受けたのが味噌でした。堀を埋め立てて城壁を残してその中に公園をつくりました。偶然の産物だったのかもしれませんが、外の世界と中の世界を遮断することに成功しました。

外界からの遮断


この外界からの遮断は現在のテーマパークでも利用されています。ディズニーランドにいった方でお気づきの方は多いとおもいますが、ランドの中から外の世界を見ることはできません。アドベンチャーランドからウェスタンランドはみることが出来ないですし、その逆もしかりです。各テーマで完全に遮断されているのです。

これを最初に実施したのがチボリ公園といわれています。チボリ公園はアトラクションなどはありますが、基本的に夜に大人たちが集い遊ぶ場所として作られています。テーマパークに行くつもりでいかれると少し違うかもしれませんからお気をつけください。


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