- 平 仁
- ABC税理士法人 税理士
- 東京都
- 税理士
対象:会計・経理
3年半ぶりの税法学への掲載になりましたが、平成16年度税制改正において
抜き打ちで改正された土地建物等の譲渡損失の損益通算廃止が争われた
東京高裁平成21年3月11日判決(TAINSコードZ888-1413)を題材に、
「情報発信に伴う税理士の専門家責任」について論文を書きました。
題材として取り上げた東京事件と同様の事件が、福岡と千葉でも訴訟になり、
千葉事件は、東京事件と同様、現在最高裁で係争中です。
ここでも判例を既に紹介済みですが、東京事件高裁判決についてはまだ
紹介していませんでしたね。
高裁はいずれも納税者敗訴の判決を下しておりますが、平成16年度税制改正
については、不利益遡及立法に当たる違憲改正であった可能性が多分に
残されており、最高裁の判断が待たれるところである。
私がこの事件を取り上げて論文を発表したのも、租税訴訟学会の山田会長が
弁護人を務める最高裁への応援の意味を兼ねています。
ただし、山田会長と意見交換をした上で書いたものではありませんので、
主張としては大分違うことは承知の上ですが。
大学での講義でも憤りを一切隠さずに話しておりますが、この事件では、
平成15年12月15日に公表された政府税調の平成16年度税制改正答申に
おいて一切触れていなかった土地建物等の譲渡損失について、その2日後の
平成15年12月17日に公表された自民党税調(連立与党の承認後は
与党税調となる)による平成16年度税制改正等において、忽然と姿を見せた。
しかし、当時の当税調の議論や答申は、HP等でも全文を確認することが
できず、新聞報道等による要旨の確認ができるに過ぎなかったが、
「翌18日には、新聞各紙において与党大綱に関する記事が1面を飾った
ものの、朝日、読売、毎日、日経の各紙を調べたところ、4紙とも、
記者による記事の中には譲渡損失の損益通算の廃止の文字は1ヶ所もなく、
与党大綱の要旨についても、朝日は「譲渡損失の他所得との損益通算は
廃止する」とのみ掲載し、読売、毎日は「土地、建物等の長期譲渡所得の
金額又は短期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の計算については、
土地、建物等の譲渡による所得以外の所得との通算及び翌年以降の繰越しを
認めない。」との注書きを省略し、注書きまで掲載していたのは、
日経のみであった。
税制改正においては、改正後から適用されることが前提として考えられて
いるからこそ、遡及する場合には注書きするところであるが、遡及立法ないし
遡及適用するための要件として必要となる国民への周知を果たすために
必須であった注書きを主要3紙は掲載していなかったことは明らか」であり、
改正直後に正確な情報を国民が得ていた、周知されていたと考えることが
できるはずがない状況であったのです。
(引用、拙稿「情報発信に伴う税理士の専門家責任」税法学561号136頁)
このような状況に対して、千葉事件地裁判決では、
「与党の「平成16年度税制改正大綱」の内容が報道された直後から、
資産運用コンサルタント、不動産会社、税理士事務所等が開設している
ホームページ上において、次々に値下がり不動産の年内駆け込み売却が
勧められ、また、一部の税理士は、平成15年中にこの事態に対処していた
と報じられていた」という事実認定を根拠の1つとして、本件改正が国民に
周知されていたとする判決が下されている。
同様に、東京事件や福岡事件も国民への周知ができていたとの認定が
なされている。
しかし、「クライアントに対して適切な情報発信を怠った場合には、
少なくともクライアントへの道義的責任は免れず、税理士賠償訴訟の
対象にもなりかねない事態を引き起こす」(拙稿154頁)ことも考えられる。
さらに、特に「原告は、これらの売買の際、不動産仲介業者から、
本件改正の話を聞いたことはなく、翌年の確定申告を行う準備として
諸経費を含む領収書等を保管」しており、「原告は、後に、不動産仲介業者に
苦言を呈したところ、本件改正は耳にしていたが、改正前であったので
言及しなかったとの説明を受けた」とする事実認定がなされた福岡事件では、
不動産仲介業者の説明義務違反が問われかねない事態にもなっている。
「しかし、不動産業者に課せられる説明責任について、本件判決は、租税法の
専門家ではない者に法改正前の段階でその改正内容についてまで専門家責任を
負わす形になり、酷である。
税の問題で、税理士の専門家責任が回避され、他の専門職業人の専門家責任
だけが残るというのは、論理的に矛盾するといわざるを得ない。」
(拙稿156頁)
このような事態を引き起こさないためには、クライアントに税理士が情報発信
することによって、少なくともクライアントである不動産業者に情報提供
することが求められようが、「官職名を付して税務当局担当者が執筆した
実務指南書でさえ私的著作物であるとして、その記述に法的根拠としての
意味を一切否定した最高裁平成16年7月20日判決(いわゆる平和事件)と
相反するものである。」(拙稿157頁)
「本件判決は、実務家が依って立つ判断基準を税制改正大綱という
法的根拠を持たない私的著作物でよいとするものであり、
最高裁平成16年7月20日判決に相反する。
この判決がもしこのまま最高裁で確定するとすれば、一方で私的著作物
ではなく判例等を総合判断しなさいとしながら、他方で私的著作物を
根拠に総合判断しなさいとすることになり、
税理士が税理士賠償訴訟を免れるために依って立つべき判断基準が
なくなってしまうことになる。
また、権威を持った私的著作物に従った判断が間違っていたとしても、
平和事件高裁判決が示したように加算税が課されない正当な理由が
あるものと判断せざるを得ないであろう。」(拙稿157-158頁)
加算税の問題については、一連のストックオプション事件が最高裁で
給与所得と認定された後に提起された訴訟の中で、一時所得として
申告したことに正当な理由を認めて加算税が取り消されていることも、
注意すべきであろう。
いずれにせよ、不利益遡及立法の問題は、税理士に対して情報発信を
半ば義務として要求する結果となっているが、一方で、「税理士等が
HP等により情報発信していた事実が、不利益遡及立法をする具体的
必要性として認定されていることは皮肉なことである」(拙稿158頁)。