- 西田 奈穂子
- キャリアカウンセリング・コンフィアンサ 代表
- 大阪府
- キャリアカウンセラー
対象:キャリアプラン
- 宇江野 加子
- (キャリアカウンセラー)
- 冨永 のむ子
- (パーソナルコーチ)
他大学にまで求人票を見に行った、超氷河期という時代
私が就職したのは2000年、就活をしていたのは1998-1999年でした。
当時は超氷河期。
最終面接までは行くもののなかなか内定が出ない、そんな状況でした。
あと一歩というところで、また振り出しに戻される感覚。これはもう「人として否定されているんではないか?」と錯覚するくらいの辛い体験だったのです。
しかし、周りを見渡しても同じような状況。
他大学にきている求人票を見に行ったり、面接で一緒になった子と情報交換をしたり、OB・OG訪問をしたりとできることはたくさんやりました。中には、一度落ちた会社に再度アプローチして面接をしてもらったという子もいたくらいです。
さらに追い打ちをかける編入生という「身分」
さらに、編入学生だった私は単位認定の仕組みの関係で必修の授業がまだたくさん残っていて、超氷河期という時期に授業優先で就職活動を行っていました。単位が取れないと就職はおろか卒業もできないからです。
授業は真剣、就活は必死。
就職面接のときは、編入の仕組みを知らない面接官が目の前にいます。
「なぜ、単位が残っているのか」「卒業までに取得できるのか」と何度同じ質問をされたかわかりません。大学編入の中でも2年で卒業するのがやや難しいとされる単位認定方式を採用している大学に入ったこともありますが、この状況が同じ大学に編入学生として通っていた人たちの間では普通の状況だったのです。
ですから、通常の自己PRや志望動機以外に「いかに編入という制度について精通していない面接官にこの制度をわかりやすく説明するか?」ということにも頭を悩ませていました。
短大に通いながら予備校にも通い、しっかり専門の勉強をして編入したことを、面接官にはてっきり歓迎されてスグに内定が出るとばかり思っていた当時の私。
思わぬ就活の落とし穴でした。
就職難を「こんなもん」と思えるか否か
売り手市場から一転、いつ就職難になるかはわかりません。今の状況も、まさかこんなことになるなんてと思っていた人も多いのではないかと思います。
しかしながら、環境というものは自分一人の力ではなかなか変えることはできないですし、いかに「こんなもん」と思えるかにかかってると言っても過言ではないと思うのです。
「自分だけじゃない。今の世の中こんなもん!」と思えれば、それに対処できる術を自然と考え、行動するはず。
就職難に就活することは大変ではありますが、精神的にはタフになり社会人になってからも比較的それなりに渡り歩いていけるものです。就職難なりのメリットはあります。
そしてそんな時代にこそ、人的ネットワーク形成力と情報収集力が養われるべきだと感じています。
就活生の皆さん、どうかくじけず頑張ってください!
キャリアカウンセリング・コンフィアンサ
西田 奈穂子