希望退職制度の設計のポイント
希望退職制度の設計の詳細はここではふれませんが、重要となるポイントは募集人数と優遇条件の設定といっても過言ではないでしょう。募集人数の決定は個々のケースで様々ですが、会社全体の財務状況や今後の事業計画などから総合的に考えて、最終的にはトップマネジメントの意思決定により目標人数を設定するということになります。目標人数の多い少ないに関わらず、本制度は社員の痛みを伴うものです。トップマネジメントはどれだけの人数の社員に退職してもらわなければならないのかを、シンプルな内容で強い意志をもって社員に伝えなければ、社員の十分な理解は得られません。
ある会社では全社員をそれぞれの事業所に同時に招集し、ビデオを使って社長のメッセージを同時に伝えたという事例があります。こういう内容は時間差があると一時的にでも情報の格差が生じ、必要以上に社員間での間違った情報の伝播や不安感の醸成をもたらすため、メッセージの同報が重要です。その後プレスリリースにより希望退職制度の実施を正式に発表しています。
希望退職制度における(理論的)優遇条件
希望退職を募集する場合には、何らかの優遇条件を付与するのが通例です。優遇条件の設定は希望退職制度を魅力的なものにするかどうかの最重要ポイントです。経済学者のE・ラジアーは、社員の定年退職までの期間における「生産性の現在価値」、「現職場の賃金の現在価値」、「転職先での賃金の現在価値」の3つの予測値から次のような考え方を提示しています。
「生産性の現在価値」とは、ある社員がこれから将来にわたって生み出す生産物の現在価値という意味で、社員のこれからの会社に対する貢献と考えて下さい。「現職場の賃金の現在価値」とは、会社が今後この社員に支払うことになる賃金総額と捉えると分かりやすいです。「転職先での賃金の現在価値」も、この社員が転職した場合、その転職先で今後獲得できる賃金総額と考えて下さい。
まず会社側としては、現職場の賃金の現在価値よりも生産性の現在価値の低い社員の退職を望みます。要するに生産性よりも賃金が高い社員です。この場合、その社員に提示できる優遇条件(会社側)は、(現職場の賃金の現在価値)―(生産性の現在価値)で計算することができます。
これは、その社員を雇用し続けた場合に、会社が余分に負担しなければならない金額に相当します。つまり会社が社員を抱えることで損する金額です。よって会社としては、この金額までなら、社員に優遇条件として上乗せして退職勧奨することができます。
一方、その社員にとっては、転職先での賃金の現在価値が現職場の賃金の現在価値よりも低くなる場合、退職しないことが得策ですが、優遇条件によっては希望退職をしたほうが得策となります。そのときのその社員が希望する優遇条件(社員側)の考え方は(現職場の賃金の現在価値)―(転職先での賃金の現在価値)で計算することができます。
これは、その社員が転職した場合に失う賃金に相当します。もし、この損失を優遇条件で補填してもらえるのなら、社員にとっても希望退職に応募するメリットがあります。
このように考えると、会社側も社員側もメリットのある優遇条件は、優遇条件(会社側)>優遇条件(社員側)が成立するときになります。要するに、会社側が提示できる退職時の加算金額が、社員が転職により失うであろう賃金の額を上回る場合にのみ希望退職の応募が成立するということです。
希望退職制度における(実際の)優遇条件
しかしながら、現実の実務では優遇条件を個別に設定するわけにはいきません。実務が煩雑になり、社員間の公平性の点でも問題となるからです。そこで同一条件を提示して希望者を募ります。具体的には、求職期間中の生活が維持できることを前提に、応募することの魅力を感じてもらえるよう考慮し、月額給与×一定期間(月数)を優遇条件として設定することになります。
2年間の給与を上乗せする会社もありますが、優遇措置は会社の状況により様々です。ある会社の事例では、優遇条件は月額給与×12ヶ月としつつ、優遇条件の割増退職金を一括で支給するのではなく、3ヶ月間の在籍を認め、その期間は出社せず転職活動に専念させるというやりかたをとりました。当然その期間の給与は優遇条件から差し引きます。社員にとってみれば、在職しながら就職活動することで、応募先の企業から退職理由について追及されることが少なく、転職活動を有利にすすめることができるメリットがあります。
★次回のコラムでは、対象者の選定について解説します。
<執筆者>あした葉経営労務研究所 代表
凄腕社労士 本田和盛
<執筆協力>あした葉経営労務研究所 客員研究員
中村伸一(アンジェスMG株式会社)