数年前の小さな話題でしたが、その当時サッカーのスペインリーグに在籍していた日本人選手が、スペイン国王の来日にあたっての首相晩餐会に招待され、それに出席するために帰国することになったというものがありました。
シーズン真っ只中で、公式戦の欠場が必須だったため、選手個人への批判的な意見まであったようですが、クラブ幹部が招待を特別に名誉なこととして受け止め、チームの知名度アップなども考えたクラブの意向として、残ってプレーしたい本人を説得して帰国させることになったということのようでした。
もちろん断ることはできたと思いますが、比較的田舎の小さなクラブで、日本の首相や自国の国王が出席するような場に自チームの選手が招待されたとなれば、相当に重大なこととして受け止めたのは十分に想像できることです。
当時の私の個人的な意見としては、シーズン中のアスリートに帰国を強要するような安易な招待をすることは、少し配慮が足りなかったと思っていました。
招待した側は、出席するかどうかは相手の判断次第だと、少し気軽に思っていたのかもしれませんが、招待された側からすれば、これほど権威がある場へ招待を断ることは難しく、選択権はないに等しく、辞退するという選択肢は、実質的には存在しなかったのではないでしょうか。
このように、一見すると選択権が与えられているように見えても、実質では選ぶことができないという場面は、実は多くの人が何らかの形で経験していることだと思います。
「この人から頼まれたら断れない」であったり、「異議を唱えてはその後の心証が悪くなる」であったり、「この人に盾突いては後からの報復が怖い」であったり、他にも様々なパターンがあるでしょう。
そして、そのようなケースのほぼすべては、投げかける側が権威者もしくは権限者であることです。
会社の中でこれに該当する例を考えてみると、「上司が残っているから帰れない」「上司からの飲み会の誘いを断れない」「大事な用事がある日の残業指示を調整できない」などといったことがあります。
上司からすれば、別に強制しているつもりではなかったり、無理する必要はないと思っていたり、相談してくれれば十分に調整する余地があると思っているかもしれません。
しかし、部下の側からすると、その選択肢は一切考えられないと捉えている場合があります。そして、そう思ってしまう原因の多くは、上司の日頃の言動や振る舞いに起因したお互いの距離感にあります。
もちろん組織の中では、部下への選択肢を与えずに上司が指示しなければならない場面はありますが、その一方で、本人に選択させるプロセスを経た方が、その後の取り組みがスムーズになることもあります。しかし、上司は選ばせているつもりであっても、部下に選んだ自覚がないということは、意外に多くあります。
これを適切にコントロールするには、上司が部下の心理をいかに意識できるかにかかっています。選択肢を与えるべき場面では、本音で選べるようにしなければ部下の不満がたまっていき、いつか爆発してしまうことがあり得ます。
上司は何でも言いやすい雰囲気を作っていると思っていても、部下はそう思っていないことが多々あります。権威者や権限者は、常に周りに無言の圧力を与えています。そのことで、一見選択肢が与えられているようで、実は選べないということがたくさんあります。
上司は「自分が権威者、権限者である」ということを、今一度自覚しなければならないと思います。
このコラムの執筆専門家
- 小笠原 隆夫
- (東京都 / 経営コンサルタント)
- ユニティ・サポート 代表
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