- 大園 エリカ
- 舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
- 東京都
- クラシックバレエ教師・振付家
今回も前回に引き続き、スピ系の話題をば♫
☆_(_☆_)_☆
従うべき情熱/従うべきでない情熱の違い
メタフィジックス通信 より
「情熱に従う」というのは、スピリチュアルの世界でもよく聞くフレーズです。
情熱とは魂の羅針盤であり、その指し示す方向に進むことで、本来の自分自身に近づき、充実した人生を送ることが出来ると言われます。
けれども情熱には2種類あって、従うべき情熱と、そうでない情熱があり、その2つを見極めることが大切だという研究があります。
どちらもクリエイティビティや生産性の向上につながるのですが、前者に従えばポジティブな結果が、後者に従えばガティブな結果が生まれると言います。
それぞれの違いを見てみましょう。
【従うべき情熱:調和型の情熱】
★好きなことであり、自然と楽しむことができる
★自分のアイデンティティとうまくマッチしている
★人生の他の部分とも調和がとれる
★大切にしている価値観と一致する
★その活動に取り組むたびに、自分が好きになる
★その活動以外にも、好きな活動がある
★内的なモチベーション(喜びや創造力)から生まれる
★自分の活動内容や活動ペースが、自分でコントロールできている
★精神的・感情的に健やかになる
★偏見がなくなり、周りと協調することができる
★目標を達成できなくても、その過程を楽しむことが出来る
【従うべきでない情熱:強迫型の情熱】
★やらざるを得ないと感じる
★自分の個性とうまくかみ合わない
★人生の他の部分と調和がとれない
★大切にしている価値観と矛盾する
★家族等の期待に応えるため、または誰かに勝つために、その活動に取り組む
★その活動以外に、他に興味のあることがない
★外的なモチベーション(報酬)や、不安に突き動かされる
★自分の活動内容や活動ペースが、自分でコントロールできない
★精神的・感情的に行き詰ったり、よくない影響をもたらす
★偏見が増大し、他人に対して攻撃的になる
★目標を達成できないと、自分が十分でないと感じる
一生懸命、情熱を追ったのに、何かがうまくいかなかった経験って、誰にでもあると思うんですよね。もちろんそれは、方向を間違ったのではなくて、何かが違うことに気付くための正しい道だったと考えるのがスピリチュアルです。
何かがスムーズに行かない時は、何かを変える必要があるという、ごくシンプルなことなんですよね。そして毎回、変えるべき・手放すべきは、自分の中の根強い価値観や思い込みだったりします。
赤い薔薇の花は、皆様ご存知の様に"情熱的"な思いを連想させる花でもありますね~♫
ピロードの様な深紅の薔薇や、愛らしい赤色の薔薇もとても素敵~☆彡ですが、
私はどちらかというと品の良いピンクの薔薇や、白薔薇の様な柔らかい色の薔薇の方が好きかな~♫
(^^✿
情熱というものも色々な形が有って、炎が燃え盛る様な派手なものから、心の内側でローソクの炎が静かに沸々と燃え続ける様な形のものまで、その人、人で様々で、そしてそれはその人の人生経験から変化する場合も多々あります。
ちなみに外側でカッカカッカ燃えている情熱というのは、その人の中の解消されていないカルマが残っている場合が多い様です。(※仏教ではこういう情熱を煩悩の一つとして、"渇愛"と表現されています)
従うべき情熱というものには、くどくどとした理屈が必要ではないシンプルさや、遊び心の様な楽しさや、自分を客観視できるゆとりというものが根に在り、
故にそれを生み出す本人の中には純粋なワクワクとした感覚が有りますので、それが"明るさ"や"軽やかさ"や"健全さ"というものを生み出していて、
それで自然に人の心を癒し明るく元気にさせてくれたり、幸せを感じさせてくれるものに繋がっているのですね~♫
その情熱が成長し成熟して来ると、そこに品格や風格、重厚感や上質感という深みや壮大さというものが自然に加わり、"芸術的なもの"に更に進化発展して行くのです♫
(*^^*) ~ ♡
そういうものには、視野の狭い"渇愛"という情熱から発せられている、どこか"苦しみ"や"重たさ"を感じさせる窮屈さや、押し付けがましい暑苦しさや厚かましさというものは感じませんので、それがバロメーターでしょうか。
まぁ、それは「北風と太陽」の違いの様なものですかね~。
(^^☀
ちなみに渇愛から生まれる情熱には、動機として"自己の過去の苦しみ"というものが潜んでいるので、表面的にポジティブな顔を装っていても、その根底の波動の方が他者に伝わって来るので、
カルマを克服できた人間には、そういう方の発するものからは無知から来る知性の欠如や、苦しみから生まれる窮屈さ、そして自己顕示欲や承認欲から生まれる品の無い図々しさや、視野の狭さから生まれる閉塞感が伝わって来るだけなのです。
(・・;)
ですが、人間は自分の抱えているカルマを自力で解消するまでは、誰もが"北風の様な情熱にエキサイティングする"という時期がありますし、その過程を経なければ、次に進めない段階というものがあります。
苦しみの中にいる人は、自分が持つ同じ重く苦しい波動に共感し、そういうものから卒業して感謝と喜びの中にいる人は、自分と同じ軽やかな波動を持ったものに共感するという様な事ですね~。
ですので結局はどの様なものも、各人の成熟度から来る"好み"という事になるのでありましょう♫
( ・・) ~ ☆彡
このコラムの執筆専門家
- 大園 エリカ
- (東京都 / クラシックバレエ教師・振付家)
- 舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
natural & elegance
長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年