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井上 みやび子
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閲覧数順 2016年12月10日更新

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ネット上の個人と日本の「役」

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徒然 IT 考
以前に「Facebook の「実名主義」と日本の夜遊び」というコラムで日本のSNSなどで実名主義が主流になるにはかなり文化的なハードルが高いのではないかと書いたが、また、似たような事を考えさせられる記事があったので取り上げてみます。

CNET Japan より
オンライン匿名性の終焉--単一IDが与える影響を考える

ブログの翻訳記事で、内容は「ネット上で架空の人物になりすました人に、その事をもって有罪判決が下った。OpenID などの、単一のIDでどこにでもログインできるという機能を使いだすとネット上でも個人の特定が容易になる。これはからはネットでも匿名性というものがなくなってくるんだけど、...」という事で、下の文章がある。

ネット上での匿名性がなくなった場合、自分たちが常に記録され、写真を撮られ、トラッキングされ、トレースされているという事実を十分に認識していることで、本来の自分であろうとするのではなく、若干異なる人格を作り出すことになるのではないだろうか。例えばリアリティ番組の出演者の行動に、見られているという事実により変化が生じるようなものである。自分の「ブランドイメージ」が公共の場におけるアイデンティティとなり、つまりは自分のアイデンティティとなる。


この、公共の場での「ブランドイメージ」を自分のアイデンティティとしてしまう、という事は実は日本の社会で既に行われている事だと思うのだ。家では「お父さん」「お母さん」「お姉ちゃん」、会社では「課長」「係長」「先輩」などという風に。

日本に近代的な「個人」という概念が入ってきたのは明治維新以降だと言われている様だが、実際、社会には「役」を果たさなければならない場合と、「個性」を発揮するのが良い事だという若干強迫観念的な要望が混在しているように思う。

例えば「役」の考えは伝統芸能の襲名などに端的に現れる。子供の頃はなぜわざわざ同じ人が名前を変えなければならないのかがとても不思議だった。名前を変えたって同じ人でしょ?

でも、日本の伝統の中では、襲名する事によって「その名」=実は「役」に恥じないように自分を変えていきます(「精進します」などと表現される)、つまり、望まれるブランドイメージに合うように自分を変えますよ、と自分にも他者にも宣言している訳だ。

実はこの「役を果たす」という作業は、中途半端な個性教育を施された私にとっては大変難しい。個人事業などをやっているのも「社員」という役を果たすのがどうしてもできなかったからのようにも思う。同じ年代の日本人は伝統的な「役」をこなせという要請と「個性」を発揮しろという要請の軋轢(自分の内部に存在する軋轢もある)に多かれ少なかれ苦しんでいるのではないだろうか。

上記の記事の筆者のいるアメリカでは、今その逆、「個性」中心の脈絡に「役(ブランド)」という影響が加わろうとしているのだろう。

幸いな事に(?)日本では、「役1」と「役2」の脈絡がなくても良い。逆にない場合の方が多い。「課長」は「お父さん」であってはならないし、「昨日べべれけに酔っていた自分」は「今日の自分」とは違うものと考えても許される。

私は理由なく「OpenID は嫌だなあ」と思うのだが、原因はこういうことだろう。「Aサイトの自分」と「Bサイトの自分」は違う人にしておきたいのだ。


ネットという手段でつながった場に単一の「役」を果たす自分が存在する。...これはぞっとします。
そのように社会が変化したらさぞ息苦しいのではないかと思います。