ウロボロス 4  子供の時から、期待に応えてがんばるように躾られている - 恋愛の悩み・問題 - 専門家プロファイル

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ウロボロス 4  子供の時から、期待に応えてがんばるように躾られている

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恋愛心理 自己受容

ドラマ「ウロボロス」を題材に、人間の表の顔と裏の顔をテーマにブログを書いています。

前回は、表の顔と裏の顔を器用に使い分けて、自分を男性に良く見せようとしている「ぶりっ子」に焦点を当てて見ましたが、その続きです。

「表」と「裏」を、意識して、計算して、演じ分けることができる人など、そうそうはいないものかとも思いますが、そう振る舞っているように見える人も現実いるわけです。自分の利益(自分の利益になる人にだけ好かれる様に=つまり表の顔と裏の顔を使い分けて)
だけを計算して。

私も含め、男性は良くも悪くも鈍い所があり、気がつかなかったりしますが、女性同士だととてもそれがよく見えるようですね。

最初は「ぶりっ子」「おバカなフリ」をしてみたら、受けが良かった。

周りも喜んでくれた。もっと喜ばせようと、「おバカなフリ」をしてみたりする。

それはそれでサービス精神から発生したものかも知れません。
しかし、ぶりっ子もまた、「ありのままの自分では、受け入れてもらえない」という恐れがあるように思います。


ある種の親は、
子供が「おバカ」であることの方を期待することがあります。


「お前は何にも出来ないんだから、親の言うことを聞いていれば、それでいいのよ」

「お前は、バカなんだから、がんばったって無駄なんだから」

というような発言をする親です。


こうした発言は、子供に「お前は努力しても無駄だ。出来る子になるな」という無意識的なメッセージとして伝わってしまうものです。

もしそのような背景があったら、「本当は出来る能力」があっても、出来ないふりをしてしまったり、
自分は出来ないと思い込んでしまい、いずれも実力を発揮する事は難しい心情となってしまいます。

「出来ない自分」でいることが、自分の存在意義になる、と言っても過言ではありません。


おバカな自分が本当なのか?本当は出来る自分が本当なのか?
出来る自分になりたいのか?おバカな自分のままでいたいのか?
大変な葛藤を抱いて生きる事となってしまう場合もあります。


傍からは「そんなおバカ」とは思えないのに、ぶりっ子に見えてしまう人も、実は本人はそんな重荷を背負っていることもある場合もあるのです。

がんばっているのに親から認めてもらえなかった。
がんばろうとしているのに親から褒めてもらえなかった。





ひょっとするとぶりっ子も反ぶりっ子も、原点は同じだったりするのかも知れません。


「おバカな子のままでいなさい」という親の期待に応えようとするあまり、実力を発揮するのが怖くなるぶりっ子

「優秀でいなさい」という親の期待に応えようとするあまり、失敗が怖くて、プレッシャーが強くなり、実力を出来ないアンチぶりっ子


この様に、もしかしたら「人からの期待に応えなければならない」という、根は同じにも関わらず、表面的には正反対と言っても良いくらい、まったく違う生き方に別れてしまうことがあるものです。

どちらも親の期待に応えようとする良い子なのですが、何を期待されてたかで、その目標は違ってくるものです。
そんな幼い時からの生き方が、大人になってもその人の生き方を、無意識的に決めてしまっているのですね。




そもそも「可愛い」という一見好評価に受け取れるこの言葉ですが、
「自分より劣っているから、好感が持てる」
「あなたが劣っているから、私が面倒みてあげたくなる」
と言う、一種の
「人を下に見る気持ち」が無意識的にあることの表れなのです。

「可愛い」と「可哀そう」は紙一重なのです。


まぁ最近は女子の間で、好感を抱く事を何でも「カワイイ」の一言で表現してしまいますが、ひょっとすると、無意識的には「いつも自分の方が上でいたい」気持ちの表れなのかも知れませんね。

意識して演じ分けていられたとしても、自分を偽り、人を偽って生きている事で、どっちが本当の自分なのかわからなくなってしまったり、罪悪感が出て来たりすることもあるようです。
演じ続けるのも大変なものでしょう。





まぁぶりっ子に対しては、
「なんで男は、あの子がぶりっ子であることに気付かないの?男ってバカなの?」
と言われてしまう様ですが、
実際には男性も「ぶりっ子」であることは見抜いていて、でもそれでも「ぶりっ子するほど、可愛く見られたいとがんばって演じている様がいじらしいと思うという意見もよく聞きます。


ぶりっ子をチヤホヤするのも、男性側のサービスでもあり、ぶりっ子では無い人の良い面は見ていないわけではありませんので、勘弁してやって下さい。

けしてぶりっ子が好きで、付き合いたいと思っている男性ばかりではない事を頭に置いておいて頂ければと思います。
チヤホヤするのと、付き合いたいと思うほど好きになるのとでは別のことなのですね。



ただ、男性も、好意がある女性をもっと「可愛いな」と思えたり、「助けたい」みたいな、そんな気持ちを伝えたいと思う願望はあるものですから、
いつも自分だけでがんばってしまう人は、たまには男性に華を持たせてあげる位の気持ちで、「おバカなフリ」をしたり、弱音をはいてもらえる時もあったらなぁと思ったりします。




もし田中みな実さんが、本当に「天然」だとしたら、自分では、ただ自然に振る舞っているだけなのに、まるでウソつきか、ペテン師かのようなバッシングを受けてしまって、いわれのない全否定の嵐を受けているわけですから、それは大変辛く、心を病んでしまうかも知れません。

例え計算付くの確信犯であったとしても、「自然体な自分」というアイデンティティが確立できず、いつもぶりっ子を演じていることで、「ありのままの自分」を見失ってしまう危険をはらんでいると言えるように思います。(私は実は特に田中みな実のことは知らないので、単にぶりっ子と言われる代表挌として、名前をお出ししてしまいました。個人的に批判するつもりも擁護する気持ちもありません)




「天然な人」が自然に振る舞って、その自然さが周りから愛されたら、一番みんなが幸せなことですよね。

天然の人に対して、
「この人の様にはなれない」
「自分とは根本的にタイプが違う人なんだ」
と認めることで、素直に相手を「魅力的な人だなぁ」という気持ちになると前回書きかました。


「自分には出来ない」「自分はそうはなれない」とはっきり思える人、つまり、
自分はこうはなれないとあきらめられる人に対しては、
「人は人、自分は自分」と認める事ができるのですが、

「なろうと思えばできる」
「器用に、ズルをして、出来ている様に見せかけているだけじゃないか!」
と自分が思っている間は、その人を認めることが出来ないし、
「そう出来ない自分」をも受け入れる事も出来ないという傾向があるように思います。


そうしたある意味「器用な生き方が出来る」「表裏を器用に演じている(ように振る舞う)」ところが、そうではないマツコさん的な人からすると、
「あんな風にできたら、あたしだってもっと生きやすいのにと余計気に障るのかも知れませんね。

表裏がある人に見えてしまうわけです。表裏がある事に、嫌悪感を感じてしまうのではないでしょうか。


でも、大抵の人が、実は何かを演じて生きているものです。

表裏がある人、と言うと、「表面的には親切そうだけど、実は腹黒い人」という意味合いですが、誰にでも裏表はあって仕方ないものだと思います。

もし、人に表裏が無かったら、どんな世界になってしまうでしょう?

実際、比較的裏表のないタイプの人がいます。




次回、ブログをドラマ「天使と悪魔」に移して、「人の表裏」について、また書いてみたいと思います。「天使と悪魔」はすでに放映終了してしまいましたが、毎回、様々な表と裏がある登場人物が出て来ました。


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(東京都 / 恋愛恐怖症・心の問題カウンセラー)
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2021年公認心理師(国家資格)取得13年間で1万人以上の相談実績を基に、深く人を理解し心のもつれた糸を解きほぐします。恋愛が出来ない、自己否定感、人と接するのが怖い、夫婦間の亀裂など、人間関係全般、アスペルガーの方の社会適応などのご相談。

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