「すみません…」と生きるより、「ありがとう!」で生きた方が良いに決まっている♫ - 心・メンタルとダイエット - 専門家プロファイル

舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
東京都
クラシックバレエ教師・振付家

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対象:ダイエット

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「すみません…」と生きるより、「ありがとう!」で生きた方が良いに決まっている♫

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今回のテーマは、前回の内容にリンクする内容だと思いますが…。

(^^✿

 

長所・短所含めたご自分のありのままを、自分の個性として認められた人は、自分の事を認めたパーセンテージに比例して、この世で生きていて「ありがとう!」という感謝を感じる事ができ、

 

自分の事を認めていない部分のパーセンテージに比例して、「すみません…」と感じながら人生を生きてしまう様になっています。

《 ゚Д゚》!!

 

自分の事でも他者の事でも、「長所・短所」としてではなく「個性」として感じられる様になって来ると、

相手や何かを "嫌なもの" として感じない分、楽しく感じる事や感謝する事が増えるという事に繋がって行くので、生きていて心で「ありがとう」と感じる事が自動的に増えるのです。

(^^♪

 

一方、自分や他者の個性の一部を「欠点」として捉えてしまう人は、いつも他者に対して自分が「すみません」を感じていたり、他者に「すみません」を要求したりする様な生き方になってしまうのですね。

(^^;

 

 

この様な生き方って単純に観て…、果たして楽しいのでしょうか???

そして私達は「生きていて、すみません」と、 "謝る為" に生まれてきたのでしょうか???(笑)

(^^;;;

 

 

…というのが、今回のテーマで私が投げ掛けたい事なのでございます♫

☆_(_☆_)_☆

 

 

特に多くの日本の方達というのは世界的に観ても、何故か根にとてもコンプレックスの強い国民性を持っている様にお見受け致しますので、それは文化の中にも顕著に現れている様に思います。

 

例えば、日本人は人から何かをしてもらうと「すみません」という重たいものを返す(!? 笑)風習がありますよね?

(^^;

 

私は昔から、日本人のくせに(!? 笑)その日本の文化にはとっても違和感を持っていた一人なのですが 、

故に若い時に「この独特な日本の文化は、一体何から生まれているのだろうか???」と分析した思い出があります。(笑)

(^^ゞ

 

当時感じたものは(それは今でも同じですが)、そこには「義理」や「遠慮」という委縮が在って、本当の喜びの行為に成っている事が少ないのだなぁという事でした。

(^^;

それは「差し上げる & 頂く喜び」というより、どことなく気の重くなる「マインドからの義理の行為」が生み出す空気が流れていて、単純に喜ぶ経験というものができなくなっているのではないのかぁ?という事なのです。

(例えば私は、お中元やお歳暮という様な "決まり事" の文化の殆どをそう感じます。心が動いた時に差し上げれば良いのに…!?)

( ・・) ~~~

 

そこには「義理」という社会の暗黙のルールでの「見返り」や「期待」、そして「お返しをせねばならぬ」という意識がお互いの中に渦巻くからではないかと思いました。

(・・;)

 

 

ですので、頂いた時に相手に「すみません」という意識の強い方というのは、

何かを人様に差し上げる時は自分は「義理」で差し上げているから相手もその様に見えるという、相手もその「義理を果たすのが大変そうだ」という気持ちから出て来る発想なのではないかと思ったのですね~。

だってもし、その方がそういう行為をなさる時に心から楽しんでおられるのなら、自分にも相手にもそういう意識にはならないはずだからです。

(^^;;

 

私が若い頃から感じて来たこの分析は…、残念ながら当たっていると思います。(笑)

そうでなければ「すみません」などという、生命力を殺してしまう様な窮屈な委縮の意識は私達には起きないからです。

(・。・;

 

私達人間を始めとする「生命」というものは、心がオープンに常に外に広がって行くものを「心地好い♫」と感じるものなのです。

(*^^*) ~ ♡

 

ですから人様に何かして頂いた時に「すみません…」という、自分が縮こまる様な意識で生きるよりも、

「ありがとう!」という拡大して行く意識で生きた方がこの世が楽しく感じられて、それが「感謝」という、私達が生きる中で最高の意識に繋がって行くのではないかと、私は感じているのでございます♫

☆_(_☆_)_☆

 

 

 

 

 

      

      夕方の月は明るくて好き♫  (^^♪

 

                                      

           月は太陽の光が無いと、その存在を見つける事は難しいですが、

 

                                                                     

                             だからと言って月は太陽に「すみません」と思って輝いてはいないと思います!? (笑)

                                                                                (^^☾

                                                             

 

 

 

施しを受ける側も与える側も、お互いが「与えてくれてありがとう!」「受け取ってくれてありがとう!」と心から言い合える、本物の心の交流の在る世の中になると良いですね~♫

(^^ ♡

 

マインドからの "義理のありがとう" ではなく、心からの感謝になる為には、施す側は押し付けたり傲慢になってはいけないし、

又施される側も必要の無い物、欲しくないものを「受け取らねば申し訳ないから」と、本音が言えずに義理から受け取る場合は不可能でしょう。

(※多くの日本人の方達は、この様に正直に「NO」と言う行為や発信が難しいとお感じになるのではないでしょうか?(笑) ) 

 

 

でも本当の自分を伝えなければ、いつまで経ってもお互いに自分の独善的な主観からの憶測でしか相手を見ないものなのですが。

(^^;

 

 

この様に、どちらも「与える喜び」「受け取る喜び」を感じられなくなってしまうのは、マインドで考えてしまって、お互い自分の心に正直では無いからなのですね。

 

私達の楽しいイベント(!?)である「相手に差し上げる」「人様から頂く」という行為が、お互いが窮屈になって「すみません」と委縮してしまうのは、実に残念な事ではありませんか!?

(^^;;;

 結果が同じ行為であっても「見返り(物質的・精神的)を期待する」「お返しをしなければならない」という、重たい波動が介入しない、ハートからの素敵な交流にしたいものですね。

(^^✿

 

 

それには「人様に何かして差し上げたい」という時に、「相手が何を求めているか?」というのをキチンと把握できる能力も必要になって来るかもしれません。

 

大概の人は、自分の憶測から「これをあげれば相手が喜ぶだろう」と勝手に決めつけ、その勘違いを棚に上げて、それをもらった相手が喜ばないと不機嫌になるという支離滅裂な贈り物をされたりしている事も多い様ですが(笑)、

 

相手の欲しいものは本人に直接聞いたり、

又は自分の感性を磨いて、相手にハートから喜んでもらえるものを自ら察知できる能力を磨く必要があるでしょう♫

 

 

お互いに「正直」になる事。

そしてお互いに「正直な相手を認め合う」事。

 

 

これがあれば「すみません」という内にこもる様な委縮ではなく、お互いに「ありがとう!」という外に放つ大きなパワーの交流ができて、きっと多くの方達が元気になれる事でしょう♫♫♫

(*^^*) ~ ♡ ♡ ♡

 

 

 

 

 

 

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カテゴリ このコラムの執筆専門家

(東京都 / クラシックバレエ教師・振付家)
舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ

natural & elegance

長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年