インド特許法の基礎(第17回)(3)~強制実施権2~ - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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インド特許法の基礎(第17回)(3)~強制実施権2~

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インド特許法の基礎(第17回)(3)

~強制実施権2~

 

2014年10月31日

執筆者 河野特許事務所 

弁理士 安田 恵

 

争点D)本件特許薬はインド領域内で実施されていたか?

 裁判所は,特許薬の輸入がインド領域での実施に該当するか否かは事案毎に決定する必要があると判示した。

 

 第83条(b)には,「特許は,特許権者に対して特許物品の輸入を独占することを可能にするためにのみ付与されるものではない」と規定されている。従って,特許権者はインドで製造する努力を行うことが前提となっている。一方,様式27(実施報告書)には,輸入がインドにおける実施の一態様であることを明示している。

 特許物品の輸入がインド領域での実施に該当するか否かは事案毎に決定する必要がある。インド領域内における実施の立証に関して,全てのケースにおいて特許薬がインドで製造されている必要はないが,特許権者は第83条を念頭におき,特許発明がインドで製造されなかった理由を主張立証しなければならない(特許権者は立証していない)。

 「インドにおける実施」が全てのケースでインドにおける製造を意味するとするインド共和国の主張は容認できない。

 

争点E)長官による強制実施権申請に対する一時中断は必要だったか?

 裁判所は,長官による強制実施権申請に係る一時中断の拒否命令に過誤を認めないと判示した。

 強制実施権申請に係る審理を一時中断させるためには次の2つの要件を充足しなければならない。

a)特許が付与されてからの経過期間及び強制実施権申請がなされた時期が特許薬を商業規模で実施するためには不十分であったこと

b)特許権者がインドにおける商業規模での特許薬の実施に向けた措置を速やかに講じていたこと

 しかし,原告は特許薬の実施に向けてどのような対策を迅速に講じてきたかを示す証拠を全く提示していない。長官による一時中断の拒絶命令に過誤は認められない。

 

争点F)強制実施権許諾の条件(ロイヤリティ)

 裁判所は,特許薬に関してNatco社の売上高の7%に設定されたロイヤリティについて本法定が干渉する理由はないと判示した。

 長官は,Natco社による売上高の6%をロイヤリティとして支払われるべきとした。このロイヤリティは,特許薬の発明費用を示す証拠を原告が提示しなかった事実を考慮して設定されたものである。審判委員会において,ロイヤリティは6%から7%に引き上げられた。原告は本件特許薬の開発のために負担した費用を証明する証拠を提示していないため,7%のロイヤリティがどのように不適切なのかを具体的に示すことができていない。

 

6.考察・実務上の留意点

(1)任意実施権許諾を得るための努力

 特許権者は,任意実施権の要請があった場合の対応に留意する必要がある。任意実施権の要請を受けた特許権者は,直ちにその要請を拒絶せず,実施権の許諾条件によっては交渉の余地があることを示す等して,今後の対応を検討すべきと考えられる。

 任意実施権の要請を拒絶された申請人は,更に任意実施権を取得するための努力を継続する義務は無く,法律はこれを要求していない。任意実施権について交渉の余地を示さずに拒絶すると,申請者から即刻,強制実施権許諾の申請が行われるおそれがある。

 

(2)立証責任

 強制実施権の許諾申請書の送達があった時点で,第84条に規定された強制実施権許諾の条件が充足されていないことの立証責任は,特許権者に転換されており,特許権者は積極的にその事実を証明する義務がある点に留意すべきである。強制実施権許諾の申請書は,長官が一応の証拠がある事件であると納得した場合に,特許権者に送達される。従って,申請者の立証が一応十分になされており,強制実施権が許諾され得る状態にあると考えて対応した方が良いと思われる。申請者の主張立証が不十分であるとして,証拠を示さず,反論を行うのみでは,特許権者の対応は不十分であり,強制実施権が許諾されるおそれがあると考えられる。

 

(3)公衆の満足いく程度の需要

 公衆の満足いく程度の需要が充足されているか否かは,当事者が提出した証拠に基づいて判断される点,医薬品の場合,100%の需要を充足しなければならない点,公衆の満足いく程度の需要は,被疑侵害者による特許薬の販売数量は考慮されない点に留意すべきである。

 ただ,特許権侵害がある場合に,侵害者による販売数量が考慮されないと,特許権者の販売によって100%の需要は充足されず,決して公衆の満足いく程度の需要が充足されないことになり,不合理である。研究開発費を投じている特許権者が,侵害者の実施を販売競争で駆逐しなければならないとすれば,その要請は特許権者にあまりに酷であると思われる。

 少なくとも特許権者は,公衆の需要を示す具体的な証拠を提示して反論すべきであり,侵害品が市場から排除されたとしても公衆の需要が100%充足されることを主張立証するよう努力すべきと考えられる。またその旨を宣誓供述書等で主張するだけでは不十分であり,可能な限り,具体的な数値データを示す客観的証拠で示すことが望ましい。

 

(4)合理的で無理のない価格

 特許権者は,合理的で無理のない価格が両当事者によって長官に提出された証拠に基づいて決定される点に留意すべきである。特許権者が販売する特許薬の価格が,研究開発費を考慮にいれた「合理的で無理のない価格」であることを,決算報告書等,客観的な証拠を提示して主張すべきである。本件において原告は,研究開発費を示す最も有効な証拠である,希少疾患用医薬品に対する補償額を長官に提示しなかったため,原告に不利な結論が導き出された。なお,仮に特許権者に不利な証拠であっても,長官から要請があった場合,提示した方が良いと思われる。証拠を提示しなかった場合,本件のように極めて不利な結論となるおそれがある。

 

 一方,本件の二重価格設定(患者支援プログラム)は,第84条(1)(b)を適用する際に利用できるものでは無いと判示されているが,医師の推薦及び原告の裁量によらない二重価格によって特許薬が全ての公衆に提供されていれば,この二重価格が「合理的で無理のない価格」として認められる余地があるとも考えられる。原告と担当医師の裁量によらない合理的で無理のない価格で,すべての患者に対して特許薬を提供することが肝心である。

 

(5)インド領域内での実施

 特許権者は,原則として特許薬をインド領域内で製造販売すべきであり,輸入によって特許薬を供給する場合,その理由を主張立証しなければならない点に留意すべきである。

 ただし,本判決はインド特許法の枠組みにおいては妥当な結論であると考えられるが,インド特許法第84条(1)(c)と,Trips協定27条[1]の整合性の問題は残されている。本件では,裁判所は,単にTrips協定第27条について,Trips協定第30条及び第31条に定める同条の例外を原告は無視していると判示している。しかし,Trips協定第30条及び第31条に定める例外は,必ずしも第27条の差別禁止規定の例外を定めていると直ちに結論付けることはできないと考える。

 

(6)ロイヤリティ

 特許権者は,特許薬の研究開発費を考慮した有利なロイヤリティを獲得するために,研究開発費を示した具体的な証拠を提示すべき点に留意すべきである。

 

以上



[1] 第27条 特許の対象「(1) (2)及び(3)の規定に従うことを条件として,特許は,新規性,進歩性及び産業上の利用可能性(注)のあるすべての技術分野の発明(物であるか方法であるかを問わない。)について与えられる。第65条(4),第70条(8)及びこの条の(3)の規定に従うことを条件として,発明地及び技術分野並びに物が輸入されたものであるか国内で生産されたものであるかについて差別することなく,特許が与えられ,及び特許権が享受される。」

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