インド特許法の基礎(第16回)(2)~強制実施権~ - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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インド特許法の基礎(第16回)(2)~強制実施権~

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インド特許法の基礎(第16回)(2

~強制実施権~

 

2014年10月3日

執筆者 河野特許事務所 

弁理士 安田 恵

 

(5)申請の処理手続

 強制実施権の申請処理の流れを図2に示す。

 

図2 申請処理手続の流れ

 

(a)申請書の送達および公告

 特許付与日から3年経過後に強制実施権の申請があった場合,長官は,申請書の証拠を審査する。長官は,一応の証拠がある事件が立証されたことに納得した場合,申請書などの写しを特許権者に送達すべき旨を申請人に指示する(第87条(1))。登録簿に当該特許の利害関係人として登録されている他の者がある場合,その他の利害関係人にも申請書の写しを送達すべき旨を指示する(第87条(1))。また長官は,強制実施権の申請書を公告する(第87条(1))。

 一応の証拠がある事件が立証されていないと納得する場合,長官は申請人にその旨を通知する(規則97(1))。その通知があった日から1ヶ月以内に申請人が聴聞の申請を行った場合,長官は申請人に対して聴聞を受ける機会を与える(規則97(2))。長官は,聴聞を行った上,強制実施権許諾の申請の手続を遂行することができるか否かを決定する(規則97(2))。強制実施権許諾の申請の手続を遂行することができないと判断した場合,あるいは上述の1ヶ月の期間内に聴聞の申請がなかった場合,長官は,強制実施権の申請を拒絶する(規則97)。

 

(b)異議申立

 特許権者は,強制実施権に係る申請の公告の日から2ヶ月以内に(規則98(1)),長官に対して異議を申し立てることができる(第87条(2))。異議の申し立ては,様式14による異議申立書を長官に送付することにより行う(規則98条(1))。長官は2ヶ月の期間に付加期間を許可することができる。付加期間が許可された場合,特許権者は付加期間内に異議申立を行うことができる。異議申立書には,異議理由を記載し(第87条(3)),証拠を添付する(規則98(2))。また,申請人に対して実施権を許諾する用意がある場合,その実施許諾の条件を異議申立書に記載することができる(規則98(2))。

 異議申立人は,異議申立書及び証拠の写し各1通を,強制実施権の申請人に送達し,送達を行った旨を長官に通知しなければならない(規則98(3))。長官の許可又は要求がある場合を除き,当事者は追加の陳述又は証拠を送達してはならない(規則98(4))。

 異議申立があった場合,長官は聴聞の日時を定めて聴聞の実施を当事者に通知し(規則98(5)),申請人及び異議申立人に対して聴聞を受ける機会を与える(第87条(4))。

 

(c)審査・許諾命令

(ⅰ)長官は,強制実施権の許諾理由(第84条(1))のいずれかに該当するか否かを審査し,許諾理由に該当すると納得する場合,適切と考える条件で強制実施権の許諾を命令する(第84条(4))。

 

(ⅱ)強制実施権を許諾すべきか否かを審査するに当たり,考慮されるべき事項を図3に示す。

 

 

図3 強制実施権許諾の審査で考慮されるべき事項

 

 長官は,強制実施権の許諾理由(第84条(1))に該当するか否かを審査するに当たり,特許発明の実施に係る一般原則(第83条)及び強制実施権許諾の目的(第89条)を考慮するものと考えられる。また,長官は原則として次の事項を参酌しなければならない(第84条(6))(図3の「参酌事項」に対応)。

(ア) ①特許発明の内容,②特許証捺印の日からの経過期間,③特許発明の実施のために特許権者が取った措置

(イ)当該発明を公共の利益のために実施する申請人の能力

(ウ)当該申請人の資本提供及び当該発明実施に伴う危険を負担する能力

(エ)①申請人が実施許諾を取得する努力をしたか否か,②当該努力が適切な期間内(通常は6ヶ月を超えない期間)に成功しなかったか否か

 

 ただし,国家的緊急事態にある場合,特許権者による反競争的慣行があるような場合,第84条(6)は適用されない。なお,特許権者による侵害訴訟を提起する行為は「反競争的」に当たらない[1]

 また,長官は強制実施権の申請後に生じる事項については参酌する必要がない(第84条(6)但し書き)。ただし,長官は強制実施権の申請後に生ずる如何なる事項も参酌しないというものでは無い。但し書きの趣旨は,申請処理を妨げるために講じる事後的措置を参酌してはならない点にある。強制実施権の許諾は,公益のためであり,特許権者が特許製品の価格を引き下げて公衆に提供するといった,当該申請後の公益目的の行為は参酌されるべきである[2]。強制実施権許諾後に許諾事由が消滅した場合,強制実施権の許諾を終了させることができることからしても(第94条),強制実施権の許諾事由を消滅させ得る特許権者の公益目的の行為は,強制実施権の申請処理手続きにおいて参酌されると考えられる。

 「申請後に生ずる事項」には,特許権者の行為のみならず,申請人の行為も含まれ,申請人が申請後に強制実施権の取得に係る努力を行うといった行為は参酌されない[3]。このような行為を認めると,強制実施権の申請と同時に実施権の交渉を行い得るという必要以上に有利な利益を申請人に与えることになる。

 

(ⅲ)許諾理由1「特許発明に関する公衆の適切な需要が充足されていない」

 表2に示す事項に該当した場合,「公衆の適切な需要」が充足されなかったものとみなされる(第84条(7))。

(1) 適切な条件で実施権を許諾することを特許権者が拒絶したとの理由により,次に該当する場合

(i) インドにおいて現存の商業若しくは工業,その発展,何らかの新たな商業若しくは工業の確立,又はインドにおける商業若しくは工業に従事する何人か若しくは何れかの階層の者の商業若しくは工業が阻害される場合

(ii) 特許物品の需要が,十分な程度まで又は適切な条件で充足されていない場合

(iii) インドにおいて製造された特許物品の輸出市場が,現に供給を受けておらず又は開発されていない場合

(iv) インドにおける商業活動の確立又は発展が阻害される場合

(2) 当該特許に基づく実施権の許諾に対し又は特許物品若しくは特許方法の購入,賃借,

若しくは使用に対して特許権者が課した条件を理由として,インドにおいて特許によって保護されていない物の製造,使用,若しくは販売,又は何らかの商業若しくは工業の確立若しくは発展が阻害される場合

(3) 特許権者が排他的グラントバック,特許の有効性に対する異議申立の抑止又は強制的包

括実施権の許諾を規定するため特許に基づく実施許諾に対して条件を課した場合

(4)

・特許発明がインド領域において商業規模で十分な程度まで現に実施されていないか又は

・合理的に実行可能な極限まで現に実施されていない場合

(5) インド領域における商業規模での特許発明の実施が,次に掲げる者による外国からの特

許物品の輸入によって現に抑止又は阻害されている場合 すなわち,

(i) 特許権者又はその者に基づいて権利主張する者

(ii) 特許権者から直接的若しくは間接的に購入している者

(iii) その他の者で,特許権者から侵害訴訟を現に提起されておらず又は提起されたことがない者

     

 

表2 公衆の適切な需要

 

 第84条(1)における「特許発明」は,特許権者又は実施権者が販売するものを意味すると解され,侵害者又は被疑侵害者が販売する侵害品は含まれないと解されている[4]。つまり「公衆の適切な需要」は,特許権者又は実施権者によって満たされる必要がある。この解釈については「安価な侵害品により正規品を市場から駆逐し,その結果,需要が満たされていないとして強制実施権の許諾を得るという,侵害を助長する社会環境を形成してしまうおそれを懸念する」[5]との批判がある。

 なお,強制実施権の問題は医薬品関連特許において注目されることが多いが,「特許発明」の製品を医薬品に限定する旨の規定は存在せず,その他の分野の特許発明,例えば公共の利益に関連する分野の特許発明に対しても強制実施権が許諾される余地がある点に注意する必要がある。また,特許権者又は実施権者に提出が義務づけられている実施報告書(第146条)の内容が,公衆の適切な需要を審査において参酌され得る点にも留意する必要がある。



第3回へ続く



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[1] M/s. BDR Pharmaceuticals International Pvt. Ltd vs Bristol Myers Squibb Company, C.L.A. No. 1 of 2013

[2] OA/35/2012/PT/MUM,当該審決はボンベイ高等裁判所に控訴されたが2014年7月15日付けで却下された。最高裁判所に上告される可能性がある。

[3] C.L.A. No. 1 of 2013

 

[4] OA/35/2012/PT/MUM

[5] 今浦 陽恵,The Invention,2013 No.9, p.53

 

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