不利益な遡及立法の合憲性(その2) - 会計・経理全般 - 専門家プロファイル

平 仁
ABC税理士法人 税理士
東京都
税理士
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不利益な遡及立法の合憲性(その2)

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発表 実務に役立つ判例紹介
その1では、納税者勝訴の福岡地裁を取り上げましたが、
今日は、納税者敗訴の東京地裁を検討しましょう。
同じく納税者敗訴判決の千葉地裁は東京地裁とも論理が異なるため、
次回に検討します。

まず東京地裁平成20年2月14日判決を紹介します。

「確かに、行政法規をその公布の前に終結した過去の事実に適用することは、
一般国民の生活における予測を裏切り、法的安定性を害するものであることを
否定することはできず、これをむやみに行うことは許されないというべきである。
このことは、国民の納税義務を定め、これにより国民の財産権への侵害を
根拠付ける法規である租税法規の場合にはより一層妥当するものである。
したがって、租税法規を遡及して適用することは、それが納税者に
利益をもたらす場合は格別、過去の事実や取引を課税要件とする新たな
租税を創設し、あるいは過去の事実や取引から生ずる納税義務の内容を
納税者の不利益に変更するなど、それによって納税者が不利益を被る場合、
現在の法規に従って課税が行われるとの一般国民の信頼を裏切り、
その経済生活における予測可能性や法的安定性を損なうものとして、
憲法84条、30条から導かれる租税法律主義に反し、違憲となることが
あるものと解される。」

「しかし、遡及処罰を禁止している憲法39条と異なり、同法84条、30条は、
租税法規を遡及して適用することを明示的に禁止するものではないから、
納税者に不利益な租税法規の遡及適用が一律に租税法律主義に反して
違憲となるものと解することは出来ない。」
「租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、
所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、
国民の課税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの
総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、
極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである」
(最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁)
「したがって、課税要件等に限らず、租税法規を納税者に不利益に遡及適用
することについても、上記の諸般の事情の下、その合理的な必要性が
認められるときは、租税法律主義に反しないものとして許容される余地
があるものと解される。そして、この場合、納税者に不利益な遡及適用が
租税法律主義に反しないものといえるかどうかは、その遡及適用によって
不利益に変更される納税者の納税義務の性質、その内容を不利益に変更する程度、
及びこれを変更することによって保護されるべき公益の性質などを総合的に
勘案し、その変更が合理的なものとして容認されるべきものであるかどうか
によって判断すべきである(財産権の遡及的制約に関する
最高裁昭和53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁参照)。」

「土地等又は建物等の長期譲渡所得について損益通算制度を廃止することは、
同所得に分離課税方式が採られていたこととの整合性を図り、かつ、
損益通算がされることによ不均衡を解消して適正な租税負担の要請に
こたえ得るものとして合理性があったということができる。」
「平成16年度税制改正における譲渡所得についての損益通算の廃止は、
長期譲渡所得の特別控除の廃止及び税率の引き下げと相まって、
使用収益に応じた適切な価格による土地取引を促進し、特に、
収益性の高い土地の流動性を高め、土地市場を活性化させる目的を
有しており、これにより土地価格の下落に歯止めがかかることを
期待してされたものである。したがって、これらの措置を全体として
早急に実施する必要性があったことも肯定することができる。」
「他方、改正措置法31条1項後段の規定の適用を平成17年分所得税
以降とするならば、その適用となる平成17年1月1日までの間に、
節税目的で、すなわち損益通算を目的として、土地等又は建物等が
大量に安価で売却され、土地価格の下落に歯止めをかけようとした
上記政策目的を阻害することが予想された。このことも、(略)
改正措置法31条1項後段の規定の適用時期を平成16年1月1日以後
としたことの合理性を基礎付けるものといえる。」

「平成15年12月に平成16年度税制改正の概要が公表された直後、
同月中に土地等又は建物等を売却するよう強く勧める不動産会社、
税理士等が少なからず存在していたことが認められ、このことからすれば、
改正措置法31条1項後段の規定の適用時期が遅くなればなるほど、
それまでの間に含み損を抱えた不動産の安値での売却が促進される
具体的な危険があったと認めることができるから、その危険が
抽象的で根拠がないとする(略)原告らの主張には理由がない。」

「以上の検討によれば、本件改正附則27条1項により改正措置法
31条1項後段の規定を平成16年1月1日から同年3月31日までの
間に行われた土地等又は建物等の譲渡について適用することは、
その個々の譲渡についてみれば納税者が一定の不利益を受け得ることは
否定できないものの、納税者の平成16年分所得税の納税義務の
内容自体を不利益に変更するものではなく、遡及適用することに
合理的な必要性が認められ、かつ、納税者においても、既に
平成15年12月の時点においてその適用を予測できる可能性が
なかったとまではいえないのであるから、これらの事情を総合的に
勘案すると、当該変更は合理的なものとして容認されるべきものである。」

東京地裁は、以上のような論理構成で、
納税者に対する不利益改正遡及適用を肯定したのである。

遡及適用は原則的には違憲だけれども、課税逃れの恐れが具体的かつ
合理的に予想できるから、課税の公平のために、本件改正は違憲ではない
というのが、東京地裁の判断ではないだろうか。

しかしこの論理は、このような事態が生じるまで法の不備を
是正してこなかったことを無視した判断である。
租税回避であるならばまだしも、本件損益通算は、
法が用意した、狭義の意味での節税行為であり、
それが否認されるのであれば、
法治国家といえず、行政国家に堕したとしかいいようがない暴挙である。

これが脱法行為である租税回避であるというのであれば、
何が合法行為である節税行為であるのか。

また、平成16年1月1日に遡って施行するのではなく、
平成16年3月26日成立、即日施行でもよかったのではないか。
その点について、所得税が期間税であるとの性質から
本件改正を合憲と認めたのが千葉地裁である。

次回は千葉地裁平成20年5月16日判決を検討することにしたい。