Blog201402、金融商品取引法 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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Blog201402、金融商品取引法

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Blog201402金融商品取引法

金融商品取引法の条文、
金融商品取引法などに関する最高裁判例
強制公開買付規制の適用される範囲(最判平成22・10・22カネボウ損害賠償請求事件)
有価証券報告書等の虚偽記載のある上場株式と不法行為に基づく損害賠償請求の賠償額(最判平成23・9・13西武鉄道株式(不法行為)損害賠償請求事件)
インサイダー取引罪の成立に公開買付け等の具体的な実現可能性があることは必要でない( 最決平成23・6・6村上ファンド証券取引法違反被告事件)


金融商品取引法
(昭和23年法律第25号)

 第1章 総則(第1条・第2条)
 第2章 企業内容等の開示(第2条の2―第27条)
 第2章の2 公開買付けに関する開示
  第1節 発行者以外の者による株券等の公開買付け(第27条の2―第27条の22)
  第2節 発行者による上場株券等の公開買付け(第27条の22の2―第27条の22の4)
 第2章の3 株券等の大量保有の状況に関する開示(第27条の23―第27条の30)
 第2章の4 開示用電子情報処理組織による手続の特例等(第27条の20の2―第27条の20の11)
 第2章の5 特定証券情報等の提供又は公表(第27条の31―第27条の35)
 第3章 金融商品取引業者等
  第1節 総則
   第1款 通則(第28条)
   第2款 金融商品取引業者(第29条―第31条の5)
   第3款 主要株主(第32条―第32条の4)
   第4款 登録金融機関(第33条―第33条の8)
   第5款 特定投資家(第34条―第34条の5)
  第2節 業務
   第1款 通則(第35条―第40条の5)
   第2款 投資助言業務に関する特則(第41条―第41条の5)
   第3款 投資運用業に関する特則(第42条―第42条の8)
   第4款 有価証券等管理業務に関する特則(第43条―第43条の4)
   第5款 弊害防止措置等(第44条―第44条の4)
   第6款 雑則(第45条)
  第3節 経理
   第1款 第1種金融商品取引業を行う金融商品取引業者(第46条―第46条の6)
   第2款 第1種金融商品取引業を行わない金融商品取引業者(第47条―第47条の3)
   第3款 登録金融機関(第48条―第48条の3)
   第4款 外国法人等に対する特例(第49条―第49条の5)
  第4節 監督(第50条―第57条)
  第4節の2 特別金融商品取引業者等に関する特則
   第1款 特別金融商品取引業者(第57条の2―第57条の11)
   第2款 指定親会社(第57条の12―第57条の25)
   第3款 雑則(第57条の26・第57条の27)
  第5節 外国業者に関する特例
   第1款 外国証券業者(第58条・第58条の2)
   第2款 引受業務の一部の許可(第59条―第59条の6)
   第3款 取引所取引業務の許可(第60条―第60条の13)
   第4款 外国において投資助言業務又は投資運用業を行う者(第61条)
   第5款 情報収集のための施設の設置(第62条)
  第6節 適格機関投資家等特例業務に関する特例(第63条―第63条の4)
  第7節 外務員(第64条―第64条の9)
  第8節 雑則(第65条―第65条の6)
 第3章の2 金融商品仲介業者
  第1節 総則(第66条―第66条の6)
  第2節 業務(第66条の7―第66条の15)
  第3節 経理(第66条の16―第66条の18)
  第4節 監督(第66条の19―第66条の23)
  第5節 雑則(第66条の24―第66条の26)
 第3章の3 信用格付業者
  第1節 総則(第66条の27―第66条の31)
  第2節 業務(第66条の32―第66条の36)
  第3節 経理(第66条の37―第66条の39)
  第4節 監督(第66条の40第66条の45)
  第5節 雑則(第66条の46―第66条の49)
 第4章 金融商品取引業協会
  第1節 認可金融商品取引業協会
   第1款 設立及び業務(第67条―第67条の20)
   第2款 協会員(第68条・第68条の2)
   第3款 管理(第69条―第72条)
   第4款 監督(第73条―第76条)
   第5款 雑則(第77条―第77条の7)
  第2節 認定金融商品取引業協会
   第1款 認定及び業務(第78条―第79条)
   第2款 監督(第79条の2―第79条の6)
  第3節 認定投資者保護団体(第79条の7―第79条の19)
 第4章の2 投資者保護基金
  第1節 総則(第79条の20第79条の25)
  第2節 会員(第79条の26―第79条の28)
  第3節 設立(第79条の29―第79条の33)
  第4節 管理(第79条の34―第79条の48)
  第5節 業務(第79条の49―第79条の62)
  第6節 負担金(第79条の63―第79条の67)
  第7節 財務及び会計(第79条の68―第79条の74)
  第8節 監督(第79条の75―第79条の77)
  第9節 解散(第79条の78―第79条の80)
 第5章 金融商品取引所
  第1節 総則(第80条―第87条の9)
  第2節 金融商品会員制法人及び自主規制法人並びに取引所金融商品市場を開設する株式会社
   第1款 金融商品会員制法人
    第1目 設立(第88条―第88条の22)
    第2目 登記(第89条―第90条)
    第3目 会員(第91条―第96条)
    第4目 管理(第97条―第99条)
    第5目 解散(第100条―第100条の25)
    第6目 組織変更(第101条―第102条)
   第1款の2 自主規制法人
    第1目 設立(第102条の2―第102条の7)
    第2目 登記(第102条の8―第102条の11)
    第3目 会員(第102条の12・第102条の13)
    第4目 自主規制業務(第102条の14―第102条の20)
    第5目 管理(第102条の21―第102条の34)
    第6目 解散(第102条の35―第102条の39)
   第2款 取引所金融商品市場を開設する株式会社
    第1目 総則(第103条―第105条の3)
    第2目 自主規制委員会(第105条の4―第106条の2)
    第3目 主要株主(第106条の3―第106条の9)
    第4目 金融商品取引所持株会社(第106条の10第109条)
  第3節 取引所金融商品市場における有価証券の売買等(第110条―第133条の2)
  第4節 金融商品取引所の解散等
   第1款 解散(第134条・第135条)
   第2款 合併
    第1目 通則(第136条)
    第2目 会員金融商品取引所と会員金融商品取引所との合併(第137条・第138条)
    第3目 会員金融商品取引所と株式会社金融商品取引所との合併(第139条・第139条の2)
    第4目 会員金融商品取引所の合併の手続(第139条の3―第139条の6)
    第5目 株式会社金融商品取引所の合併の手続(第139条の7―第139条の21)
    第6目 合併の効力の発生等(第140条―第147条)
  第5節 監督(第148条―第153条の4)
  第6節 雑則(第154条・第154条の2)
 第5章の2 外国金融商品取引所
  第1節 総則(第155条―第155条の5)
  第2節 監督(第155条の6―第155条の10)
  第3節 雑則(第156条)
 第5章の3 金融商品取引清算機関等
  第1節 金融商品取引清算機関(第156条の2―第156条の20)
  第2節 外国金融商品取引清算機関(第156条の20の2―第156条の20の15)
  第3節 金融商品取引清算機関と他の金融商品取引清算機関等との連携(第156条の20の16―第156条の20の22)
  第4節 雑則(第156条の20の23―第156条の22)
 第5章の4 証券金融会社(第156条の23―第156条の37)
 第5章の5 指定紛争解決機関
  第1節 総則(第156条の38―第156条の41)
  第2節 業務(第156条の42―第156条の54)
  第3節 監督(第156条の55―第156条の61)
 第5章の6 取引情報蓄積機関等
  第1節 清算集中(第156条の62)
  第2節 取引情報の保存及び報告等(第156条の63―第156条の66)
  第3節 取引情報蓄積機関(第156条の67―第156条の84)
 第6章 有価証券の取引等に関する規制(第157条―第171条の2)
 第6章の2 課徴金
  第1節 納付命令(第172条―第177条)
  第2節 審判手続(第178条―第185条の17)
  第3節 訴訟(第185条の18)
  第4節 雑則(第185条の19―第185条の21)
 第7章 雑則(第186条―第196条の2)
 第8章 罰則(第197条―第209条)
 第9章 犯則事件の調査等(第210条―第227条)
 

強制公開買付規制の適用される範囲  最判平成22・10・22カネボウ損害賠償請求事件、 判例タイムズ1337号98頁
 1 本件は,カネボウ株式会社の発行する普通株式を保有していたXが,Yによるカネボウの発行する種類株式に係る株券の買付けは,普通株式と共に公開買付けによらなければならないものであったのに,これによらなかったことが違法であり,その結果,その保有していた普通株式を売却する機会を逸し,損害を被ったなどと主張して,Yに対し,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
 2 平成18年1月当時,カネボウの発行する株式のうち,C種類株式(議決権はあるが,利益配当請求権はなく,同年10月1日以降であれば普通株式ヘの転換が可能であるという内容の種類株式)に係る株券の所有者は,株式会社産業再生機構と株式会社カネボウ化粧品の2名のみであった。普通株式に係る株券の所有者は多数おり,Xもカネボウの発行する普通株式1500株を保有していた。Yは,C種類株式に係る株券の買付けを公開買付けによらないで行うことにつき,産業再生機構及びカネボウ化粧品の同意を得た上で,同年1月31日に産業再生機構から,同年2月21日にカネボウ化粧品から,それぞれが所有する上記株券の全部を公開買付けによらずに買い付けた(以下「本件各買付け」という。)。
 3 本件各買付け当時,株券等の所有者が25名未満である場合(以下「25名未満要件」という。)であって,当該株券等に係る特定買付け等を公開買付けによらないで行うことに同意する旨を記載した書面が当該株券等のすべての所有者から提出された場合(以下「同意要件」という。)における当該特定買付け等については,公開買付けによる必要はないものとされていた(本件で問題となる公開買付けの要否に関する法令の詳細については,本判決の3を参照されたい。)。
 4 Xは,25名未満要件及び同意要件にいう「株券等」は,議決権を有する全ての種類の株式に係る株券等を意味するとする見解(非限定説)に立脚し,本件では,上記株券等の所有者は25名よりはるかに多く,また,本件各買付けを公開買付けによらないで行うことに同意もしていないから,本件各買付けは公開買付けによらなければならなかったと主張したのに対し,Yは,25名未満要件及び同意要件にいう「株券等」は,特定買付け等の対象である種類株式に係る株券等に限定されるとする見解(限定説)に立脚し,本件では,Yが特定買付けを行ったC種類株式の株券の所有者は産業再生機構とカネボウ化粧品の2名のみであり,その同意も得ているから,本件各買付けを公開買付けによる必要はなかったと主張した。
 5 第1審(金判1297号36頁)は,限定説に立脚し,本件各買付けを公開買付けによる必要はなかったとして,公開買付けが必要であることを前提とするXの請求を棄却した。
 これに対し,控訴審(金判1297号20頁)は,非限定説を採用し,C種類株式に係る株券の所有者は産業再生機構とカネボウ化粧品の2名であったが,他に普通株式に係る株券の所有者が多数いたから,本件各買付けは,25名未満要件及び同意要件を充たさないので,公開買付けによらないことができる場合に当たらず,これを公開買付けによらずに行ったことは,普通株式の株主であるXとの関係でも違法なものであり,不法行為を構成すると判断して,Xの損害賠償請求を一部認容した。
 6 しかし,本判決は,本件各買付けの時点で適用される証券取引法施行令(平成18年政令第377号による改正前のもの)7条5項4号,他社株府令(平成18年内閣府令第86号による改正前のもの)3条の2の4第1項及び第2項所定の「株券等」には,特定買付け等の対象とならない株券等が含まれると解する余地はないとして,限定説を採用することを明らかにした。そして,本件各買付けを公開買付けによる必要はなく,これを公開買付けによらずに行ったことは,証券取引法(平成18年法律第65号による改正前のもの)27条の2第1項に違反するものであるとはいえず,Xとの関係で不法行為法上違法なものであるとはいえないとして,原判決中,Y敗訴部分を破棄し,同部分につき,Xの控訴を棄却する旨の判断をした。
 本判決が,限定説を採用した理由は,次のとおりである。
 ① 証券取引法27条の2第1項は,株券等の買付け等を行う者が特定の種類の株券等のみを買付け等の対象とし得ることを前提として,買付け等の対象としようとする種類の株券等の買付け等についての公開買付けの要否を規律したものであるから,同項の規定を受けて定められた25名未満要件及び同意要件も,買付け等の対象としようとする特定の種類の株券等の特定買付け等について,これを公開買付けによらずに行うための要件を定めたものと解するのが合理的である。
 ② 平成15年政令第116号及び同年内閣府令第28号による改正により,25名未満要件及び同意要件をいずれも充足する特定買付け等については,公開買付けによる必要がないものとされたが,この改正は,事業再編等の迅速化及び手続の簡素化を図ることなどを目的として行われたものであり,上記各要件を充足する特定買付け等については,公開買付けによらずに買付けを行い得るものとすることがその目的に資するとの判断に基づくものである。そして,事業再編等のためには,そのために発行された特定の種類の株券等のみの特定買付け等をすることが必要な場合がある上,有価証券報告書の提出義務を負うのは,証券取引所に上場されている有価証券を発行する会社等であるから,一般に,その会社が発行する株券等の所有者が多数に及ぶことは明らかであって,このような実情や上記改正の目的をも考慮すると,上記各要件は,買付け等の対象としようとする特定の種類の株券等の特定買付け等を前提として定められたものというべきである。非限定説によると,上記各要件が充足される余地は実際上極めて限定されたものとなり,事業再編等の迅速化及び手続の簡素化のために上記の各規定が設けられた趣旨がおよそ没却される。
 ③ 特定買付け等が公開買付けにより行われるか否かは,当該特定買付け等の対象となる特定の種類の株券等の所有者の利害に直接影響するものであるものの,その株券等の所有者において当該特定買付け等を公開買付けによらないで行うことにつき同意しているのであれば,その株券等の所有者にその株券等の公開買付けによる売却の機会を保障する必要はないことから,同意要件を設けたものであって,特定買付け等を行う者において買付けの対象としない他の種類の株券等があるとしても,その所有者の利害に重大な影響を及ぼすものではないものとして,その同意は必要とされなかったものと解するのが相当である。
 7 TOBの実務においては,原判決が言い渡されるまでは,限定説が当然の前提とされており,また,証券取引法を所管する金融庁も,25名未満要件及び同意要件にいう「株券等」については種類ごとの株券等を意味するとの立場に立っていたとの指摘がされている(太田洋「種類株式の買付けを通じた上場企業の買収とTOB規制」金法1854号35頁,松尾拓也「種類株式に対する公開買付規制の適用」商事1847号25頁など。平成18年4月24日開催の参議院決算委員会における金融庁総務企画局審議官の発言,同年6月1日開催の参議院財政金融委員会における金融庁総務企画局長の発言も参照。)。原判決に対しては,その理由付けについては批判しつつも,その結論は相当であるとする見解(丹羽繁夫「旧カネボウ株式損害賠償請求事件控訴審判決の検討」NBL923号96頁)もあったが,その他の多くの見解は,非限定説を採用した原判決を批判していた(太田・前掲,松尾・前掲,松尾直彦「東京高裁による公開買付規制の解釈の評価」金判1304号1頁,井上広樹=岡野辰也「強制公開買付けの具体的適用(下)」商事1844号33頁,岩崎友彦=森幹晴「公開買付けを利用した取引類型ごとの留意点(下)」商事1865号102頁,島田志帆「判例研究」法研82巻9号197頁,太田洋=中山達也「種類株式の買付けを通じた上場企業の買収と公開買付規制」金判1351号2頁ほか)。
25名未満要件及び同意要件を充足する特定買付け等につき公開買付けを不要とする規定が設けられるに至った経緯や,非限定説によるとこの規定が適用される余地が実際上極めて限られ,この規定が設けられた趣旨を没却する結果を招くことなど本判決が指摘するところに照らせば,非限定説を採ることはできないように思われる。
また,須藤裁判官の補足意見において指摘されているように,平成18年の証券取引法施行令及び他社株府令の改正の経緯等に照らしても,非限定説を採用した原判決を維持することは困難であろう(上記各文献のほか,田中信隆「カネボウ控訴審判決の教訓」商事1852号4頁参照)。
8 限定説での形式説と実質説
 限定説を採用した場合であっても,形式的に種類の異なる株券等であればすべて「株券等」に含まれない(形式説)のか,それとも,形式的に種類の異なる株券等であっても,実質的な内容が同一の株券等であれば,「株券等」に含まれる(実質説)と解する余地はないのかという問題がある。
この点について,本判決は明示的に触れてはいないが,普通株式とC種類株式の実質的同一性を問題とすることなく,公開買付けの要否を判断していることから,形式説を採用したものと考えられる。
実質説は,個別具体的な妥当性を追及するという点では優れているものの,その限界が不明確な面があることは否めない。そして,公開買付けを行うことが必要とされる場合に公開買付開始公告を行わなかったときには,買付者は,個人であれば3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金又はその併科に,法人であれば3億円以下の罰金に処せられることになるが(本件各買付け当時の証取法198条4号,207条1項2号,27条の3第1項。その後,法定刑は加重されている〔金融商品取引法197条の2第4号,207条1項2号,27条の3第1項参照〕。さらに,平成20年法律第65号による改正後の金融商品取引法の下では,公開買付開始公告なしに買付け等を行った場合に,買付総額の25%相当額の課徴金も課される。),このように公開買付けの実施の有無が刑事責任にも関わることなどからすれば,「株券等」の内容が不明確になる解釈は採り難いように思われる(この点については,太田=中山・前掲6頁が詳しい。)。
 9 本判決は,最高裁の判断が注目されていた法律上の論点につき,最高裁として初めての判断を示したものであり,TOB実務に与える影響も大きい。


有価証券報告書等の虚偽記載のある上場株式と不法行為に基づく損害賠償請求の賠償額
 最判平成23・9・13西武鉄道株式(不法行為)損害賠償請求事件、判例タイムズ1361号103頁

判決要旨1 有価証券報告書等に虚偽の記載がされている上場株式を取引所市場において取得した投資者が、当該虚偽記載がなければこれを取得することはなかったとみるべき場合において、当該虚偽記載の公表後に上記株式を取引所市場において処分したときは、上記投資者に生じた当該虚偽記載と相当因果関係のある損害の額は、その取得価額と処分価額との差額を基礎とし、経済情勢、市場動向、当該会社の業績等当該虚偽記載に起因しない市場価額の下落分を上記差額から控除して、これを算定すべきである。

判決要旨2 有価証券報告書等に虚偽の記載がされている上場株式を取引所市場において取得した投資者が、当該虚偽記載がなければこれを取得することはなかったとみるべき場合において、当該虚偽記載が公表された後のいわゆるろうばい売りが集中することによる上場株式の市場価額の過剰な下落による損害は、当該虚偽記載と相当因果関係がないとはいえない。

 1 本件各事件は,西武鉄道株式会社が,有価証券報告書に親会社である株式会社コクドの持株数等について虚偽の記載をして,上場廃止事由に該当する事実を隠蔽していたことにつき,虚偽記載の公表時に西武鉄道株式を保有していた株主ら(①事件は個人投資家ら,②事件は機関投資家又はその財産の信託を受けた信託銀行ら)が,西武鉄道,コクドを吸収合併した株式会社プリンスホテル,西武鉄道の代表取締役らに対し,不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
 上告審においては,上記虚偽記載と相当因果関係のある損害及びその額をどのように捉えるかが争点となった。この点に関する各事件原告らの主張はほぼ共通しており,大要,次のとおりであった。
〔主位的主張〕
 本件虚偽記載がなければ原告らが西武鉄道株式を取得することはなかったから,これを取得させられたこと自体が損害であり,対価として支出した取得価額全額(ただし,虚偽記載公表後にこれを処分した場合には処分価額,保有している場合にはその現在価額をそれぞれ控除した額)が損害額となる。
〔予備的主張1〕
 本件虚偽記載によって本来は上場を維持し得ない株式を上場株式としての付加価値が上乗せされた対価で取得させられたから,その付加価値分が損害であり,取得価額と取得時点での本来あるベき価額(想定価額)との差額が損害額となる。
〔予備的主張2〕
 本件虚偽記載がされた結果,虚偽記載の公表後に市場価額が大幅に下落したから,公表後の株価下落分が損害となり,公表直前の市場価額と公表後の処分価額又は現在価額との差額が損害額となる。
 学説上,主位的主張が取得自体損害,予備的主張1が高値取得損害・取得時差額損害,予備的主張2が発覚時下落損害などと呼ばれる。
 2 ①事件第1審は,原告らの予備的主張2を認め,虚偽記載の公表後に西武鉄道株式を処分した者につき,公表直前の市場価額と処分価額との差額及び弁護士費用相当額の損害賠償請求を理由あるものとして認容し(ただし,平成16年4月に西武鉄道の代表取締役に就任したCについては,同年3月期の有価証券報告書が提出された同年6月29日より前に西武鉄道株式を取得した原告らに対しては責任を負わないとして,同原告らの被告Y3〔Cの相続人〕に対する請求を棄却し),西武鉄道株式を現在も保有している者については,株価が虚偽記載の公表直前の市場価額まで回復したとして,請求を棄却した。
また,②事件第1審は,原告らの主位的主張を認め,取得価額と処分価額の差額及び弁護士費用相当額の損害賠償請求を理由あるものとして認容した。
 ①事件では,被告らと,原告らのうち西武鉄道株式を現在も保有している者が控訴し(原告らのうち現在西武鉄道株式を保有していない者のY3に対する請求については第1審判決が確定),②事件では,被告らのみが控訴した。
 第2審は,①事件及び②事件とも,主位的主張,予備的主張1を排斥した上,予備的主張2に係る虚偽記載公表後の株価下落の損害のうち虚偽記載と相当因果関係があるといえるのは一部であるとして,公表直前の市場価額の約15%及び弁護士費用相当額の損害賠償請求を理由あるものとして認容し,その余の請求を棄却した(ただし,平成16年4月に西武鉄道の代表取締役を辞任した被告Y2については,同年6月29日以降に西武鉄道株式を取得した原告らに対しては責任を負わないとして,同原告らのY2に対する請求を棄却した。)。
 両事件とも,原告らのみが上告受理の申立てをし,受理された(ただし,①事件のうち,平成16年6月29日以降にのみ西武鉄道株式を取得した原告らのY2に対する請求及び同日より前にのみ西武鉄道株式を取得した原告らのY3に対する請求については,Y2,Y3の責任自体が否定されるため,論旨は結論に影響を及ぼさないとして,不受理となった。)。
 3 最高裁第三小法廷は,①事件・②事件とも,原告らの主位的主張に係る損害の発生を認め,その損害の額の算定につき,それぞれ判決要旨1及び2のとおり判示して,本件を原審に差し戻した(ただし,①事件のうち,第1審判決に対して控訴をしていない原告らの請求については,審理判断の対象が第1審判決の認容額の範囲にとどまっているため,控訴棄却の自判がされた。)。
 すなわち,上記投資者が上記株式を取得してからこれを処分するまでの間に上記株式の市場価額が種々の要因によって変動することは通例であるところ,機関投資家である上記投資者は,当該虚偽記載がなければ上記株式を取得することはなかったとしても,取得した株式の市場価額が経済情勢,市場動向,当該会社の業績等当該虚偽記載とは無関係な要因に基づき変動することは当然想定した上で,これを投資の対象として取得し,かつ,上記要因に関しては開示された情報に基づきこれを処分するか保有し続けるかを自ら判断することができる状態にあったということができる。このことからすると,上記投資者が自らの判断でその保有を継続していた間に生ずる上記要因に基づく市場価額の変動のリスクは,上記投資者が自ら負うべきであり,上記要因で市場価額が下落したことにより損失を被ったとしても,その損失は投資者の負担に帰せしめるのが相当である。したがって,経済情勢,市場動向,当該会社の業績等当該虚偽記載とは無関係な要因に基づく上記株式の市場価額の下落分は,当該虚偽記載と相当因果関係がないものとして,上記差額から控除されるべきである。
 4 西武鉄道の有価証券報告書等の虚偽記載を理由とする損害賠償請求訴訟には,第1審又は第2審で終局したものが4件((a)東京地判平19.8.28判タ1278号221頁,(b)東京地判平19.9.26判タ1261号304頁,(c)東京地判平19.10.1判タ1263号331頁,(d)東京地判平20.2.21判タ1268号282頁),上告審に係属して第三小法廷で判決が言い渡されたものが4件((e-1)東京地判平20.4.24判タ1267号117頁〔①事件第1審〕,(e-2)東京高判平21.2.26判時2046号40頁〔①事件第2審〕,(f-1)東京地判平20.4.24判タ1267号274頁,(f-2)東京高判平21.3.31金判1316号2頁,(g-1)東京地判平21.1.30判時2035号145頁,(g-2)東京高判平22.3.24判時2087号134頁,(h-1)東京地判平21.3.31判タ1297号106頁〔②事件第1審〕,(h-2)東京高判平22.4.22金判1343号44頁〔②事件第2審〕),第三小法廷に係属中のものが1件((i-1)東京地判平21.1.30金判1316号2頁,(i-2)東京高判平23.2.23〔公刊物未登載〕)ある。
 これらの訴訟において,各裁判所の損害及びその額に関する判断はさまざまに分かれており,取得自体損害を認めたものが(b),(g-1),(h-1)(ただし,(b)は虚偽記載の公表前の下落分を控除した額が請求されていたためその範囲で認容された。),高値取得損害を認めた(又は理論的に認められるとした)ものが(a),(c),(g-2)(ただし,(a)は公表後の株価回復により損害が補填されたなどとして,(c)は取得価額を下回る想定価格の立証がないなどとして,請求棄却),発覚時下落損害を認めたものが(e-1),(i-1),発覚時下落損害の一部を認めたものが(e-2),(f-2),(h-2),(i-2)である。なお,(f-1)は,取得自体損害及び高値取得損害を否定して(発覚時下落損害の主張はなかった。),請求を棄却した。(d)も,高値取得損害の立証がないなどとして,請求を棄却した。
 5 有価証券虚偽報告書等の虚偽記載に基づく損害賠償に関する学説としては,平成元年頃に黒沼悦郎教授によってアメリカ法等の研究に基づく考察が発表された(黒沼悦郎「証券市場における情報開示に基づく民事責任(1)~(5・完)」法協105巻12号1頁,106巻1号74頁,2号37頁,5号55頁,7号65頁)。
流通市場における発行会社の責任規定と損害額の推定規定が設けられた平成16年の証券取引法改正が契機となり(岡田大ほか「市場監視機能の強化のための証券取引法改正の解説」商事1705号50頁以下参照,斎藤尚雄「不実開示に関する民事責任の拡充・課徴金制度の導入を通じた市場規律の回復と関係当事者への影響(中)(下)」商事1718号32頁,1721号54頁等),その後,主に西武鉄道関連の下級審裁判例の評釈という形で議論が展開し(黒沼悦郎・金判1289号2頁,同・商事1838号4頁,1839号20頁,1840号39頁,川島いづみ・金判1292号2頁,得津晶・ジュリ1397号103頁,松嶋隆弘・判評600号22頁,川村正幸・判評614号22頁,和田宗久・金判1328号8頁,石塚洋之・商事1868号4頁等),さらに,座談会等で採り上げられるなどして,さまざまな学説が唱えられるようになった(能見善久「投資家の経済的損失と不法行為法による救済」前田庸先生喜寿記念『企業法の変遷』309頁,神田秀樹「上場株式の株価の下落と株主の損害」曹時62巻3号1頁,岩原紳作ほか「金融商品取引法セミナー(13)」ジュリ1403号94頁,黒沼悦郎ほか「座談会・不適切開示をめぐる株価の下落と損害賠償責任(上)(下)」商事1906号6頁,1908号14頁,潮見佳男「虚偽記載による損害―不法行為損害賠償法の視点から」商事1907号15頁,同「不法行為における財産的損害の『理論』―実損主義・差額説・具体的損害計算」曹時63巻1号1頁,鬼頭季郎=内藤和道「虚偽記載等開示による株主のキャピタルロスと会社の損害賠償責任額について」判時2097号3頁)。
 西武鉄道関連の上記各訴訟における原告らの主張は,黒沼教授や能見教授の見解を基礎としている。黒沼教授は,不法行為法上の損害を「不法行為がなかった場合に想定できる利益状態と不法行為によって現実に発生した利益状態をそれぞれ金銭的に評価して得られた差額」をいうとの差額説の帰結として,①虚偽記載がなければ当該有価証券を取得しなかったと認められる場合には,当該有価証券を取得したこと自体が損害であり,取得価額と当該有価証券の現在価額(処分した場合には処分価額)との差額が賠償すべき損害の額となり(原状回復的な損害賠償),②虚偽記載がなければ当該有価証券を取得しなかったとまでは認められない場合には,当該有価証券を高値で取得したことが損害であり,取得価額と想定価額の差額が賠償すべき損害の額となると説いている。また,能見教授は,原状回復的な救済が望ましいとし,上記①の場合,現実の利益状態はゼロと評価すべきであるという。
 これらの見解に対しては,虚偽記載に係る有価証券を取得した者は,取得の時点では取得価額に相応する有価証券を取得しており,虚偽記載が公表されるまでの間は虚偽記載の影響のない価額でこれを処分することができるから,取得時点で損害が生じたといえないのではないかといった疑問や,虚偽記載の公表前の一般的な株価の変動についてのリスクは本来株主が負担すべきものではないかといった批判がある。
 神田教授は,差額説から理論的に取得時差額が導かれるわけではなく,取得時差額は損害の出発点にはなり得るが,損害は一時点以降に発生したり,拡大したり,減少したりすることがあり,どこまでの損害を相当因果関係のある損害であると解すべきかがポイントであるとする。
また,潮見教授は,取得者の財産総体に生じる損害を虚偽記載による損害と捉える立場から,公表前には取得者の財産総体に虚偽記載との関係での差額はなく,現在の時点で財産総体についての損害額を算定すべきであるとする。
 6 本判決は,まず,本件虚偽記載がなければ西武鉄道株式は上場廃止となっていた蓋然性が高く,原告らが西武鉄道株式を取得することはなかったとみるべきであるから,その限りで主位的主張は理由があると判断した。これは,判例の採る差額説の立場から,不法行為がなかった場合の仮定的利益状態が原告らの主位的主張に係る仮定的利益状態であるとの判断を示したものといえる。なお,①事件と②事件では原告らが一般投資家であるか機関投資家であるかの違いがあったが,上記判断に差異は生じなかった。
 その上で,損害の額すなわち上記仮定的利益状態と現実の利益状態との差額の算定について,判決要旨1のとおり判示し,取得価額と処分価額あるいは現在価額との差額から,経済情勢,市場動向,当該会社の業績等当該虚偽記載に起因しない市場価額の下落分を控除すベきであるとの判断がされた。また,判決要旨2のとおり,虚偽記載が公表された直後のいわゆるろうばい売りが集中することによる過剰な下落は,虚偽記載と相当因果関係がないとはいえないとの判断が示された。
 上記判断基準によると,虚偽記載の公表までの間に市場価額が下落した場合,通常,その下落は経済情勢,市場動向,当該会社の業績等虚偽記載に起因しないものと考えられ,公表時までの下落分は控除される(予備的主張2に基づく損害の額に近づく)場合が多いと考えられる。しかし,虚偽記載が公表される前においても,虚偽記載内容に変更が加えられるなどすることにより,当該虚偽記載に起因して市場価額が下落した場合には,虚偽記載に起因しない下落分のみ控除することになる。本判決は,本件においては虚偽記載の公表前に虚偽記載に起因して株価が下落していた可能性があるとし,このような場合,損害額の立証は極めて困難なものとなるが,民訴法248条により相当な損害額を認定すべきであるとした。
 7 判決要旨1に関しては,上記と異なる立場から,寺田裁判官の意見が付されている。その内容は,経済情勢や市場動向による株価一般の下落分は,本件虚偽記載がなければ他の株式を取得することにより被ったであろう損失として,取得価額と処分価額あるいは現在価額との差額から控除される余地があるが,当該会社の業績不振による株価下落分については控除される理由がないというものである。
 法廷意見と寺田裁判官の意見は,共に差額説を前提とし,原告らの主位的主張に係る仮定的利益状態と現実の利益状態との差額を損害であるとしながら,その額の算定について意見が分かれており,この点の判断が判例の採用する差額説や相当因果関係論上どのように位置付けられるのかについては,学説における更なる議論の深まりが期待される。
 8 本件は,虚偽記載がなければ当該株式を取得しなかったとみるべき場合の損害について判断されたものであり,これを取得しなかったとまではいえない場合の損害及びその額の捉え方は,今後に残された問題である。また,本件は,不法行為に基づく請求における損害額について判断されたものであり,金融商品取引法21条の2第1項に基づく請求については同条2項の損害額の推定規定があることから,また別個の判断を要することになると思われる。
 9 本判決は,有価証券報告書の虚偽記載のある上場株式を取得した株主に生じた,虚偽記載と相当因果関係のある損害の額という,学説や下級審裁判所の判断が多岐に分かれていた問題点につき,最高裁の基本的な考え方が示されたものであり,同種事案における判断の指針を示すものとして重要な意義を有する。


インサイダー取引罪の成立に公開買付け等の具体的な実現可能性があることは必要でない。最決平成23・6・6村上ファンド証券取引法違反被告事件、判例タイムズ1353号92頁
 1 本件は,村上ファンドに係るニッポン放送株のインサイダー取引の事案であり,被告人Zは,被告会社の取締役であり実質的経営者であったものであるが,平成16年11月8日ころ,株式会社ライブドア代表取締役兼最高経営責任者であったAらから,同社の業務執行を決定する機関が同社においてニッポン放送の総株主の議決権数の5%以上の株券等を買い集めることについての決定をした旨の公開買付けに準ずる行為の実施に関する事実の伝達を受けた後,同事実の公表前である同年11月9日から平成17年1月26日までの間,ニッポン放送株合計193万3100株を価格合計99億5216万円余りで買い付けた行為が,証券取引法(平成18年法律第65号による改正前のもの)167条3項に違反するとして,起訴された事案である。
 2 本件で問題となったのは,いわゆるインサイダー取引として処罰される取引のうち,証券取引法167条が規定する類型,すなわち,公開買付け等の実施に関する事実を知った公開買付者等関係者及び情報受領者による当該公開買付け等の対象となった株券等の取引であり,そのうち,「公開買付け等の実施に関する事実を知った」という要件を満たすか否かが主たる争点となった。より具体的には,証券取引法167条2項が,「公開買付け等の実施に関する事実」とは,公開買付者等が法人である場合,当該法人の「業務執行を決定する機関」が「公開買付け等を行うことについて決定をしたこと」と規定し,証券取引法施行令(平成17年政令第19号による改正前のもの)31条は,会社の総株主の議決権数の5%以上の株券等の買集めを,公開買付けに準ずる行為と定めていることから,①A及び,ライブドアの取締役兼最高財務責任者であったBが,ライブドアの業務執行を決定する機関であるか,②A及びBが,平成16年11月8日までの間に,ニッポン放送株の5%以上の大量買集めを行うことについての決定をしたのか,③被告人に故意があったのかが争点となった。
 3 1審判決は,A及びBは,ライブドアの業務執行を決定する機関であり,両名は,平成16年9月15日,ニッポン放送株の5%以上の大量買集めを行うことについての決定をし,それが同年11月8日に被告人に伝達され,被告人の故意が認められるとし,被告会社に対し罰金3億円を,被告人に対し懲役2年及び罰金300万円を,それぞれ言渡した。その理由の中で,同年11月8日頃のライブドアの資金調達力に照らして,ライブドアがニッポン放送株の大量買集めを実現する可能性はなかったから,「公開買付け等を行うことについての決定をしたこと」(以下,単に「公開買付け等の決定」ともいう。)はなかったとの被告人側の主張については,「公開買付け等の決定」とは,業務執行を決定する機関において,公開買付け等それ自体や公開買付け等に向けた作業等を会社の業務として行う旨を決定したことをいうと解するのが相当であり,公開買付け等の実現可能性が全くない場合は除かれるが,あれば足り,その高低は問題とならないと判示した。
 これに対し,被告人らが,法令適用の誤り,事実誤認,量刑不当を理由に控訴し,原判決は,量刑不当の論旨を容れて,1審判決を破棄し,被告会社に対し罰金2億円を,被告人に対し,懲役2年・3年間執行猶予,罰金300万円を言い渡した。「公開買付け等の決定」と公開買付け等の実現可能性の関係については,実現可能性は,投資者の投資判断に影響を及ぼし得るか否かを実質判断する際に重要な指標となり,主観的(内部的)にも,客観的にも,それ相応の根拠を持って実現可能性があるといえて初めて,「公開買付け等の決定」に該当するということができると判示して,この点に関する1審判決の考え方には賛同できないが,本件では1審判決の解釈を前提にしても「公開買付け等の決定」があったと認められるから,1審判決には判決に影響を及ぼすまでの法令の適用の誤りはないとした。
 4 ところで,証券取引法166条2項1号にいう株式の発行を行うことについての「決定」の意義については,最一小判平11.6.10刑集53巻5号415頁,判タ1006号120頁が,「証券取引法166条2項1号にいう『株式の発行』を行うことについての『決定』をしたとは,右のような機関において,株式の発行それ自体や株式の発行に向けた作業等を会社の業務として行う旨を決定したことをいうものであり,右決定をしたというためには右機関において株式の発行の実現を意図して行ったことを要するが,当該株式の発行が確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しないと解するのが相当である。」と判示している。同判例を前提にして,学説上は,インサイダー取引罪の構成要件である「決定」の有無の認定に当たり,「投資者の投資判断に影響を及ぼし得るか否か,すなわち事実の重要性は,理論的には,事実が実現した場合の規模と実現可能性を掛け合わせたものになるはずであり,実現可能性が低ければ重要性も低くなる。『決定』に該当するためには実現可能性がきわめて低くてもよい趣旨であるとすると,インサイダー取引規制を不当に拡大することになるので賛成しがたい。」と述べて(黒沼悦郎「インサイダー取引における『決定にかかる重要事実』の意義」商事1609号27頁),実現可能性の有無程度に重きを置くと見られる見解がある一方,「法167条においては,実現可能性の大小や公開買付者等関係者の実現可能性に対する認識はインサイダー取引の構成要件として規定されていない。そうだとすれば,かかる判例がある以上,実現可能性の大小にかかわらず,公開買付け等に向けた作業等を会社の業務として行う旨が決定されたことを知ってしまった者は,発行会社の株券等の買付け等を行うことを控えざるを得ないことになろう。」と述べて(荻野敦史「公開買付者等関係者のインサイダー取引規制」MARR142号17頁),実現可能性の大小を問わないという見解もあり,実現可能性の要否,要すると解する場合の程度に関して,通説というベき見解までは確立されていないような状況にあった。
 このような状況の中,「決定」の有無を判断する際に,公開買付け等の実現可能性をどのように位置付けるのかについて,本件の1審判決と原判決とで異なる解釈が示され,原判決の評釈の中には,前記平成11年判決に言及した上で,原判決の判断が最高裁でも維持されるのか注目されるとの指摘をするものもあった(太田洋=宇野伸太郎「村上ファンド事件東京高裁判決の意義と実務への影響」金判1315号4頁)。
 5 本決定は,上告趣意は適法な上告理由に当たらないとした上で,職権で,インサイダー取引罪が成立する旨判示した。「決定」の有無の判断の際に公開買付け等の実現可能性がどのように位置付けられるかという点に関しては,証券取引法167条は,インサイダー取引としての規制範囲を明確にして,予測可能性を高める見地から,同条2項の決定の事実があれば通常それのみで投資判断に影響を及ぼし得ると認められる行為に規制対象を限定することによって,投資判断に対する個々具体的な影響の有無程度を問わないこととした趣旨と解されるとした上で,証券取引法167条2項にいう「公開買付け等を行うことについての決定」をしたというためには,同項にいう「業務執行を決定する機関」において,公開買付け等の実現を意図して,公開買付け等又はそれに向けた作業等を会社の業務として行う旨の決定がされれば足り,公開買付け等の実現可能性があることが具体的に認められることは要しない旨判示した。
 本決定は,「決定」の有無の判断の際に,決定に係る事項の実現可能性がどのように位置付けられるかという前記平成11年判決以来の論点に関し,実現可能性が具体的に認められることを要しないことを明らかにした。