労災保険と使用者に対する損害賠償請求 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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労災保険と使用者に対する損害賠償請求

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相続

労災保険と使用者に対する損害賠償請求


最高裁判決昭和37年4月26日、損害賠償並びに慰藉料請求事件
民集16巻4号975頁

【判示事項】 1、民法第717条にいわゆる「土地の工作物」に該当するとされた事例
       2、労働者災害補償保険法による遺族補償費として受給者の財産的損害額をこえる金額が支給された場合と受給者以外の遺族の財産的損害賠償請求権の有無
       3、労働者災害補償保険法による遺族補償費の受給と遺族の慰藉料請求権の有無
       4、労働者災害補償保険法による葬祭料の受給と遺族の損害賠償請求権の有無

【判決要旨】 1、炭坑の坑口附近に設置された捲上機の一部をなし、単車を坑口に捲き上げるために使用される源判示ワイヤロープ(原判示引用の第一審判決理由参照)は、民法第717条にいわゆる「土地ノ工作物」に該当する。
       2、労働者災害補償保険法に基づき妻に支給された遺族補償費の額が、妻の使用者に対して有する不法行為による財産的損害賠償請求権の額をこえる場合でも、妻以外の遺族は、そのことと関係なく、使用者に対し、不法行為による財産的損害の賠償を請求することができる。
       3、労働者災害賠償保険法に基づき遺族補償費が支給された場合でも、遺族は、別に、使用者に対し、不法行為による損害賠償としての慰藉料を請求することができる。
       4、労働者災害補償保険法に基づき葬祭料が支給された場合でも、不法行為による遺族の損害賠償請求権には消長をきたさない。

【参照条文】 民法717条、民法711条
       労働者災害補償保険法12-1
       労働者災害補償保険法5号
       労働基準法79条、労働基準法80条
       労働基準法84条2項

上告理由第一点について。
 原判決の引用にかかる第一審判決が捲上機(従って、その一部であるワイヤロープも)を以て民法七一七条に言う土地の工作物に該当するものと解した同判決の判断は、当裁判所もこれを正当として支持する。所論は右に反する独自の見解であって、採るを得ない。
 同第二点について。
 所論は、要するに本件ワイヤロープの設置又は保存には何らの瑕疵がなかったという主張に帰する。しかし、原判決並びにその引用にかかる第一審判決の認定した事実によれば、本件フィヤロープは捲上機の捲き上げる力に耐え得なかったと言うのであるから、本件捲上機にはその設置又は保存について瑕疵があったものと認めるを相当とする。同趣旨に出た原判決並びに第一審判決の判断は正当であり、所論はこれに反する独自の見方であって、採るを得ない。
 同第三点について。
 所論は、本件事故の発生は偏に被害者Aの注意の欠如に因るものであるという主張に帰する。
しかし、原判決の引用にかかる第一審判決によれば、判示の各諸点より観察するも、右Aの注意の欠如によって本件事故が発生したものとは認められないというのであって、その挙示の証拠関係に徴すれば、そのような判断は可能でないことはなく、その判断の過程に所論の違法あるを認め難い。
所論は、ひっきょうするに右判断の前提となった事実に抵触する事実を主張して原審並びに第一審がその裁量の範囲内で適法になした事実認定を非難攻撃するに帰するものであって、採るを得ない。
なお、附言するが、土地の工作物の設置又は保存の瑕疵に因って発生した損害については、工作物の所有者は自己の無過失の故を以てその賠償の責を免れ得ない筋合のものである。従って、上告人自己に過失の責任なしとする趣旨の所論は採用に値しない。
 上告理由第四点について。
 原判決の引用する第一審判決によれば、本件事故による被害者Aの死亡に因り物質的の損害賠償としてその妻たる被上告人Bは金二一万三七一四円の、被上告人C、同D、同EはAの子として各金一四万二四七六円の各請求権を取得したものとされ、その外に慰藉料として被上告人Bは金一〇万円、被上告人Fは金三万円、被上告人C、同D、同Eは各金五万円の請求権を取得したものとされたこと、一方被上告人BはAの本件事故に因る死亡を理由として労働者災害補償保険法に基づき遺族補償費として金三六万八84〇円、葬祭料として金二万二一三〇円の各交付を受けたことは所論のとおりである。そして、右のような場合労働基準法84条二項及び労働者災害補償保険法12条1項4号、一五条、労働基準法施行細則四二条の法意に基づき被上告人Bの受けたる右遺族補償費三六万八84〇円はBの取得するものとされた前示物質的の損害賠償請求権二一万三七一四円にのみ充てらるべき筋合のものであって、同人の前示慰藉料請求権にも、亦その他の被上告人の損害賠償(有形無形とも)請求権にも及ばないものであり、前示葬祭料に至っては勿論その対象とならないものと解するを相当とする。
従って叙上と同趣旨に出た原判決並びに第一審判決の判断は正当であって、その間に法律の解釈及び適用を誤った瑕瑾ありと言うを得ない。所論は右に反する独自の見解であって、採用できない。


労災保険法と使用者の災害補償義務

最高裁判決昭和49年3月28日、 損害賠償請求事件
最高裁判所裁判集民事111号475頁、判例時報741号110頁

【判示事項】 労災保険法に基づく遺族補償一時金の支給額が労基法79条所定の補償額に達しない場合における使用者の災害補償義務

【判決要旨】 労働者の遺族が、労働基準法79条に定める災害補償と同一の事由について労働者災害補償保険法12条1項4号、16条所定の遺族補償一時金の支給を受けるべき場合においては、昭和四五年法律第八八号による改正前の同法に定める遺族補償一時金のように、その支給額が労働基準法79条所定の補償額に達しないときでも、使用者は,同法84条1項により、79条に基づく災害補償義務の全部を免れる。

【参照条文】 労働者災害補償保険法12条1項
       労働者災害補償保険法16条
       労働基準法79条
       労働基準法84条1項

 労働者災害補償保険法に基づく労災保険制度は、労働基準法による災害補償制度から直接に派生したものではなく、両者は、労働者の業務上の災害に対する使用者の補償責任の法理を共通の基盤とし、並行して機能する独立の制度であることに照らせば、労働者の遺族が、労働基準法79条に定める災害補償と同一の事由について労働者災害補償保険法12条1項4号、16条所定の遺族補償一時金の支給を受けるべき場合においては、昭和四五年法律第八八号による改正前の同法に定める遺族補償一時金のように、たとえその支給額が労働基準法79条所定の補償額に達しないときであっても、使用者は、同法84条1項により、79条に基づく災害補償義務の全部を免れると解するのが相当である。


使用者による代位

最高裁判決平成元年4月27日、労災保険金代位請求事件
民集43巻4号278頁 、判例タイムズ697号177頁

【判決要旨】 労働者の業務上の災害に関して損害賠償債務を履行した使用者は、賠償された損害に対応する労働者災害補償保険法に基づく保険給付請求権を代位取得しない。

【参照条文】 民法422条
       労働基準法84条2項
       労働者災害補償保険法67条

 一、使用者(事業主)Xの従業員であったAは、昭和42年6月7日、業務中の事故により脳挫傷等の傷害を受け、Xに対して不法行為による損害賠償を請求したところ、その事件の上告審は、Aの逸失利益を算定するに当たり、Aが既に受給した労災保険法による休業補償給付、長期傷病給付及び厚生年金保険法による傷害年金(傷害厚生年金)は控除すべきであるが、将来受けるべき労災保険法による長期傷病補償給付(中間利息を控除した金額395万6114円)及び厚生年金保険法による傷害年金は控除すべきでないとして、未払の右各保険給付金相当額をも逸失利益に加えて支払を命じた(最3小判昭52・10・25民集31巻6号836頁。以下「前件判決」という。)。
 そこで、Xは、前件判決で命じられた損害賠償額を支払ったので、Aが重ねて右保険給付を受ける理由はなく、民法422条(賠償者の代位)、労災保険法の趣旨(責任保険)又は公平の原則により、Aが有していた労災保険(昭和55年8月支給分までが長期傷病補償給付、その後は傷病補償年金)給付請求権のうちXが支払った将来分の労災保険給付額に相当する金額を取得したと解すべきであるとして、国に対して、前記395万6114円とこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
 なお、控訴審の弁論が終結した昭和50年2月13日からXの支払までの間に、Aは124万4564円の傷害補償年金の給付を受け、その後も労災保険法に基づく長期傷病補償給付及び傷病補償年金の給付を受けた。
 第1審 請求棄却、控訴審 X一部勝訴(事実審口頭弁論の終結から支払まで保険給付がされたことにより、Xの支払時においては右金額分だけ損害賠償額も減少し、支払を要しなくなっていたとして、右金額分の請求を棄却し、その余の請求を認容)
国から上告。
 二、労働者が業務上の災害により負傷した場合、その災害の原因が使用者にあると(使用者行為災害)、第三者にあると(第三者行為災害)を問わず、使用者は労働基準法に従い災害補償責任を負い、被災労働者は労災保険給付を受けることができるが、これとは別に災害の原因をもたらした使用者又は第三者に対して民法上の損害賠償を請求することができる。
 民法上の損害賠償責任は、債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法行為の要件(加害者側の違法性)の充足を必要とし、文字通り被害者の受けた損害を賠償することが目的であり、損害賠償請求権は損害に代わるものということができる。
他方、労働基準法上の災害補償責任は、使用者の違法性を要件としないで、労働者の業務上の負傷、疾病による療養、逸失利益の填補を目的とするものであり、その填補内容は給与を基準とした定率方式で算定され、災害により受けた全損害の填補を予定するものではなく、精神損害の填補は予定していない。
しかし、他方で労働者家族の生活の保護という面では損害賠償とは異なる観点から遺族への補償が行われることになる。
そして、労災保険給付は、業務災害からの労働者の保護、社会復帰、遺族の援護等を保険給付の形式により迅速、公平に行うことを目的とするものであり(労災保険法1条)、保険給付がされるべき損害について使用者は補償責任を免れるという関係になる点で(労基法84条1項)、実質的には労災補償責任を保険するものとして機能している。
このように、賠償責任、補償責任、保険給付は、それぞれ異なる制度であるが、同一の損害が填補された場合に、被災労働者に重複して損害の填補を受けさせることは制度本来の目的とするところではない。
 そこで、保険給付と損害賠償との調整は、 第三者の行為により労働者が損害を被り、その第三者に対して損害賠償を請求することができる場合には、第三者の賠償責任は最終的なものであり、保険給付もこの賠償責任を填補することを予定せず、保険給付がされても最終的な賠償責任が免除される関係にはないので、保険給付が先にされた場合は、政府はその給付の価額の限度で保険受給者の第三者に対する賠償請求権を取得し(この理由付けは、賠償者の代位と共通する。
労災補償責任との調整に関する最3小判昭36・1・24民集15巻1号35頁)、保険受給者は第三者に対する損害賠償請求においては、支払いを受けた保険給付の価額の限度で賠償請求権を失う(最3小判昭50・1・31民集29巻1号68頁)こととなり、他方、第三者の賠償が先にされた場合は、政府はその価額の限度で保険給付をしないことができる(現行の労災保険法12条の4(昭和48年法律第85号による改正前は労働者災害補償保険法20条))。
 すなわち、第三者行為災害の場合は、第三者の責任の免責は問題とならないから、二重填補の調整は、損害賠償が先行するときは保険給付の停止により、保険給付が先行するときは賠償請求権の国への移転により解決されることになる(第三者の損害賠償責任の存否の問題ではなく、賠償請求権の帰属の問題として処理される。)。
したがって、将来の保険給付分は、第三者の損害賠償額から控除しないこととしても、当事者間の利害に実質的な相違は生じないといえる。
 使用者行為災害にあっては、先に保険給付がされた場合は、被災労働者の損害はその限度で填補されることになるので、労基法84条2項を類推して、同一事由について、その価額の限度で、使用者は損害賠償責任を免れるとするのが、通説(『注釈民法(19)』57頁〔篠原〕、三島=佐藤『労働者の災害補償』141頁、時岡「損害賠償請求と労災保険給付の控除」『新実務民訴法講座4』290頁、塩崎『注解交通損害賠償法』498頁)、判例(最高裁昭和52年10月25日第3小法廷判決・民集31巻6号838頁)であるが、損害賠償責任が先に履行された場合については、困難な問題を生ずることになる。
これが、本件で問題とされた点である。
 三、前件判決以前の労災実務の立場としては、保険給付と損害賠償責任との調整は損害賠償の側において行なわれる(将来給付分についても、損害賠償額の減額事由となる)と考えられていたとのことであり(安西『労災保険と民事賠償調整の実務』100頁、片岡・窪田還暦「労働災害補償法論」278頁、労働省労基局労災管理課『改正労災保険制度の早わかり(1981年)』125頁)、前件判決後も、将来の保険給付分を損害から控除すべしとするものに、西村「損害賠償と労災保険給付の控除」民商78巻臨時(4)434頁、加藤「労働災害と民事賠償責任」季刊労働法113号4頁、下井・季刊民事法7 214頁がある。
 三、前件判決は、労基法84条2項の文言が補償責任が「履行されたとき」に、その価額の限度で損害賠償責任が免ぜられると規定しており、保険給付についても右規定を類推すべきことから、将来の保険給付については、その給付がされることが確定していても損害賠償額から控除すべきではないとしたものとされており、損害賠償責任が履行された場合は保険給付もその価額の限度で減免されると解されていたもののようである(最高裁判例解説民事編昭和52年〔27〕時岡)。
したがって、前件判決も被災労働者の二重填補を予定したものではないが、未払いの保険給付については、損害賠償の履行を遅らせて保険給付を待てば損害賠償債務が減少するということになり、履行を遅滞することが使用者の利益となるという事態が生じたということができる。
 四、民法422条の規定の趣旨については、債務不履行による損害賠償によって債権の目的たる物又は権利の価格の賠償を受けたにもかかわらず、債権者にその物又は権利を帰属させておくことは、債権者に二重の利得をさせることになり、不都合であるが(寄託契約において寄託物を喪失し、その返還が不能となった場合に、寄託物の価格全額の賠償を受けた債権者が寄託物の所有権を保持していることは、寄託物が後に発見されたときに、債権者に不当な利得を与えることになる)、不当利得の規定による解決では償還義務の範囲が現存利益に限られ、また、不当利得の返還をする際に債権者が無資力になっていることもあるので、法律上の当然の効果として、賠償された債権の目的たる物又は権利が債権者に移転することとしたものであると説かれている(我妻『債権総論』148頁、星野『民法概論Ⅲ』88頁、於保『債権総論〔新版〕』156頁、林=石田=高木『債権総論〔改訂版〕』141頁、奧田『債権総論(上)』216頁、石田他『債権総論』89頁等)。
 民法のこの理論は、債権の目的たる物又は権利のみならず、それに代わる権利(右寄託物を損壊した者に対する損害賠償請求権)にも及び、更に、不法行為による損害賠償にも類推適用されると解されている(甲所有の物を不注意で紛失した者がその物の代価を賠償したときは、その物の所有権を取得し、その物を損壊した者があるときは、その者に対する損害賠償請求権を取得する。)。
 ところで、すでに触れたとおり、損害賠償請求権は正に損害に代わる権利であるが、労災保険給付請求権は被災労働者の保護及び遺族の援護を目的とするものであり、損害賠償と同一の損失を補償するが、損害に代わる権利ということはできない。
したがって、第三者行為災害について労災保険給付をした政府は第三者に対する損害賠償請求権を代位取得し(最2小判昭52・4・8裁判集民事120号433頁)、使用者が補償責任を履行した場合にも、民法422条を類推して、使用者は第三者に対する損害賠償請求権を取得するが(最3小判昭36・1・24民集15巻1号35頁)、逆に、損害賠償義務を履行した者が労災保険給付請求権を代位取得することは予定されていない。
 五、本件においては、被災労働者が結果的に二重の填補を受け、保険料を負担した使用者が早期に義務を履行したが故に不利益な扱いをうけるという結果となったが、賠償者の代位によりその解決を図ることは困難というほかない。
また、右のような結果を生じさせないような立法上の措置が必要であったとしても、その内容において使用者の保険に対する期待をいかなる範囲、方法で保護するかは、労災保険制度に関する立法上の問題ということになろう。
 なお、前件判決を受けて、被災労働者への重複填補を避けるべく労災保険法67条が新設されている。