最高裁平成21年7月10日・(公害防止協定に基づく)産業廃棄物最終処分場使用差止請求事件 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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最高裁平成21年7月10日・(公害防止協定に基づく)産業廃棄物最終処分場使用差止請求事件

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相続

最高裁平成21年7月10日・(公害防止協定に基づく)産業廃棄物最終処分場使用差止請求事件

【判示事項】 町とその区域内に産業廃棄物処理施設を設置している産業廃棄物処分業者とが締結した公害防止協定における,上記施設の使用期限の定め及びその期限を超えて産業廃棄物の処分を行ってはならない旨の定めは,廃棄物処理法の趣旨に反するか

【判決要旨】 町とその区域内に産業廃棄物処理施設を設置している産業廃棄物処分業者とが締結した公害防止協定における,上記施設の使用期限の定め及びその期限を超えて産業廃棄物の処分を行ってはならない旨の定めは,これらの定めにより,廃棄物処理法に基づき上記業者が受けた知事の許可が効力を有する期間内にその事業又は施設が廃止されることがあったとしても,同法の趣旨に反しない。

【参照条文】 民法91条、民法3編2章(契約)
廃棄物の処理及び清掃に関する法律7条の2第3項、9条3項、14条の2第3項、15条の2の5第3項
【掲載誌】  最高裁判所裁判集民事231号273頁、判例タイムズ1308号106頁
      
1 事案の概要
 (1)本件は,旧A町の地位を合併により承継したX市が,Aの区域内にあった土地(本件土地)に産業廃棄物の最終処分場(本件処分場)を設置している産業廃棄物処分業者(処分業者)Yに対し,A,Y間の公害防止協定で定められた本件処分場の使用期限が経過したと主張して,同協定に基づく義務の履行として,本件土地を本件処分場として使用することの差止めを求める事案である。
 (2)事実関係の概要は,次のとおりである。
 ア Yは,Aとの間で,平成7年7月,本件処分場につき公害防止協定(旧協定)を締結した。旧協定は,前文において施設の規模等やその使用期限を定め,12条において,Yは上記期限を超えて産業廃棄物の処分を行ってはならない旨を定めていた(上記使用期限の定めと12条の定めを併せて「旧期限条項」という)。
 イ Yは,知事から,処理施設の変更許可を受けたのに伴い,Aとの間で,平成10年9月,本件処分場につき,改めて公害防止協定(本件協定)を締結した。本件協定は,前文中の施設の規模を,上記変更許可に沿うよう改めたものであり,その内容は,付随的な事項に関する若干の条項が加えられた以外は,旧協定と異なるところはない(本件協定中の旧期限条項と同内容の定めを「本件期限条項」という)。
 ウ Yは,上記使用期限の経過後である現在も,本件土地に設置した本件処分場を使用している。
 (3)控訴審判決は,「廃棄物処理法は,種々の許可権限等を知事にゆだねている。旧期限条項が法的拘束力を有するとすれば,本件処分場に係る知事の許可に期限を付するか,その取消しの時期を予定するに等しいこととなるが,そのような事柄は知事の専権であり,旧期限条項は,同法の趣旨に沿わない。」などと判示した上,旧期限条項及びこれと同旨の定めである本件期限条項に法的拘束力を認めることはできないとし,Xの請求を棄却した。
 (4)これに対し,本判決は,①まず,旧協定締結当時の廃棄物処理法が定める知事の権限等に関する規定の趣旨からすれば,知事の許可は,処分業者に対し,許可が有効な限り事業や処理施設の使用を継続すベき義務を課すものではないこと,処分業者による事業や処理施設の廃止は,知事への届出で足りるとされていることなどからすれば,処分業者が,公害防止協定において,事業や処理施設を将来廃止する旨を約束することは,処分業者の自由な判断で行えることであり,その結果,許可が有効な間に事業や処理施設が廃止されることがあったとしても,同法に抵触しない旨述べて,旧期限条項は同法の趣旨に反しないとした。②そして,そのような同法の趣旨,内容は,その後の改正でも変更されていないから,本件期限条項が本件協定締結当時の廃棄物処理法の趣旨に反するということもできないとした上で,控訴審の判示するような理由によって本件期限条項の法的拘束力を否定することはできない旨判示して,控訴審判決を破棄し,更に審理を尽くさせるため,本件を控訴審に差し戻した。
2 公害防止協定について
(1) 公害防止協定とは,公害の防止又は公害発生後の事後処理を目的として,地方公共団体や住民が,事業者(企業)との間で結ぶ取り決めをいう。
我が国では,昭和39年に,横浜市が,埋立地に進出する企業との間で締結したのが,最初の本格的な公害防止協定であるといわれている。その後,公害防止協定は,公害の規制に関する法律や条例を補完するものとして,急速に全国の地方公共団体に広がり,法律や条例と並ぶ第三の公害防止行政上の有力な規制手段となった(原田尚彦『環境法〔補正版〕』164頁,芝池義一「行政法における要綱および協定」芦部信喜ほか編『岩波講座基本法学(4)契約』277頁,中山充「公害防止協定と契約責任」北川善太郎先生還暦記念『契約責任の現代的諸相(上)』321頁)。
(2) 公害防止協定の法的性質やその法的拘束力の有無に関し,学説は,①公害防止協定の法的拘束力を一律に否定する「紳士協定説」(淡路剛久「公害行政における防止協定の位置」職研3巻2号18頁,山内一夫『行政指導の理論と実際』180頁)と,②契約としての法的拘束力を肯定する「契約説」とに大別され,「契約説」は,更に,(Ⅰ)その法的性質を,契約当事者が私的自治の原則に従って締結する私法上の契約であると解し,民事訴訟によって協定上の義務の履行を強制できるとする「民事契約説」(私法契約説。鳴海正泰「企業と防止契約締結」佐藤竺=西原道雄編『公害対策Ⅰ』347頁,野村好弘「公害防止協定の民事法的側面」判タ248号2頁),(Ⅱ)公害防止協定は,行政目的の手段であり,住民の住環境の保全という公共の利益の保護を目的としている点で,私的な財産上の利益の保護・調整を目的とする民事法の妥当範囲を超えるとして,これを行政契約(公法上の契約)と解し,公法上の当事者訴訟(行政事件訴訟法4条)によって,協定上の義務の履行を強制できるとする「行政契約説」(公法契約説。原田・前掲171頁,北村喜宣『自治体環境行政法〔第4版〕』67頁等)などに分かれている。
(3) 公害防止協定が用いられ始めたころは,「紳士協定説」が有力であったようであるが(原田尚彦「公害防止協定とその法律上の問題点」ジュリ458号275頁),最近では,「契約説」が学説の大勢を占めている(上記Ⅰ及びⅡの各文献のほか,芝池・前掲296頁,中山・前掲326頁,塩野宏『行政法Ⅰ〔第四版〕』178頁,小早川光郎『行政法(上)』262頁,大塚直『環境法』72頁)。
(4) ア 紳士協定説は,「行政上の規制は,法律や条例に基づいて一律に実施されるべきであり,これを超える規制を公害防止協定によって事業者に対して加えることは,法律による行政の原理や,地方自治法14条2項に違反する」との考え方を強調するものと考えられる。しかし,公害の防止等を目的とする法令が定める規制措置は,一般的には,環境の保全や住民の生命・健康の維持という観点からの必要最小限の規制であると考えられ,事業者が,地方公共団体との間の個別の合意により,法令が定める規制を超える義務を負うことを排斥する趣旨を含むものではないと考えられる。そうすると,このような趣旨の合意に法的拘束力を認めても,法律による行政の原則に反することにはならないし,いわゆる非権力的な行政作用として地方自治法14条2項に反するということにもならないと考えられる(原田・前掲『環境法〔補正版〕』173頁,芝池・前掲295頁,中山・前掲328頁)。現在,多数の公害防止協定が各地方公共団体で公害防止のための有効な手法として活用されていることに照らしても,その実効性を著しく損なうことになる紳士協定説を採用することは相当でないと考えられる。
(5) イ 契約説を前提とすれば,公害防止協定中の条項の法的拘束力の有無については,通常の契約解釈と同様に,①当事者が法的拘束力を持たせる意思で当該条項を定めたか否かや,②契約内容の一般的有効要件(確定性,実現可能性,適法性〔民法91条参照〕,社会的妥当性〔民法90条参照〕。内田貴『民法Ⅰ〔第4版〕総則・物権総論』267頁)を満たすか否かを,個別具体的な公害防止協定中の個々の条項ごとに,種々の事情を総合的に勘案して判断すべきことになると考えられる(原田・前掲『環境法〔補正版〕』170頁,芝池・前掲298頁,中山・前掲335頁。公害防止協定が,法律による行政の原理や,地方自治法14条2項を実質的に潜脱するものでないかは,上記の「適法性」ないし「社会的妥当性」の判断の中で考慮されることになろう)。このような解釈態度は,公害防止協定中の条項が,対象となる施設の性質や規模,想定される公害の内容,締結に至る交渉経緯等に応じて千差万別であり,一般論としてその性格付けを行うことは困難と思われることからしても,公害防止協定の実効性確保という観点からも,妥当なものと考えられる。
3 本判決について
 (1)これまで,地方公共団体と事業者との間の公害防止協定の法的性質やその法的拘束力につき正面から判示した最高裁判例はなかった。本判決は,これらの点についての一般論を述べたものではないが,その判示内容からして,公害防止協定の法的性質につき「契約説」の立場を前提とするものであると考えられる。しかし,この判決が,契約の法的性質(民事契約か行政契約か)につきどのような立場を採ったものかは,明らかではない。本件は,契約の法的性質いかんによって結論が左右される事案ではなく,この点につき判示する必要はないとされたのであろう。
 (2)控訴審判決は,種々の許可権限等を知事にゆだねた廃棄物処理法の趣旨に反する強行法規違反の合意であるとして,旧期限条項及び本件期限条項を無効であると解したものと考えられるが,本判決は,既に述べたとおり判示して,そのような控訴審の考え方を否定した。本判決の判示内容からすれば,廃棄物処理法の趣旨,内容が本判決が述べるようなものである限り,地方公共団体と処分業者との間の公害防止協定に本件期限条項と同様の条項が定められた場合,当該条項を,同法の趣旨に反する強行法規違反の合意であるとの理由で無効と解することはできないと考えられる。
 (3)なお,本判決が直接触れるところではないが,地方公共団体が事業者に対して公害防止協定上の義務の履行を求める訴訟と,最高裁平成14年7月9日・民集56巻6号1134頁,判タ1105号138頁との関係について補足しておく。
 平成14年最判は,市が,条例の規定に基づき市長が発した建築工事の中止命令の名あて人に対し,同工事を続行してはならない旨の裁判を求める訴えを提起した事案に関し,「国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は,……法律上の争訟……として当然に裁判所の審判対象となるものではなく,また,これを認める特別の規定もないから,不適法である」旨判示する。
学説には,公害防止協定を行政契約であると解した上で,平成14年最判によれば,地方公共団体が事業者に対して公害防止協定上の義務の履行を求める訴訟も,法律上の争訟ではないことになるなどとするものがあるが(斎藤誠「自治体の法政策における実効性確保――近時の動向から」自研660号7頁),そのような訴訟は,地方公共団体が,事業者との間で対等な立場に立って締結した契約上の義務(地方公共団体自身が有する契約上の請求権)の履行を求めるものであって,平成14年最判にいう「地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟」には当たらないと考えるベきであろう。
 (4)本判決は,地方公共団体と事業者との間の公害防止協定の法的拘束力に関する初めての最高裁判例であり,公害防止協定が公害防止行政上の有力な規制手段となっていることに照らし,実務上,重要な意義を有するものと考えられる。
 本判決の評釈として,北村喜宣・速報判例解説5号・333頁,石井昇・法セ659号123頁がある。