「震災から丸2年が経過しましたが・・・」 - 新築工事・施工全般 - 専門家プロファイル

清水 康弘
株式会社参創ハウテック 代表取締役社長
工務店

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閲覧数順 2016年12月04日更新

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「震災から丸2年が経過しましたが・・・」

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家づくり

 未曾有の震災から丸2年が経過しました。当時を振り返り、メディアに寄稿したコラムを掲載させて戴きます。

「被災地に寄り添うということ」
           
 東日本大震災から数カ月余りが過ぎようとしている。テレビもラジオも新聞も週刊誌なども被災地の状況を争うように伝えている。
 少し離れた東京にいても「がんばれ」「ひとつになろう」「負けるな」なという企業メッセージが街中に踊っている。一方被災地では、一瞬で暮らしと言う名の袋の底が抜けてしまい、今もなお先が見えない生活を余儀なくされている。
 こんな状況の時には、必ずと言ってよいほど、
「神は人に乗り越えられない試練は与えない。だから頑張ろう。」
と、誰かが言い出すものだ。しかし、家も家族も仕事も失った人の前では、こんな言葉は無力だろう。仮に私たちに
「はい、がんばります。」
と答えてもらったところで、表面的な言葉とは裏腹に、現実との溝は埋まることがない。ただ、ただただ途轍も長い時間にしがみつきながら、今日より明日、明日より明後日をと、日々を積み上げていくしかできないのではないか。

 震災後、多くの芸人やスポーツ選手、さらに歌手の方々が被災地を慰問に訪れているという。避難所でネタを披露し、子供たちとスポーツを楽しみ、心に残る歌を披露し、さらに義援金を集めるなど、その活動は日増しに活発になっているようだ。
「私たちにできるのはこれだけ」と、僅かな時間でも被災地と寄り添うことを選んだボランティア活動の輪には感動を覚える。

 私自身は、3.11以降は東京にいても、震災がらみの様々な対応に追われて過ごした。
 いや、忙しさを理由にして、現実から目を背けていただけかもしれない。私は、神戸にしても、中越しても、大規模な震災がある度に、現地に足を運んできた。しかし今回は違った。未曾有の自然災害と相次ぐ余震、さらに追い討ちをかけた原発事故、首都圏も被災地と言わんばかりの風評や都市機能の脆弱さゆえのインフラ不安に巻き込まれ、うろたえたのかも知れない。
 しかし、家づくりに携わる者として、被災地の状況を目の当たりにすることは、今後の住宅建築の実務に役立つはずだ。工務店経営者として、できる限り多くの社員を伴って被災地へ行き、現実を直視しておかなければという思いが、時間の経過とともに湧き上がってきた。

 そして6月上旬、ようやくスケジュールが固まり、当社の現場監督7人と共に被災地へ向かった。
 津波被害が大きかった宮城県女川へ向うことにし、石巻市内を流れる旧北上川を渡ると、地盤沈下や切り立った崖が崩れている様子や、津波で流され電柱やブロック塀に乗り上げて放置されている車両の数々を目にした。また地盤沈下のため、満潮時になると道路の一部が冠水し、通行止めになるほどだった。
 車を進め、内海のため津波被害をあまり受けなかった万石浦を過ぎ、緩やかな坂道を越えた辺りで景色が一変しました。海から数10メートルの高さはあろうかと思える場所に建っていたはずの木造住宅が、基礎と土台を残したまま架構ごと無くなっていた。また1階を津波が通り抜けた家の中には、瓦礫や流された車が、そのまま入り込んでいた。
 さらに車を進めると、言葉を失う壮絶な光景が飛び込んできた。津波の凄まじい威力で、鉄筋コンクリートや鉄骨などの堅牢な建物が瓦礫の中で、様々な方向へ倒れていた。澄み切った青い空とコバルトブルーの海にまったく似合わない光景が、そこにあった。
 私たちは邪魔にならない場所に車を停め、ヘルメットを被り、建物に近寄って詳細を観察したが、支持杭ごと引き抜かれて倒れた建物、まるで小枝のように簡単に引き千切られた鉄筋、さらには地盤が下がり、足元が水没する建物など、見る限りでは設計ミスや施工不良があったわけでもない、人が長い歳月を経て築き上げた建築を、嘲笑うかのような自然の猛威の爪跡だけが残っていた。

 気がつくと、私と数名は車の停車場所から離れた場所まで来ていたが、残りの社員は車の周辺をうろついている様子が瓦礫の向こうに見えた。
「折角、視察に来たのだから・・・」
と、後になって問うたが、想像を超えた被災地の惨状と、ここで命を失った被災者のことを考えると、カメラを向ける気持ちになれなかったと、異口同音に答えが返ってきた。
「私も神戸の時は盗み撮りしているような気持ちになったので、皆の気持ちはわかるが、この悲劇を二度と繰り返さないために、今こうしてここにいることを考えて欲しい。」
とだけ伝えたが、少し頷いただけで、それ以上言葉は続かなかった。

 今しがた通って来た坂道を戻りかけたあたりにある一軒のコンビニが、通常通り営業していた。そのわずか数十メートル手前が津波で生死を分けた分水嶺になったと地元の人は話してくれた。
 夕方で近くにある高校の下校時間と重なり、コンビニにたむろする茶髪の生徒や、友人同士連れ添い帰宅する生徒たちと遭遇した。
普段と変わらない高校生がいる。そこにはいつもと変わらない日常がある。しかし、一歩手前に起ってしまった非日常の世界。私たちはそのどちらをも肯定しなければならない。。今現実に起こっていることなのだから―――。

 宿泊先の旅館に当社の役員と親交のある仙台在住の建築家小山公一さんが訪ねて来られた。現在小山さんは、被災地に残った家屋の被災状況の判定の仕事で福島・宮城をかけまわり、八面六臂の活躍をしている。小山さんが持参してきてくれた地元の日本酒で一献傾けながら、3・11から今この瞬間までのことをお聞きした。
「私は建築に携わる人間として、できることから、ひとつずつやるだけです。」

 できることからする。
 この当たり前のことが今被災地で最も求められている、それが被災地と寄り添うということだ、と小山さんは言った。
 その一方で、復興プランを机上だけで語り始めた「学識経験者」や政局を睨みながら復興支援の御旗を振る「政治家」が目立つ。
 私たちが直面している未曾有の事態の中で最も問われているのは、心と心が寄り添うこと、その底流にある人間力だと思う。

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