中国特許判例紹介:中国における職務発明報酬の算定(第2回) - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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中国特許判例紹介:中国における職務発明報酬の算定(第2回)

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中国特許判例紹介:中国における職務発明報酬の算定(第2回)

~専利法に依拠せず経済的利益に基づき報酬を算定した事件~

河野特許事務所 2013年2月21日 執筆者:弁理士 河野 英仁

 

                       深セン市金沙江投資有限公司

                                                  上訴人(原審被告)

                                v.

                              潘錫平

                                                 被上訴人(原審原告)

4.高級人民法院の判断

争点:報酬は実施細則の規定に依拠するのではなく、発明がもたらした経済的利益に基づき決定する。

 実施細則第76条~第78条では奨励金及び報酬に関し、以下のとおり規定している。

 

実施細則第76条

 特許権を付与された機関又は組織は、発明者又は創作者と、専利法第16条に規定の奨励と報酬の支払い方式および金額を約束し、または上記機関又は組織が適法に作った規定・制度において規定することができる。

 企業、事業機関又は組織は発明者又は創作者に支払う奨励、報酬は国家の財務、会計制度の規定に基づいて処理する。

 

実施細則第77条

 特許権を付与された機関又は組織が、特許法第16 条に規定の奨励金の支払い方式および金額について、発明者又は創作者と約束しておらず、かつ上記機関又は組織が適法に作った規定・制度において規定しなかった場合、特許権が公告された日から3ヶ月以内に、発明者又は考案者に奨励金を支給しなければならない。一つの発明特許の奨励金は3000元以上、一つの実用新案特許又は意匠特許の奨励は1000 元以上でなければならない。

 発明者又は考案者の提案がその所属機関又は組織に採用されて完成した発明創造については、特許権が付与された機関又は組織は優遇を与えた奨励金を支給しなければならない。

 

実施細則第78条

 特許権を付与された機関又は組織が、専利法第16 条に規定の報酬の支払い方式および金額について、発明者又は創作者と約束しておらず、かつ上記機関又は組織が適法に作った規定・制度において規定しなかった場合、特許権の存続期間内に、発明創造の特許を実施した後、毎年当該発明又は実用新案の実施により得られた利益の2%以上、又は当該意匠の実施により得られた利益の0.2%以上を、報酬として発明者又は考案者に与えなければならない。又は上述の比率を参考にして、発明者又は考案者に対価を一括して与えることができる。特許権が付与された機関又は組織が他の機関又は組織又は個人にその特許の実施を許諾した場合、受領した実施料の10%以上を対価として発明者又は創作者に与えなければならない。

 

 すなわち、以下の表1に示すとおり、使用者と従業者との間で取り決めがあれば、両者間の取り決めが優先される。そして両者間で取り決めがない場合、発明特許に関していえば、奨励金は3000となる。また、使用者自ら実施した場合、利益の2、他社に実施許諾した場合、実施料の10を報酬として支払わなければならない。

 

 

奨励金

自社実施時の報酬

他社実施許諾時の報酬

取り決め有り

取り決めによる

取り決めによる

取り決めによる

取り決め無し

3000元

利益の2%

実施料の10%

表1 中国における奨励金及び報酬の決定方法

 

(1)奨励金

 原告は奨励金の支払を求めた。しかしながら、実施細則第77条により、奨励金の支払いは特許権の公告の日から3ヵ月以内と規定されている。358特許が公告されたのは2004年11月3日であり、原告が訴訟を提起したのは、2009年12月8日である。中国民法通則第135条には訴訟時効は2と規定されており、既に2年の訴訟時効を超えていた。そのため、高級人民法院は時効を理由に、原告の奨励金の支払い請求を認めなかった。

 

(2)報酬

 本事件の最大の争点は、他社に実施許諾した場合の発明者への報酬をどのようにして確定すべきかにある。

 

 被告は、既に被告から雲南生物谷公司に358特許の実施許諾をした以上、当該特許許諾契約締結の実施料に基づき、原告に支払う発明者報酬を確定すべきと主張した。被告の主張に基づけば、実施料は10万元であり、実施細則第78条では実施料の10%と規定されているから、原告への報酬は1万元(約15万円)ということになる。

 

 しかしながら高級人民法院は被告の当該主張を認めなかった。被告は雲南生物谷公司に実施許諾しているものの、被告は雲南生物谷公司の大口株主であり、直接の投資関係にある。また、当該実施許諾は2009年から2010までの1年の契約にすぎず、職務発明の報酬を決定するのに十分な証拠ではないと判断した。

 

 高級人民法院は他に同類の特許許諾費を参照できない状況下において,これら2つの関連会社が締結した特許許諾費をもって発明者報酬の計算依拠とするのは客観性がないと判断した。

 

 一方、358特許に関連する商品である灯盞細辛注射液は全国灯盏花(菊科の植物)シリーズ薬品市場において50%以上のシェアを占めており,“国家中薬保護品種”、“全国中医院急診必須薬”、《国家基本薬物目録》及び《国家基本医療保険薬品目録》に採用されるに至った。そして、358特許に係る灯盞細辛注射液だけでも年間売上は1億元単位(15億円)に達する。人民法院は、358特許に関連する商品の販売状況に基づき、被告が原告に支払うべき職務発明の報酬を100万元(約1500万円)と認定した。

 

 

5.結論

 高級人民法院は、実施細則第78条に基づく算定基準ではなく、実際の経済的利益に基づき職務発明に係る報酬を認定した中級人民法院の判断を支持する判決をなした[1]。

 

 

6.コメント

 薬物科学博士である原告は数多くの特許を取得し、本件特許を含め被告の製品売上に大きく貢献した。本事件では使用者と従業者との間の職務発明契約が明確でなかった。通常では、実施細則第78条に基づき実施料の10%が報酬として認められるはずである。

 

 しかしながら、実施許諾は関連会社への許諾であり、使用者の売上に大きく寄与した発明者への報酬としては客観性を欠き、不十分であるとされた。したがって、仮に使用者と従業者との間で明確な報酬規定があったとしても、本事件に如く使用者の業績に甚大な影響を与えた職務発明である場合は、実施細則に規定された契約に基づく報酬ではなく、現実の経済的利益に基づき報酬が認定される可能性が高い。これは専利法第16条が「経済的利益に基づき、発明者又は創作者に対して合理的な報酬を与えなければならない」と規定している事が根拠となる。

 

 現在中国では自主創造を促進すべく、発明者の保護を重視する政策をとっている。2012年11月知識産権局は職務発明に関する各種取り扱いを規定する職務発明条例案を公表した。職務発明条例案によれば、職務発明の帰属及び取り扱いを透明化すべく職務発明の届け出制度を使用者に義務づけている。また発明を促進すべく、使用者と従業者との間での契約が存在しない場合の奨励金及び報酬の引き上げを規定している。

 

判決 2011年7月26日

                                                                            以上



[1]広東省高級人民法院2011年7月25日判決 (2011)粤高法民三終字第316号

 

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