田尻 健二
タジリ ケンジ「居場所」は複数あった方が楽~精神のノマドのすすめ
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今日のNHK「視点・論点」で「“自殺希少地域”3つの特徴」と題する内容が放送されていました。
論説者である精神科医の森川すいめいさんの現地調査によれば、周囲の人とあまり密な関係を築いていない人の方が自殺率が低い傾向が見出されたそうです。
この森川さんの話を聞いて、カウンセリングを定期的に教わっている方が精神のノマドと名づけた人付き合いの仕方を連想しましたので、そのことについて以前にウェブサイトにまとめた内容を転載致します。
最初に下記のリンク先の内容の一部を引用させていただきます。
「映画撮るの辞めて、サンフランシスコでホームレスになってから映画に戻ったら今までよりも自由度の高い、良い作品が撮れたので、いつでも離れられるって思っている事が大事なのかもしれない。」
引用元:『TOKYO TRIBE』園子温監督インタビュー「"日本映画はこうあるべき"って指令を受け取ってない」
「居場所」とは物理的な場所ではなく「特定の人との関わり」を指す
最近よく居場所という言葉をよく聞きます。
人によってその効用に個人差はあるでしょうが、そこにいる(属する)ことで他の環境では得られない心の安らぎを得られるような場所のことです。
ただし、ここでの場所とは物理的なある場所を指すのではなく、実際は前述の心の安らぎが得られるような特定の人との関わりを指しています。
ですからリアルの世界だけでなくSNSなどのネット上のコミュニティや人との関わりも居場所に含まれます。
重要なのはあくまで、そこに集まる人の特性の方です。
「居場所」は健全な精神を維持するために欠かせないもの
人がこの居場所を必要とする理由は、自己心理学の理論を援用すれば、そこに行けば自己対象欲求が満たされるためと考えることができます。
自己対象欲求とは、これまでウェブサイトの自己愛講座でたびたび触れて来ましたように、自分の存在価値を認めてもらえたり(鏡自己対象欲求の充足)、頼りにできる人がいたり(理想化自己対象欲求の充足)、気の合う人がいたり(双子あるいは分身自己対象欲求の充足)ということを求める欲求です。
居場所と感じられるところでは、他の人間関係に比べてこれらの自己対象欲求が満たされやすい環境が整っているため、人はこうした場所に居心地の良さを感じるのではないかと考えられます。
そして同じく自己心理学では、人は生涯にわたってこれらの自己対象欲求の充足を必要とし、これらなしでは健全な精神を維持することができないと考えられていますので、この自己心理学の考えに従えば「居場所」は健全な精神を維持するために欠かせないものと言えます。
「居場所」が一つだけだと対人依存を招きやすい
ところがこの健全な精神の維持に欠かせない居場所も、一つしかなく他のすべての人間関係が居心地の悪いものだったりしますと、必然的にその居場所に属する人に対して「自己対象欲求を満たしてくれる唯一の存在」として過剰な期待が寄せられ(対人依存)、もしくはその居場所は「絶対に失ってはならないもの」であるために嫌われることを極度に恐れて気疲れしてしまうほどの気遣いに終始し、あるいは双方の状態を行き来する状態に陥ってしまう可能性が出てきます。
こうなってしまっては、もはや居場所が本来持つ機能は望むべくもありません。
一つの居場所に依存しない「精神のノマド」のすすめ
ですから自己心理学では、例えば精神分析医の和田秀樹さんが著書「自己愛と依存の精神分析」で、健全な心の状態を「いろいろな人に少しずつ甘えられること」と述べていますように、居場所についても同じく、複数の居場所で少しずつ自己対象欲求を満たせるような環境をつくることができれば、過剰な期待から対人依存を招いたり、あるいはその関係を失うことを恐れるあまり過剰な気遣いに苦しんだりということも少なくなるのではないかと考えられます。
なお、この居場所を複数持つことを、カウンセリングを教わっている富士見ユキオ先生は精神のノマドと形容しています。
精神のノマドとは、一般的に用いられている仕事場を一カ所に限定しない働き方の概念を人間関係に応用したものです。
冒頭の園子温監督の言葉は、この「精神のノマド」の効用を表すものとして引用させていただきました。
追伸)冒頭で紹介した森川さんは現地調査をまとめた本を出版されているようです。
森川すいめい著『その島のひとたちは、ひとの話をきかない―精神科医、「自殺希少地域」を行く』青土社
「精神のノマド」参考文献
和田秀樹著「自己愛」と「依存」の精神分析―コフート心理学入門